見出し画像

ひとりごとファンレター

仕事柄、自分のことについて質問されることが多いです。
趣味は何ですか?オススメの本はありますか?好きなYouTuberは誰ですか?大体の答えは決まっていて、趣味なら料理やエスペラント、本はオススメしてもよさそうなものを選びます。YouTubeについてはあまり分からないから「オススメの人はいますか?」と訊き返します。

好きな俳優は誰ですか?と訊かれた時には、大抵は、あなたの名前を答えていました。



私は多分、ファンの中ではあまり熱狂的な方ではありませんでした。それでも、あなたが亡くなった午後には、ニュースを聞いた友人が数人、急いで連絡をしてくれるくらい、普段からあなたが好きだと言っていました。

あなたの訃報を知ったのは、ZARAの試着室でした。タイトなワンピースを2着持って入り、バッグを置く時にふとスマホをチェックしたら、友人から2通のLINE通知が来ていました。彼女の惚気かな?と軽い気持ちで画面を開くと一通目には、あなたの名前と「自殺だって!」の文字。二通目は私の名前と「大丈夫?」という言葉。

文字は読めても、理解が追いつきませんでした。まず、何の冗談?と少し笑ってしまいます。ドラマの話かな?それとも映画の内容?「自殺」という言葉のそのままの意味を受け入れられず、頭も身体も動かせない数秒が永遠に感じられました。

やっと検索画面を開いて調べると、あなたが自宅で亡くなったというネット記事が、当たり前みたいに出てきます。自殺とみられる、という文に、文字通り頭の中が真っ白になりました。

LINEに返信もできずに、目の前の2着の服を呆然と眺めました。さっきまでショッピングでうきうきしていた気持ちは、すっかりどこかへ行ってしまいました。でも、ビビッドなパープルのワンピースを1着だけ、急いで試着して、サイズも大丈夫そうだと確認して、そのまま購入しました。この瞬間を思い出せる何かが手元に欲しいと思ったのです。

お店を出た途端、どっと涙が溢れました。自分の中の希望の光が一つ消えたような喪失感を覚えて、喉は熱く、心臓が握りつぶされたように痛みました。すれ違う人にどう思われるかも考えられず、派手なワンピースの入った紙袋を握りしめて泣きました。



私にとって、あなたが生きているということは、どういうことだったのか。この数か月で、随分と考えました。

あなたの亡くなった日からしばらくの間、SNSにはあなたの写真ばかりが並んで、私はそういった投稿が怖くて、ほとんどSNSを見られなくなりました。ワイドショーで好き勝手に言われているのかなと思うと、テレビもつける気にならず、普段以上にテレビから離れた生活を送りました。ちょうど観ている途中だったあなたの出ている映画は、とても続きを観る気になれず、かなり時間を置いてから最後まで観ました。

亡くなった人の写真に音楽をつけてSNSのいいね稼ぎをすることが、本当に故人への愛を示す行為なのでしょうか。憶測でしかないような故人の苦しみを悼むことが、故人への弔いになるのでしょうか。私は、そうは思えませんでした。あなたの名前を出して何かを発信することが、ただあなたの死を面白がっているだけのように感じられて、SNSがあなたの話題で持ちきりの日、私はどこにも何も発信する気になりませんでした。



あなたが亡くなってから私は、あなたのことを全然知らないのだなと思い知りました。とても当たり前なことに、私はあなたに会ったことがないし、直接あなたを観られた唯一の機会は、舞台を観に行った、たった一度。為人なんて知らないし、知っていることは、インタビュー記事で読んだだけの、仕事への姿勢くらい。

だから、亡くなったあなたのことを「とてもいいひとだった」と人が口々に言うのが、とても嫌でした。人間、生きていたらきっと、誰かに好かれるのと同じくらいに嫌われることがあって、いい人間性だけではなくどこかダメなところだってあったはずなのに、何もかもなかったみたいに、生前のあなたの輪郭が修正されて、ただ「いいひと」にされていくように思えました。

勿論、私から見たあなたも、演技が上手で、仕事に真剣に向き合っていて、とても素敵な人でした。外見だけではなく、内面から表れる魅力が、私を含め多くの人々を魅了していたのでしょう。でも、直接のかかわりのない大勢の人が、まるで知り尽くした友人について語るようにあなたを「いいひと」にしていくのが、私には恐ろしく感じられました。

あなたについて、私は何も知らないから、勝手なことは言いたくない。そう思っていたし、今もそう思っています。私の中で確かなのは、ただ一つ、私があなたのファンのうちの一人として、あなたを魅力的だと思っていたことだけです。あなたが「いいひと」だったのかどうか、あなたが本当に苦しんで死んでいったのか、何も知らない私が語る資格はありません。



それから、詳細な報道を求める声にも、恐怖を感じました。あなたの死の真相を知りたいと、所属事務所に問い合わせる人が居ることを知って、その気持ちが分からないわけでもないだけに、胸が痛みました。

芸能人という職業は、人々に消費されるという面のあるものだと感じますが、その死の状況や、故人の思いに、無遠慮に踏み入っても良いものだとは、私は思えません。どのような場所で、どのように亡くなったのか。何があなたを追いつめたのか、悪いのは誰だったのか。詳細な報道や憶測が飛び交う状況が、怖くて仕方がありませんでした。本当のことを知りたい気持ちが、私にもないわけではありませんでした。でも、多くの人の中で、その思いが暴走しているように思えました。

ファンだと言うのであれば、ほんとうの友人に接するように、そっと弔意だけを示すことはできないのでしょうか。大切な友人が亡くなってしまった時、彼を苦しめたものが何だったのか知りたいあまりに、彼の家族や他の友人に、根掘り葉掘り質問するものなのでしょうか。

生死の判断に口出しをできるのは、その人の人生に責任を持てる人だけだと、私は考えています。でも、そうできる可能性があったのにできなかった、彼の周りにいた人を責めることが正しいとは思いません。近しい知り合いでも何でもないのに、憶測で、人を責めたり、更なる情報を求めたりすることは、自分の気持ちしか優先できていないようで恐ろしく、私にはとてもできませんでした。



そして、何をしても、しなくても、結局は自分のエゴであるということも、この数か月で痛感しました。SNSで何度も何度も悲しみを発信した人も、ポエムを添えて写真をたくさん投稿した人も、強い言葉で誰かを責めた人も、詳細な報道を求めて声をあげ続けた人も、何もしないようにと黙っていた私のような人も、結局はあなたのために何かできているわけではないのです。みんな、自分の気持ちを整理するために、必死になっていただけだと思います。遠い存在なのに、妙に近くに感じていたから、あなたのことが大好きだったから、ぽっかり空いた心の穴をどうやって埋めるか必死だったのです。



最近やっと、あなたの出演している作品を、以前のように観られるようになりました。それに、ニュースで名前を見ても泣かなくなりました。

知人が亡くなって辛いのは、その人に二度と会えなくなるからかな、と私は思うのですが、その点あなたは、映像の中で活き活きと生きています。その瞬間、あなたが本当はどんな気持ちを抱えていたのかなんて誰にも分からないけど、ただ魅力的で、真剣に自分の仕事と向き合っているあなたが、確実にそこにいます。そんな映像を、私はこの先も好きな時に観られて、その度に、何度でもあなたに会うことができるのです。

私は、少し髪の長い役柄のあなたが好きです。男らしい顔の骨格に、長めの髪がかかっているのがとても艶っぽく魅力的だからです。にこっと笑った時の、大きな口や、細められた目元も好きです。コミカルな動きも、色っぽさを演出する動きも、大好きです。あなたは、少し神経質で情けない役柄が似合っているかと思えば、全世界の女性を魅了するかのようなセクシーな演技で人々を惹きつけるのです。若い頃の爽やかなあなたも素敵ですが、大人になって落ち着いた魅力が増したあなたも魅惑的です。

私は知り合いでも何でもないし、あなたのために人生でしてあげられたことはひとつとしてありませんが、今までの人生で、あなたの作品を観て、何度あまりの魅力に耐えきれず目をそらし映画やドラマを一時停止したか分かりません。美貌も才能も努力も兼ね備えたあなたが年を重ねる姿が見られないことは悲しいですが、あなたが真剣に向き合って生み出した作品には、これからも私は癒しを求めるでしょう。



最近は秋らしい気候が続いて、やっと、あの時ZARAで買ったワンピースが着られる季節になってきました。

好きな俳優は誰ですか?と訊かれた時には、これからも、あなたの名前を答えようと思っています。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
わたしもスキ!
8
がんばって生きています。でも、がんばっていないかも、と思う時もあります。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。