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「ジョブ型」人材マネジメントがもたらすもの

”実務協業型”人事制度構築・導入支援を行うTrigger 代表の安松です。

「ジョブ型」人材マネジメントの議論が隆盛です。「ジョブ型」人事への転換は、日本の産業構造や企業を取り巻く事業環境の変化、また就業環境の変容とそれに伴う働き手のマインドチェンジなどを背景として以前より議論がありましたが、昨今の働き方改革の動き、またコロナ禍によって企業が組織・人材マネジメントの変質を迫られていることによって議論に拍車がかかっています。ここぞとばかりに「ジョブ型」転換をアピールする企業もあります。

高まる「ジョブ型雇用」への関心
「ジョブ型雇用」とは、従業員に対してジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により職務内容を明確に定義し、労働時間でなく成果で評価する雇用システムだ。これに対して、日本型雇用システムは、「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる。就職ではなく就社であり、会社のために残業などの長時間労働、転勤、異動などが当たり前で、労働時間や勤務地、職務内容を限定しない働き方だ。「ジョブ型雇用」は、残業も強制されず、転勤も基本的にない。職務内容を基準として成果に応じて報酬が支払われる。

このように、「ジョブ型雇用」は多様な人材が多様な働き方をすることによって、人材能力を最大限に引き出す雇用システムであり、日本型雇用システムの限界を打破する仕組みだとの認識が広まっている。実際、日立製作所、富士通、資生堂などの大企業がジョブ型雇用の転換・拡大を表明している。

パーソル総合研究所 日本的ジョブ型雇用転換への道 プロジェクト より
https://rc.persol-group.co.jp/employment/#section-report

「ジョブ型」の目的とは・・・

上述のパーソル総研ウェブサイトによると、「ジョブ型」への転換目的は、次の5つに整理されています。

1.特定分野の特定技術・スキルなどに精通するプロ人材の獲得
2.グローバルな人事制度の統一による人材獲得・人材交流
3.多様な人材の活躍促進
4.イノベーションや生産性向上
5.年功序列賃金からの脱却、人件費の抑制

私は前職にて、この「ジョブ型」人事制度の構築・導入を担い、管理職層1,800人の人事制度の改定、そして制度改定に伴う運用プロセスの構築と関連諸施策の推進を行っていました。やったことを並べるとこんな感じです。

- 組織/レポートライン/ポジションを作り直す
- ポジションのJD(Job Description 職務記述書)を作成し、役割・責任を定義
- 定量的メソッドを用いてポジションのジョブサイズ(職責の大きさ・重さ)をスコア化する
- 新たなグレード体系をつくり、報酬の水準と幅を決める
- ジョブサイズに基づきポジションのグレードを決め、報酬を決める
- 現在の報酬から新たな報酬への移行方法を設計する
- ポジションの役割・責任を厳格に評価する評価制度をつくる
- 以上を行う業務オペレーションをつくり、現行オペレーションからの移行を行う

詳細は省きますが、上記1~5の目的に対して、「うん、確かにその実現に向かう「仕組み」「構造」になっていっている!」というのが大きな体感でした。
そう、「ジョブ型」は、構造的には間違いなく、「プロ人材」の育成・輩出にベクトルが向く組織・人材マネジメントスタイルなのだと感じます。

形が心を変える

ところで「仕組み」「構造」が変わり組織のハードが変わると何が起こるか?私たち働き手は、そのハードに応じてソフトを変えようとします。上述の組織でも、ほんのわずかずつではありますが、ソフトの変化の兆しがあったように私は感じました(きっとまだまだ道半ばではありますが)。ここでいうソフトとは、働き方の意識であり、組織と個人の結びつき方・関係性の認識であり、自身のキャリアに対する考え方です。

「メンバーシップ型」組織には、程度の問題はあれ、組織と個人の結びつき方について、”滅私奉公”的な関係性への期待があります。仲間として認める代わりに、組織の力学に対する同調圧力が相当程度かかります。対して「ジョブ型」の場合、「会社に帰属する自分という前に、そもそも自分はいったい何なのか?」「何ができて、どんな価値をもたらすことができるのか?」「会社に施しを期待するのではなく、自分で自分の力を高めなければならない」etc、こんな心理状態、すなわち自律したプロとしての心持ちを働き手の心理に促す効能がありそうです。

もちろん、人の気持ちはそんなに簡単には変わらない、というのはあります。変革にあたっては、従業員に生じる心理的なコンフリクトに担当者として直面することも多々ありました。しかし、制度改定以外の様々な取組みとも相まって、徐々に徐々に変化が生じていくであろう、と予感します。「ジョブ型」への転換は、組織開発的要素も含んでいるようです。

「ジョブ型」とはとどのつまり何なのか?

こうした体験を踏まえ、「ジョブ型」人材マネジメントへの転換がもたらす最たるもの、「ジョブ型」の目的、あるいは「ジョブ型とはとどのつまり何か?」と問われたら、私としてはごくごくシンプルなこの1枚の絵に帰結します。(ふわっとした話ですが、世界観が伝わることを期待。)

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左の状態から右の状態へ、組織の構造と働き手のメンタリティを変えていく。それによって多彩な個人と強い組織を創り出していく取組みーこれが「ジョブ型」人材マネジメントへの転換である、これが私の考えです。これでほとんど語れるのではないか、そんな気がしております。

「自律したプロ人材輩出」と「リーダーシップ育成」とで少し文脈は違いますが、『リーダーシップの旅~見えないものを見る~』 (野田 智義・金井 壽宏/光文社新書)に、「そう、これこれ!この世界観!」と思える一節があります。文中の"リーダー"を"プロフェッショナル"と置き換えてみてください。

以前、あるグローバル・エレクトロニクス企業の社内大学において、中堅リーダー育成のためのプログラム設計・舵取りを務めていた時期があった。その時のプログラム開講にあたってのガイダンスも、次のようなものだった。

「このプログラムは、あなたたちをこの会社を強くするリーダーに育てるものでは間違ってもありません。そんなことをしたら、この会社が逆に弱くなってしまうと私は信じています。そうではなくて、このプログラムは、あなたがこの会社を舞台にして、どうやったら大きく羽ばたけて、社会に対して最大限の価値をもたらしうるかを考える上での支援をするためのものです。そんな人たちが社内にあふれるようになった時、この会社は本当の意味で世界に羽ばたき、イノベーションを世に送り出せる企業であり続ける。」

「まずは組織の論理から脱却してもらい、自分とは何か、自分には何ができるのかを徹底的に振り返ってもらう必要がある。さらに、自立した個が社会へと大きく目を向けて、自分はこの組織を利用して何ができるだろう、社会に何をもたらしどんなメッセージを送れるだろうと考えた時、リーダーシップの旅の第一歩が始まる。そのようにして生まれたリーダーが、結果として組織に最も大きく貢献するのだ。」

人事が取り組むべきことは?

この概念で考えると、現在の「ジョブ型」議論で生じている、「果たして日本企業にジョブ型がマッチするのか?」あるいは「当社にジョブ型はマッチするのか?」といった点にも、考える道筋が見えてくるような気がします。すなわち「ジョブ型」議論における人事の役割は、「メンバーシップ型」「ジョブ型」どちらが良いかという話ではないということがわかります。

それぞれの構造的特徴と心理的作用をよく理解し、両者のグラデーションを吟味すること、これはつまり、正負の両側面を踏まえつつ、自組織でどういった組織文化をどの強度で定着させていくか?について決断することではないでしょうか。

人事の領域で具体的に言えば、採用・教育・異動/配置・処遇・退職などについて、メンバーへの心理作用を推しはかりながら、その1つ1つの在り方を考え変容or調整していくこと。これが「ジョブ型」転換への具体的アクションではないかと思います。

「ジョブ型」の議論はまだまだ尽きないと思いますし、ここに書いた以外の要素・側面もたくさんあるまさに多面体だと思いますが、「ジョブ型」についての自分なりの考えを持っておこうと思い、やってきたこと・目にしてきたことを踏まえて書いてみました。



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