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帰ってきた生姜ミルクプリンの科学

去年の3月に書いた生姜ミルクプリンの記事の続きです。

前回の復習。生姜ミルクプリンは生姜と牛乳だけで作るプリンで(砂糖をあえて除外した理由については後述します)新鮮な生姜汁に熱くした牛乳を注ぐことによって牛乳をゲル化させます。

牛乳が固まるのは、生姜に含まれる酵素(プロテアーゼ)がカゼインを切断することで不安定になり、凝集するから。この凝集作用にはカルシウムイオンが関係していることもわかっています。調べてみればちゃんと『良質の乳カード形成にむけての生姜搾汁の牛乳凝固性についての研究』(日本調理科学会誌 Vol. 42,No. 5,309~314(2009) 山本誠子ほか)という論文もありまして、メカニズムなども検討されていました。

まずは生姜の話から。生姜の酵素は新生姜よりも古生姜に多く含まれているので、古生姜を使います。(参考『ショウガ根茎の蛋白分解酵素の性質について : ショウガ組織の部位特異性ならびに成熟に伴う活性発現』松蔭女子学院大学学術研究会叢市川芳江)品種によっても差があるようですが、とりあえず僕が試した範囲内では日本で通常に手に入る生姜でも固まることは固まるようです。

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生姜に含まれる酵素は酸化に弱く、みるみる酵素活性を失っていきます。前回、参考にしたKymosには30℃の環境に20分間置いておくだけで力が半分になってしまう、という記述がありますが、前述の論文でも『室温(23°C)で30分間の活性の変化を調べた結果,調製後7分で活性の低下がみられ、以降徐々 に低下し、30 分後には残存活性は約38% になった』とあります。生姜はおろしたてを使うのが大事、ということ。

ポイント1 生姜はおろしたてを使う

生姜の酵素を安定化させるにはL―システインやアスコルビン酸の添加が効果的なようです。前回の僕の記事ではレモン汁を加えましたが、アスコルビン酸は酸化を抑制するからですね。

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この生姜の酵素。酵素活性が63℃をピークに65℃以上になると急速に低下していくという非常に微妙な温度帯で、多くの人が生姜ミルクプリン作りに失敗する原因になっています。牛乳としょうが汁を酵素が活性化する温度帯におくのが重要なので、温度管理は重要。

ポイント2 65℃〜のピンポイントな温度帯に牛乳+新鮮生姜汁の温度帯をあわせる

ですが、巷にあふれるレシピにはだいたい『70℃〜80℃の温度まで温めた牛乳を一気に注ぐ』とあるだけなので、これが失敗の原因になっているのでは……というところまでが前回の話でした。

ノンホモ牛乳が本当に適しているのか?問題

前回「ノンホモ牛乳」の方が適しているのでは……という推論を書きました。理由としては

一般的に市販されている牛乳は「ホモジナイズ」という均質処理が施されています。ホモジナイズとは高い圧力をかけて脂肪球を砕くことで、均質化するのですが、その断面を保護するためにカゼインミセルが使われます。つまり、ゲル化の際の構造となるカゼインミセルが減少するため、やわらかくなりがちです。また、殺菌の工程で70℃〜80℃を超えるとカルシウムの一部と乳清タンパク質の一部が変性し、カゼインミセルの表面にくっついてしまうので、やはりゲル化が妨げられます。

というのが根拠でした。ところが……

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木次ノンホモ牛乳でテストしたところ、全く固まってくれません。ちょっと前に『DRAGON CHEF』(ABC放送)というテレビ番組を手伝っていたのですが、その番組のなかでANAクラウンプラザホテルの花田洋平さんが生姜ミルクプリンを披露していました。その時、少し話したのですが彼曰『ノンホモ牛乳が重要で食感が違う』とのことで、たしかに固まっていました。

なぜ、固まるノンホモ牛乳と固まらないノンホモ牛乳があるのか。調べてみれば論文はあるもので「生姜汁による牛乳ゲルの形成に及ぼす牛乳種の影響」(帝塚山大学現代生活学部紀要 第 11 号2015 山田徳広)にヒントがありました。

この論文によるとざっくり説明すると「ホルスタイン種とジャージー種ではジャージー種のほうがタンパク質やカルシウムが多く、しっかりした食感のゲルを形成する」というもの。どうやらこのあたりにヒントがありそうです。

ノンホモ牛乳でも牛の品種や時期(例えば夏場は薄い)によって成分に差が出ます。木次ノンホモ牛乳が固まらないのはタンパク質やカルシウムが少ないからでは、と考えるのが自然でしょう。もちろん、ノンホモであればいうことないでしょうが、重要なのはタンパク質とカルシウムの含有量なのでは。

いろいろな牛乳でテストしましたが、たしかに牛乳の種類によって固まるものとそうでないものにわかれるようです。ただ、前回の記事に使ったようにふつうに売られている「明治おいしい牛乳」でも固まることは固まります。大手メーカーの牛乳は季節関係なく一定の品質のもの(だと思う)なので、今回、レシピ化するのは「明治おいしい牛乳」を使っていくことにしましょう。

大事なのは温度管理

何度も繰り返し書いていますが、生姜ミルクプリンの成功確率を上げるためのポイントは温度管理です。多くのレシピには「牛乳を70℃〜80℃に温める」とありますが、重要なのは「牛乳をしょうが汁に注いだ際の温度が65℃前後になっていること」です。

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例えば蓋付きの陶器の器にある程度の量をつくるのであればわりとカンタンなんですが……。

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こういった薄いガラスの小さな容器となると難易度が上がります。温度が下がりやすく、気温の影響を受けやすいからですね。

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その問題を解決するには事前にテストするのが一番。温度計が2つあると楽なのですが、容器に小さじ1の常温の水(しょうが汁の代わり)を準備し、次に鍋に湯を沸かします。この湯をある温度にして、容器に注いだ際の温度を調べておくのです。

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例えばこの容器であれば湯の温度を76℃にして、水100mlを10cm高さから注げば65℃になりました。「牛乳を高い位置から注ぐのが重要」と書いてあるレシピがありますが、これは温度を下げるためでしょう。牛乳を注ぐ位置が重要なのではなく、あくまで大事なのは温度、ということ。

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では実際に作っていきましょう。生姜をすりおろします。

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しょうが汁には白い沈殿物ができます。この沈殿物に酵素が多く含まれているので、この部分がちゃんと混ざるように心がけてください。100mlの牛乳に対してしょうが汁小さじ1です。しょうが汁が多いほど固まるのですが、味としては辛くなります。このあたりのバランスで味が決まるようです。

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ちなみに牛乳を温める時はReproを使うと簡単です。

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Reproは1℃単位で温度管理ができるIHクッキングヒーター。

76℃まで温めます。牛乳200mlに対して砂糖小さじ1を入れました。ちなみに砂糖やハチミツを入れるとゲルはやわらかくなります。架橋のあいだに糖類が入るからですね。ちなみにチーズを作る際もレンネットを投入する前に塩を入れてはいけないそうです。カルシウムの一部がナトリウムに置き換わるからですね。

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ここで秘密兵器を投入しました。カルシウムとタンパク質が多い方がいいのでスキムミルク6gを追加です。凝固を助けるための副材料です。

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牛乳をしょうが汁に注ぎます。この時、ゲルの形成を妨げないように静置するのも重要です。10分置きます。

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固まりました。

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スプーンもちゃんと乗っかります。

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明治おいしい牛乳はホルスタイン種のためやわらかめのゲルですが、これでも充分おいしい。ジャージー種の牛乳を入手するのが一番なんですが、手に入りやすいというメリットがあるので、このあたりは難しいところ……。

もちろん、牛乳を注いだ場合の温度が下がりすぎる(例えば温度が低かった、高い位置から注ぎすぎた)こともあるでしょう。kymosの記事では63℃〜65℃が酵素が活性化する温度帯なのですが、実際に実験していくと温度が低い(65℃以下)だと固まりにくいようです。

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温度が高い分には酵素が失活してしまっているのでチャイにして飲むくらいしか救済策はないんですが、低い分には湯煎をすれば問題ありません。

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70℃の湯煎にかけました。蓋をした状態で4〜5分。

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OK、ちゃんと固まりました。前回の記事では電子レンジにかけたんですが、こっちのほうが温度が上がりすぎず、失敗がないかな、と。

ちなみに冷蔵庫で冷やすと離水が進んでさらにゲルはしっかりします。温かい状態で食べることが多いデザートですが、日本人的には冷やして食べるほうがおいしいかも。というわけで、僕は冷蔵庫で冷やす方式をオススメします。生姜ミルクプリン研究、まだまだ試してみる必要がありそうですが、とりあえず今回はこんなところで。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!