小さな組織が、大きなムーブメントを起こすために必要なこと。 株式会社さとゆめ 嶋田俊平さん対談 | 前編
すまいとくらしの未来を語る「philosophy」。今回は「ふるさとの夢をかたちに」をミッションに、地域の課題解決に取り組む株式会社さとゆめ代表の嶋田俊平さんと「n’estate」プロジェクトリーダー櫻井の対談を前後編でお届けします。前編では、嶋田さんが地方創生事業に携わるようになったきっかけや、組織の未来を切り拓くビジョン構築について語り合いました。
櫻井:地方創生の第一線で活躍し続ける嶋田さん。我々も「n’estate」を立ち上げ、多拠点居住のサービスを提供するなかで魅力的な地域のあり方を考えるようになり、株式会社さとゆめ(以下、さとゆめ)の取り組みには以前から注目していましたので、今回このようにお話しする機会をいただけて大変うれしく思っています。御社では、地方創生に特化してコンサルティングや事業プロデュースを行っているのですよね。
嶋田さん(以下、嶋田):コンサルティングというと、ビジネス戦略や事業計画を立案するイメージがあると思うのですが、私たちは計画をつくるだけはなくて、商品やサービス、ショップやホテルといった施設の立ち上げに運営支援まで。地域の事業をかたちにするまで徹底的に寄り添う“伴走型”のスタイルが特徴です。
櫻井:さとゆめが創業した2013年には、それこそ地方創生という言葉もまだ一般的でなかったように思いますが、嶋田さんが地域の魅力をつくることを仕事にしようと思ったきっかけは何だったのですか?
嶋田:それには、幼少期の原体験が深く関わっているんです。私は幼少期と小学3年生から中学校を卒業するまでの計9年間、日本語教師だった父親の仕事の関係でタイとインドに住んでいました。
タイって熱帯雨林のイメージがあるじゃないですか。でも、実際にはほとんどないんです。私が住んでいたバンコクのような都市部にはビルが立ち並んでいて、少し郊外に出ると赤茶けた大地が広がっていて。その光景に子どもながらに違和感を覚えたんですね。
実際、昔はタイも熱帯雨林に覆われていたのですが、先進国の木材会社や製紙会社が木を伐採して、森がどんどん無くなっていった。そのあとに再植林といって、ユーカリやアカシアなどの成長の早い木を植える活動をしていたけれど、それで森は再生しないし、もともとあった土壌や生態系は戻ってこない。しかも、日本の会社がその一端を担っていたことに同じ日本人として罪悪感を覚え、どうにかしたいと思ったんです。
櫻井:それで森について学ぶために、京都大学の森林科学科に進学されたのですね。
嶋田:京都大学は森林科学の最先端ではあるのですが、いざ入学してみると実学よりも基礎研究が多かったんです。もっと森づくりを体験したいと思っていたところ、京都の鴨川の源流に位置する雲ヶ畑集落に出会いました。
櫻井:長年海外で暮らしていた嶋田さんが思い描く、理想的な日本の里山を見つけたのですね。
日本の美しい自然と、くらしの風景を守るため。未来に希望を持てる地域づくりへの挑戦。
嶋田:雲ヶ畑集落には大学から大学院時代までの6年間通いました。そこで林業のお手伝いをする日本の林業の衰退を目の当たりにすることに。木材価格が低迷して、林業を辞める方々が少なくなかったんです。さらには木が売れなくなると山、つまりは土地が売り出されるようになる。しかも、川や道沿いの目立つような場所から売れていき、そこに産廃置き場が出来てしまった。そのとき、自分の非力さを痛感するとともに「もっと勉強して、美しい日本の風景やくらしを守れる力を身につけよう」と決意しました。
櫻井:林業をきっかけに、地域振興に関心が広がっていったのですね。
嶋田:林業が衰退する原因のひとつは、農山村に人がいなくなっていくこと。村に人が住んでいなければ、産業も成り立たないですからね。直接的に林業を再生する方法を考えるよりも、農山村に若者が希望を持ってくらせる社会をつくることがより重要なんじゃないかと思うようになったんです。
櫻井:そして、地域計画・環境保全のコンサルティング会社に入社。自治体の振興計画を考えたりと、現在のさとゆめのお仕事とも近しい部分がありそうです。
嶋田:ところが、入社して3〜5年くらいした頃に自分が考えた計画がどうなったかが気になって調べてみると、企画通りに実現できていないどころか、動いてすらいないことも多くて。戦略や計画ばかりつくっていても、日本の風景やくらしは守れない。計画をきちんと実現できるところまでサポートしないと、地域活性化のプロとは言えないんじゃないかと。
櫻井:一気通貫の“伴走型”コンサルティングというコンセプトは、そこから生まれたのですね。そういったコンサルティング会社は、それまで他になかったのですか?
嶋田:そんなことは、全然なくて。社会にいいことをすれば仕事を頼んでもらえる、ちゃんとやっていけるかといえば大間違い。地方創生、地域活性化は競合がいくらでもいるビジネスですから、甘い世界ではありません。だからこそ、その地域の本当のニーズを掴むためには“伴走”するだけではなくて、必要とあれば経営に参画する、事業運営をする。そうやって、もう一歩踏み出さないと差別化できないと考えました。
櫻井:これは地域ビジネスの“あるある”かもしれないですが、地域に根を下ろさないと深く入っていけないし、地域の方々からは信頼してもらえない。かといって、地域色を強くしすぎると全国展開が難しくなるというジレンマはありますよね。
嶋田:潮目が変わったのが「NIPPONIA 小菅 源流の村」。このプロジェクトの実現にあたって株式会社EDGEという会社を立ち上げ、宿泊施設の開発運営に取り組むことに。それまでは、伴走型の実行支援といえども、いわゆるフィービジネス。自分たちで投資をすることはしてこなかったのですが、自分たちでリスクを取る方向に舵を切りました。
櫻井:地域活性化のために自らリスクを負うという強い覚悟が、さとゆめという会社をひとつ前進させたのですね。現在、さとゆめで事業投資をされている拠点はどれくらいあるのですか?
嶋田:「NIPPONIA 小菅 源流の村」に奥多摩の「Satologue(さとローグ)」、アンテナショップや現在開業準備中のホテルなども含めると10件くらいあります。
ビジョンを掲げ、自分たちの「夢をかたちに」することで広がる世界。
櫻井:ホテル、飲食、ショップ。御社では業種に縛られず、本当に幅広く事業展開をされていますよね。多角的に経営をしていく上で、何か意識していることはありますか。
嶋田:組織としてのミッション(使命・目的)、ビジョン(将来像)、バリュー(価値基準・行動指針)を明確に掲げることが重要だと思っています。さとゆめの場合、ミッションは「ふるさとの夢をかたちに」、コアバリューは「伴走」とあったのですが、創業当初はビジョンを明確に言語化していませんでした。
ところが社員も増えてきて、古民家ホテルの開業など新たな事業などに取り組んでいると「会社がどこに向かっているのか分からない」という声も上がってくる。そこで、2019年に全社員で合宿して考えたビジョンが「すべての人がふるさとに誇りを持ち、ふるさとの力になれる社会をつくる。」というものでした。
このビジョンが決まったことで、コンサルティングでも、ホテル、レストラン、コワーキングスペースでも、業種・業態に私たちはこだわらないという軸ができました。それからというものの、入社時のオリエンテーションでも「このビジョンにつながることであれば、うちは何でもやっていい」と言っています。
櫻井:素敵ですね!「n’estate」も賃貸住宅などの既存アセットを民泊の制度で貸し出したり、古民家をリノベーションして拠点として活用してみたり、いろいろなアプローチで、これからのすまいのあり方に向き合っているのですが、それらの起点となっているのは、当初から掲げている「住まいの自由化」というコンセプトです。
それまでの不動産業といえば、その物件が何平米あるとか、駅から徒歩何分の立地とか、そういった機能を売りにすることが多いのですが、「n’estate」ではもっと情緒的なメッセージを世の中に打ち出していて。正直、従来の不動産業界のやり方ではないですし、チャレンジングなプロジェクトではあります。
でも、そうやって掲げた旗は目立つ。だからこそ、社内でも応援してくれる人が増えてきたり、こうして嶋田さんとお会いできたように(これまでのビジネス領域では知り得なかった)いろんな人と出会えたり。ビジョンを掲げることで、みんなが集まってきてくれる面白さを実感しています。
嶋田:三井さんは、グループを通じて地域の活性化に力を入れているなと感じますし、「n’estate」のプロジェクトもいい感じに芯を食っているなと思いながら、お話を聞いていました。「n’estate」は、型にハマっていかない感じがありますよね。全く悪い意味ではなく捉えどころがなくて、それがすごい気になる。
櫻井:あえて、そうしている部分はあります。対外的には「こういう拠点があって、例えばこんな使い方ができて、こういうくらしが実現できます」といった世界観を伝える。一方で、社内に対しては「賃貸住宅を民泊の業態で」とか「遊休不動産をリノベーションして滞在施設とテナント物件として賃料をこれくらいで運用して」と、不動産の言葉に置き換えて話す必要があるので、頭の切り替えが何度も必要な場面がありますね。
嶋田:面白いですね。二面性があって、いいんじゃないですか。私も社外に向けては「さとゆめという会社は、ふるさとというものをポジティブに捉える社会機運をつくるためのムーブメントなんだ」と言ったことをよくお話ししています。日本のたくさんの人に、ふるさとと呼べるような地域を持ってもらう。そうすれば、その地域のために頑張ろう、貢献しようと思うじゃないですか。そういう人が増えることで、いろんな地域の問題が解決すると思うんです。
櫻井:社員はもちろん、プロジェクトに関わる地域の方々や協業するパートナーが増えていくにつれて、どのように将来像を描いていくかということは課題になりますよね。「一緒にそこに向かいたい」と思えるビジョンを掲げることの重要性を感じます。
嶋田:私たちも「すべての人がふるさとに誇りを持ち、ふるさとの力になれる社会をつくる。」というビジョンができた今、その「社会」を実現するために奔走していますが、社員40人規模の小さな会社でできることには限りがある。だからこそ、自分たちだけではできないことを、もっと大きな組織力や人材力、ネットワークを持っている会社と組んで、もっと広げていく必要があると感じていて。
最近の例を挙げると、過疎化が進む沿線地域の活性化に取り組むためにJR東日本と共同出資会社「沿線まるごと株式会社」を設立したり、インバウンド活況を見据えた新たなディスティネーション(目的地)の創出のため、グローバルマーケットに強いHISと資本業務提携を結んだり。そうしたパートナー関係によって、彼らのビジネスや企業価値を高めることにも繋がっていけば嬉しいですし、私たちが魅力的な会社であることでパートナーを増やして、ビジョンの実現に近づけていけたらいいなと思います。
Photo: Ayumi Yamamoto
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