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スタンダード・ミートソースの作り方

ミートソースの解説は食育通信online掲載時に多くの方に読んでいただいた記事の一つです。さて、ミートソースの材料はおおまかにいうとひき肉、香味野菜、水分(トマト)、 油脂分。この要素はプロとアマチュアも同じですが、プロとアマチュアの料理の味はかなり違います。今回の主旨はその違いはどういった部分に出てくるのか、という考察。

まず行うのはレシピの比較分析です。レシピの比較分析は分量を%に変えて行います。今回は挽肉を100%とした時の割合で他の材料も計算しました。牛ひき肉が1Kgならそれが100%になるので、ホールトマトが2kgなら200%という具合。また、塩や胡椒、ローリエなどの細かな要素は比較のために省いています。まずはイタリアンの巨匠、落合シェフのレシピ。(ラ・ベットラ パ スタの基本(講談社)より)

牛ひき肉 100% 
香味野菜 約23%
ホールトマト 200%
赤ワイン 20%
 オリーブオイル 20%

次はアルポルト、片岡シェフのレシピ。(片岡護のイタリアンパスタレシピ決定版120 より)

ひき肉 100%
香味野菜 38%
ホールトマト 200%
 赤ワイン 5%
ブロード(チキンブイヨン) 15%
オリーブオイル 24%

期せずして割合としては非常に似ています。他にアクアパッツァの日高シェフ、リストランテヒロ(当時)の山田シェフのレシピもあわせて比較検討しましたが、割合として大きな違いはありませんでした。

次にシェフではない、料理研究家の方のレシピを計算。今回はネットで公開されている門倉多仁亜さんのレシピから数字を出してみます。(NHK きょうの料理から)

ひき肉 100%(パンチェッタをコクだしのために+16%使用) 
香味野菜 143%
トマトペースト 6%(+水分)
油脂分 6.6%

かなりプロとは違いますね。次にクックパッドからもレシピを抽出。(引用 元 『☆ボロネーゼ☆(ミートソース) 』)

牛挽肉 100% 
赤ワイン 50%
香味野菜 130%
オリーブオイル 7.5%
ホールトマト缶 200%

こちらもかなり異なります。省略しましたが、ケチャップや中濃ソース、顆粒コンソメ、醤油、砂糖など様々な要素が足されているのがクックパッドレシピの特徴。上記のレシピの場合、赤ワインの量が多いので、その酸味とバランスをとるために甘みを足す必要があるのかもしれません。

プロと料理研究家(あるいはアマチュア)はなにが違うのでしょう。一つは香味野菜の量ですよね。赤ワイン煮込みやシチューであれば濾してしまえば野菜の味が強く出ることはないが、ミートソースの場合はひき肉の味を薄めてしまいます。今回は肉の味をいかすために香味野菜は40%以下に抑えることにしまう。

二つ目はオリーブオイルの量。イタリア料理はフランス料理や日本料理と違って基本的に出汁やフォンという形で外から旨味成分を足すことをあまりしません。ものすごく単純化した言い方をすると「肉を焼いてソースをかける」のがフランス料理で、「肉を焼いてオイルをかける」のがイタリア料理です。イタリア料理の味の構造ではオイルのコクが味の土台の一つ。ここは一つたっぷりと使います。

さて、実際に作っていきます。まずは材料ですが、プロの五つのレシピ平均値を算出し、端数をざっくりと切りました。(ローリエの量だけは落合シェフレシピを参考に増やしています。理由については後述)平均値なのでスタンダードミートソースというわけ。

基本のミートソース(4人前以上、多めにできる)
牛ひき肉 500g
塩      5g
玉ねぎ 115g(玉ねぎ半分くらい)
にんじん 40g(6cmくらい)
セロリ 30g
にんにく 1片
赤ワイン 200cc
ローリエ 4枚
ホールトマト 800g(2缶)
オリーブオイル 50cc(理想は80cc)
(Opition 小麦粉(強力粉でも薄力粉でも)大さじ2)
塩、胡椒 n/a
パルメジャーノチーズ n/a

まずはソフリットを作ります。香味野菜はすべてみじん切りに。ソフリットはイタリア料理の野菜出汁の素です。煮込み料理などのコク出しに使います。

フードプロセッサーを使うと簡単ですが、これくらいの量なら手で切ったほうが早いかも。

割合はたまねぎ2に人参とセロリが1ずつという感じ。これにニンニクのみじん 切りが1欠片(2片でも)分入る。玉ねぎと人参、セロリが同量ずつというシェフもいます。国産のセロリは値段が高いので今回は節約しました。

厚手の鍋に材料をすべて入れて、オリーブオイルを注ぎます。中火にかけて加熱をスタート。プロは弱火でかき混ぜながら1時間~1時間半ほど加熱をしますが、今日はそれほど時間をかけていられないので短時間に効率よくつくる方法をお教えします。

またオリーブオイルの量はこれでも控えめです。イタリア料理では200gの香味野菜にたいしてひたひた(鍋の大きさにもよりますが100cc目安)のオリーブオイルを使うケースが見られます。これはソフリットと同じように香味野菜を炒めたベースを指す、フランス料理のミルポワと比べると油の量が多めです。油を多めに使いコンフィのように火を通すことにソフリットの特徴があります。
なぜ油を多めに使うのでしょうか。それはフランス料理のミルポワは都度、使い切るのに対して、イタリア料理のソフリットは保存することを念頭においているからではないでしょうか。炒めた香味野菜はオイルに完全に浸し、冷蔵庫で保管すると一週間程度(場合によってはそれ以上)楽に保存することができるからです。逆に考えれば保存という観点を考慮しなければ油の量は(多少)控えることができる、ということ。しかし、充分な量の油がないと効率のいい加熱が行えません。

解決策は蓋をすることです。蓋をすれば鍋の下はオイルによって 加熱され、上部は蒸気によって加熱されます。水分がまわっていれば温度の上昇はゆるやかなので、火加減は中火のままで大丈夫。 5分、加熱します。それでも鍋が薄手の場合、温度の上昇が早いため注意しましょう。2~3分置きに蓋を開けてかき混ぜたほうが安全です。

小さなコツですが、かき混ぜる時は蓋の内側についた水分をなかに落とすようにしましょう。なかの温度上昇を抑え、蒸気に混じっている揮発化合物をなるべく逃さないためです。木べらで上下を入れ替えるように混ぜます。この時、底に香味野菜が張り付いているようで あれば火加減が強すぎますので弱めてください。

蓋をしてもう五分間。これはおまけですが、鍋の取っ手があればこんな感じにしておくと木べらの置く場所に困りません。

五分経ったら蓋をあけて、今度は「蓋なしで五分加熱」します。さきほどまでは野菜に火を通す工程、今度はメイラード反応を起こしてコクを出す工程です。メイラード反応は低温でも進みますが、160~170度くらいの温度にすると早く進みます。(それ以上の温度にすると糖が焦げる恐れがあります)蓋をしないと水分が蒸発していきますので、鍋肌の温度は上昇していきます。

しばらく待つと端や底が焦げ付いてきます。早めに木べらでこそいでください。しばらく待っては底をこそぐ作業を5分続けると薄い色がついてきます。

だいぶ色づいてきたので火を止めます。冷ましているうちにメイラード反応はさらに 進み、もう少し色が濃くなります。これでソフリットの出来上がりです。ソフリットはたくさんつくって冷凍保存もできます。豚肉や鶏肉を焼いて、ソフリットと白ワインでシ ンプルに煮込んだ料理もおいしいです。

ひき肉を用意します。レシピには牛ひき肉とありますが、今日は合いびき肉です。牛ひき肉だけの方が濃厚に仕上がります。ひき肉は重量の1%の塩を振っておきます

フライパンに『さきほどのソフリットの表面に浮いている油』を小さじ1ほどひき、 そこにパックの肉を並べるようにして、中火にかけます。このあとの工程が味の差を決定的にします。そのまま触らないで加熱するのがポイントです。

だいぶ焼き色がついてきました。大きなハンバーグをつくるような気分でしっかりとした焼き色をつけてください。

裏返します。写真の色ではまだまだ焼き色が足りない感じですので、さらに焼いていきます。この焼き色がコクに繋がるのは、さきほど説明したメイラード反応のお陰。また、よく焼くことでひき肉の臭みもなくなります。このレシピで物足りない、という方はこの工程の焼きが甘いというケースが考えられます。

なぜ、鍋のなかをいじってはいけないのでしょうか。それはメイラード反応が170度以上で早く進むから。そのため鍋の表面温度をある程度上げる必要があるのですが、その時、邪魔になるのが肉から出てくる水分です。したがって肉を木べらなどでほぐしながら炒めるのは厳禁。肉は水分を含んだスポンジのようなもので、木べらで押すとそこから水分が流出し、焦げ色がつきません。

ここで選択肢が。肉に小麦粉を大さじ2ほど振り入れ、さらにしっかりと炒めると、重厚感のある仕上がりになります。かなりの量の脂 が入る計算になるので、カロリーを気にしない方はこちらをどうぞ。

このように油を切るとさっぱりとした仕上がりになります。焼いた肉をソフリットの鍋に移します。このあたりはあくまで好みですね。

そんなに炒めちゃって肉汁が逃げちゃうんじゃないの、と思われるかもしれませんが、蒸発するのは水分だけですのでフライパンの底には旨味が残っています。この旨味の固まりを赤ワインで溶かします。

すべてを鍋であわせます。

ホールトマト缶を2缶いれます。ホールトマトは手やホイッパーなどで押しつぶしてください。丁寧にやるならザルで裏ごししたほうが種が入りません。ちなみに写真は実はカットトマトです。(余っていたので、、、)

水を400cc足します。これから1時間煮込むので、その蒸発分を補うためです。ホールトマトの缶がちょうど400ccですね。

加える水分は水で大丈夫ですが、ここでブイヨンキューブ を1個入れるとコクが補えます。一般的に市販されているブイヨンキューブは1個に対して水 300ccが基準ですから、かなり薄め。あまり入れすぎるとアマチュアっぽい(?)ケミカルな味になります。

ローリエを何枚か入れます。予備実験で「なくても平気かな」と思ってテストしたのですが、ローリエを入れないと明らかにプロの味ではなくなりました。ローリエには清涼感のある香りと独特の苦味があり、これが肉の臭みを消し、味を引き出しているようです。意外と風味に影響するんですね。

沸騰したら灰汁をとって弱火落とします。できる限りの弱火です。

鍋の蓋はずらしておきます。蓋がない場合は水量を増やして、弱火で煮ていきましょう。
煮込み料理における蓋の有無は意外と重要で、蓋を完全にしめてしまうとなかの温度が100度に達してしまいます。蓋をずらせばせいぜい95度くらい。ゆっくりと弱火で煮込むことが ジューシーなミートソースに繋がります。

煮込む時間は1時間。ちなみに1時間といっても火をちゃんと弱くしておけば50分 くらいはほっておいても大丈夫です。水分があれば鍋の中身は焦げませんから。

1時間経ちました。鍋が赤いのでちょっと中身が赤っぽく写っていますが、実際はも う少し茶色い色合いです。塩と胡椒で味を整えます。塩は多分、最初のひき肉に振った分で足りていると思いますので、コショウを加えてから味見してください。
トマトの酸味と肉の旨味がきいたすっきりとした味です。あれだけオリーブ油をいれましたが、表面に油が浮いていません。好みで隠し味に砂糖を小さじ1足します。トマトの酸味とバランスをとるためです。入れなくてもいいのですが、入れるとおいしいと言ってくれる人が増えるかもしれません。でも、そこまでおいしくしなくてもいい、という場合もあるのでケースバイケースで。

これで完成、、、と思いますが、実はそうではなく、 一度冷ましてください 。加熱とともに肉から出た水分が冷ますとともに戻り、柔らかく、ジューシーになります。 シチューと同じ原理です。

出来上がったソースを味見してみると若干、コクが足りないかな、と思うかもしれません。しかし、それはこの後パルメジャーノチーズを加えることで解決するので心配無用 。

ちなみにミートソースパスタ。よく茹で上がったパスタにソースをかける方がいます が、それでは本当の美味しさは味わえません。時間の20秒前ほどに茹で上げたパスタ を熱々のソースで和えることで、パスタの表面にソースが染み込んで、美味しくなるので す。

パルメジャーノチーズを入れて、火を止めます。パルメジャーノチーズは旨味成分グルタミン酸を豊富に含み、天然の味の素のようなものです。「腕の悪いコック と主婦はパルメジャーノチーズを使え」というイタリアの言葉があるようにグルタミン酸とイノシン酸は旨味の相乗効果があるので相性は抜群。

写真は炒めたなすを加えて、ボリュームを出しています。ミートソースづくりは香味野菜と肉にしっかりと焼き色をつけ、 赤ワインはアルコールをきちんと飛ばしてから他の材料を加えていく、ということなど煮込み料理の基本が詰まった料理です。一つ一つの工程を積み重ねていくことで市販のブイヨンキューブなどに頼らずともおいしい味に仕上がるはず。また、セロリがなければ玉ねぎと人参だけでも、あるいは玉ねぎだけでも美味しくつくれます。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!