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おいしいものには理由がある 番外編「蜜入り紅玉」

今年、日本を襲った台風15号、19号による農林水産関係の被害総額は1500億を超え、さらに増える見通しです。知人の農家、佐藤浩信さんの果樹園も大きな被害を受け、例えば収穫間近だったふじは九割が落ちてしまったそうです。そうしたなかで佐藤さんがリンゴをシードルに加工して販売する試みをはじめました。

僕が取材したのは2年前。佐藤さんはもともと福島で果樹農家を営んでいましたが、東日本大震災の影響で売上が激減。福島の果樹園を息子さんに任せ、ご本人は単身、長野県伊那市で果樹栽培をはじめました。なにもないところからのスタートだったそう。

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佐藤さんの手がける紅玉は蜜が入っていて、繊維が緻密。桃栗三年柿八年の言葉がありますが、とにかく果樹は時間がかかります。九年目にしてようやくりんごや柿が安定して生産できるようになってきたところに襲ってきたのが今年の台風19号です。

落ちたリンゴは安全上の問題からもそのまま販売することはできませんが、シードルに加工すれば問題ありません。佐藤さんのシードルはハード系で評価も高いので、リターンも楽しめると思います。販売支援できる貴重な機会なので、ぜひ皆様に知っていただこうと、2年前に書いた取材記事をこちらに掲載します。

おいしいものには理由がある『凝縮した酸味と甘味』

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11月上旬、長野県伊那市にある佐藤浩信さんの果樹園を訪れた。まずは事務所兼自宅でシーズンが終わりに近づいた紅玉リンゴを試食させてもらった。

「みなさん皮を剥くのが面倒だから、リンゴなんて食べないでしょう」

と佐藤さんは苦笑するが、そのリンゴを口に運ぶと爽やかな酸味があり、シャリシャリとした食感が心地よい。なにより突出しているのはその香りだ。リンゴジュースではなく果実を食べていて、香りを感じたのは本当に久しぶりだ。

もう果物の甘みを追求し、糖度を競う時代は終わった、というのが佐藤さんの持論である。紅玉は比較的酸味の強い品種で、昔は人気があったが、年中出荷できないことから希少な品種になってしまった。

「需要が一番あるのは5月から6月のリンゴがない季節。不思議なもので人間、ないって言われると食べたくなるもんなんだね。それで栽培されるリンゴはCA貯蔵(1960年代日本に普及にした低温、低酸素濃度の貯蔵庫でリンゴを長期間保存する技術)に向いているふじ系の品種が多くなった」

驚いたのは紅玉にもかかわらず蜜が入っていたことだ。ただ酸っぱいだけではなくて、きちんと甘く、凝縮されたリンゴの風味が噛むと弾ける。この珍しい蜜入り紅玉には果物の匠と呼ばれる佐藤さんの技術が結実している。

佐藤さんは現在、57歳。果樹栽培にとり組んで35年になる。福島県伊達市で育てていた桃やリンゴなどは百貨店や有名果物店で贈答用として取引されていた。2003年には果樹園を伊達水蜜園として法人化。加工品なども手がけるようになる。

大きな転機が起きたのは2011年、東北地方を襲った東日本大震災だ。原発事故による影響を受け、佐藤さんはこの長野県伊那市でも果樹栽培をはじめた。「こっちに来たのが良かったのか悪かったのか、今でもわからないんだけどね」と苦笑する佐藤さんは現在、福島、長野などを行き来する生活を送っている。

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事務所を後にして、果樹園を案内してもらう。山からは冬の訪れを予感させるような冷たい風が吹いている。昼、夜の寒暖差が大きいこの地方は果樹栽培には向いているそうだ。植わっているのはリンゴ、桃、サクランボなど。

「このあたりは外灯がなくて、夜が暗いんです。それは果樹にとってはいいんですよ」
「どういうことですか?」
「果樹も夜は休まなくちゃいけないのに、明るいと休めない。人間と同じです」

なるほど、と僕は頷く。太陽の光と同じように夜の闇も植物の生育には必要、ということだ。リンゴの樹を見せてもらうと、たわわに実った真っ赤なリンゴに目を見張った。果樹と聞けば伸びた枝の先に実がついているイメージがあったが、そのリンゴは幹に近い場所に鈴なりに──大げさにいえばブドウのように実っていたからだ。

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「樹が地面から水を吸い上げる導管に近い位置、幹の近くに実をつけさせる」と佐藤さんは事も無げに言うが、もちろんそれは簡単ではない。鍵を握るのは「剪定」だという。剪定とは枝を切って、樹木の形を整える作業で、佐藤さんはその匠として知られる。

「果物は木漏れ日のなかで育つのが一番いいんです。直射日光を当てると糖度も上がりやすく、着色が良くなるので今は主流になっている感じもありますけど、紫外線が強すぎるので日持ちというか、味の劣化が早くなる」

剪定は植物の成長が止まる、冬のあいだに行なわれる。多くの植物は頂芽優勢といって、先端が成長しやすい。その先端の枝を切ることで、側芽に栄養がまわるようになり、枝振りがよくなる。それが剪定の目的だ。枝を切る目的はそれだけではなく、陽当たりや風通しをよくしたり、根の負荷を下げたりと多岐にわたる。

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「あの樹だったら、どこを切る?」
「うーん」そう訊ねられてもなかなか難しい。「あの枝ですかね」
 僕がそう答えると佐藤さんは首を横に振った。
「違う。切るとしたらその隣。そうすると来年にはこっちの枝が動いてくる。剪定は子供と一緒、一年目の枝を切ったらそれが10年、20年先の枝振りにも残るからね」

少なくとも3年後を見越して、枝を切っていく。その樹を将来どんな形で育てていくのか。佐藤さんは365日剪定のことを考えているという。

「剪定って教えてもらってできるものなんですか?」
「難しいかもしれないなぁ」

佐藤さんは腕を組む。どうやらある程度、才能の世界らしい。果樹栽培は元々、後継者が育ちにくい商売だ。桃栗3年・・・・・・の言葉通り、果樹は栽培をはじめてから収穫まで時間がかかるうえ、一年に一度しか収穫できないというリスクがある。そこい技術継承の問題が加わると問題はさらにややこしくなる。

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「リンゴが最近おいしくなくなったように思うんですけど」

僕はこのところ思っていたことを質問してみた。最近、スーパーマーケットに並んでいるリンゴがおいしくないと感じていたからだ。

「うーん」佐藤さんは考え込む。「その質問に答えるのは難しいけど、わい化栽培が増えた影響はあると思うな」

わい化栽培とは樹を小さく育てる技術だ。作業効率がよく、一本の樹からの収量は下がるが、同じ面積に多くの樹を植えることで全体で多くの収量を得ることができる。欠点は樹の寿命が短くなることだ。

「果物は樹齢が長いほうがやっぱりおいしい実がなる。剪定をちゃんとすれば収量だって多いし、わい化栽培をしなくても高いところに実をつけないようにできるんだけど」

ブドウでもミカンでも樹齢を重ねるごとに収量は減っていく。そのぶん少ない果実や葉に栄養分がいきわたるので、味に凝縮感が出てくるのだ。

「でも、自分も昔だったらこんなに大胆に樹の枝を切ることはできなかったかもしれないな」

帰り際、佐藤さんがぽつりとこぼした言葉が印象に残った。この枝を切るべきか、残すべきか。選択肢はいつも二つに一つ。剪定にはその人の人生感が表れるのかもしれない。震災を経て実った赤い果実。その凝縮した酸味と甘みは人生の味だ。

伊達水蜜園 グリーンスタイル Webサイト
http://datesuimitsuen.com

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