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記憶の中の風景(17)

お父さんの還暦祝いという幸せな日にボクは奈落に落ちた。彼女がぽつぽつと喋る言葉はボクの頭の上を流れるだけで、その意味を理解できる状況ではなかった。

ボクは涙が止まらなかった。家族全員が寝静まった部屋でボクは布団を被り声を殺して泣いた。彼女と結婚すると心を決めていた。でもそれはボクの一方的な思いでしかなかったようだ。

翌日は伊豆観光だった。ボクはご両親と彼女を乗せて運転した。朝から何も喋らないボクのことをご両親は不思議に思っていたかも知れないが、ボクは悲しくて悲しくて運転するだけで精一杯だった。

ボクは楽しむことなどできず、みんなが観光する間もクルマで待った。ひとりになると涙が流れた。そのまま消えてなくなりたかったがそれはできず、夜までずっと黙って運転した。

ご両親を家まで送ると、それじゃ気をつけてといつものように見送ってくれた。ご両親と会ったのはそれが最後だった。ボクはご両親にさよならも言えなかった。


つづく

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