自分という“軸”がある人にとって【決断】は“怖いこと”ではない
リーダーというものは常に【決断】を迫られている。
その【決断】の重要度が高くなればなるほど、誰かに相談するいうことが難しなり、自分一人で向き合っていかなくてはならなくなる。
“【決断力】がある人”は【誰かのため】考えているものだ。
“【決断力】がある人”は【自分にできることをする】とシンプルに考えるものだ。
自分という“軸”がある人にとって【決断】は、“怖いこと”ではない。
自分をしっかり持っているので、考え方がブレない。
【決断】を前向きなこととして捉え、失敗したとしても得るものがあると考える。
従って【決断】が早い。
私ごときの“しょーもない起業家”でも、事業がうまく軌道に乗り始めると“打算的”に近づいてくる人が多数いる。
比較的、ネット系?マルチレベルマーケティングをやってる人が多い気がする。
そして、事業がちょっとうまくいかない時期があると “あっという間” に離れていってしまう。
私から、その人を追っかけることは100%ない。
想像ではあるが、この種の人々は、少しでも惹かれる意見があれば、すぐそちらの方向へと走って行ってしまいのだろう。
自分の都合によって、自分で出した結論を簡単に覆すことも厭わないようだ。
私の事業が回復基調になると、何事もなかったかのように、また“打算的”に近づいてくる
【自分の“軸”】がない、他人依存型なのだろう。
私は
『そもそも他人を“信用しない”。他人なんてそんなもの。』
と考えている。
一緒にビジネスを行っていく人として、厄介なのは、“【決断力】がない人”だ。
私は、このタイプの人といるのは【時間の無駄】としか思えない。
“【決断力】のない人”に共通しているのは、問題の大小に関係なく【決断】に時間がかかってしまう。
“【決断力】のない人”は、自分の考えをまとめ上げるのが“遅い”ので、全ての作業が“遅い”。
そして“【決断】できない人”は、悪意なく『曖昧さ・わからなさ』で人に伝えてしまう。
「どうしたいの?」
「どっちやねん!」
と何が言いたいのか?が、聞き手にとって分かりづらいので、他メンバーから警戒されたり、誤解されたりすることが増える。
この“【判断】しない人”が主体となって開催すべきミーティングですら、
「ミーティングやりましょう。私は、来週なら全日参加可能です。」
といった関係者にメールする始末だ。
「おい!お前が中心になってスケジュール調整しろや!」
と、ツッコミどころ満載なのだが、当の本人は
『関係者には連絡済』
“自分の責任は果たした”とでも思っているのだろう。
“【決断】ができない人”は、社会や人への貢献意識が薄く、失敗しても自責の念はそこまで強くならない。
【“失敗”してもそこから学ぶ】という意識が欠如しているので、同じような“失敗”を繰り返す。
いくら言って聞かせても、理解させることは難しく、自分で【判断】しないと、ステークホルダーに“迷惑をかける”窮地にでも陥らない限り、今後、改善するということは期待できない。
“【決断】ができない人”は、全く【自分の“軸”】がないので、どんなシーンでも最もリーダーには“不向きな人”だ。
リーダーは、すべてを自分の【決断】で動かすことができる。
言い方を変えれば【誰よりも自由】かもしれないが、それは【孤独】を意味する。
しかしリーダーは、その【孤独】を楽しむ余裕も持っている人でもなければならない。
そしてリーダーは、毎日が“楽しそう”で明るく“元気”でなければならない。
私ごときでも一応は起業家なので、サラリーマン時代には“同じような考え方”と思っていた友人に久しぶりに会うと、“価値観”“考え方”にズレを感じてしまうことがある。
これは、立場が変わったので【責任の重み】の捉え方に違いが生じたからだろう。
国家のリーダーが “職を辞す” という【決断】をした。
『志半ばにして』、この【決断】をしたリーダーの“口惜しさ”は、計り知れないものだと思う。
混沌とした時代の中で、国民を引っ張ってきたリーダーに、心から尊敬の念を表したい。
「ありがとうございました。」
「お疲れ様でした。」
【 自分と言う“軸” 】はブレなかった人だった。
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