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市販のブイヨンからチキンコンソメをつくる

市販のブイヨンキューブのテイスティングをしましたが、今日はそれをベースにコンソメを作ります。コンソメは風味豊かな琥珀色の液体。マギーキッチンサイエンスによるとConsomméとは元々、フランス語で「消費する」「使い切る」という意味の言葉で、肉の煮汁をとろりとするまで煮詰めていた中世の習慣からきたものだそう。

辻静雄は大著『フランス料理研究』でスープやソースの起源について〈ラ・ヴァレンヌの書き残しているブイヨンまでもとりあえず考慮に入れてその淵源を辿って見る必要があるかもしれない〉と述べていますが『オックスフォード 食の辞典 the oxford companion to food』によると1653年に書かれたラ・ヴァレンヌの著作『フランスの料理人』にはコンソメという言葉はないとのこと。

コンソメという言葉が登場するのはやはり語源の通り、中世以降。中世はブルジョワを中心にフランス料理が大きく発展した時期。マランやムノンといった中世の料理人達は肉からいかに純粋なエッセンス──当時の言葉でいえばコンソメやジュ、カンテッサンス──を抽出するか、という点で技術を競いました。辻静雄は先に引用した『フランス料理研究』のなかでマランが記したコンソメを紹介しています。(読みやすくするために漢字を開いたり、カタカナをひらがなに直してます)

玉ねぎの輪切りを鍋の底に敷き、牛のモモ肉2リーブル、子牛のモモ肉2リーブル、ヤマウズラ2羽、雄鶏1羽、ハムの輪切り2枚──あるいは、もしなければ、子牛1リーブルを加える。先ず強火にかけ、ブイヨンをほんの少し加え、軽く鍋底にくっつくぐらいにする。次に上手に仕上げたブイヨン(澄んだもの)を小さな深鍋に入れる。これに人参1本、アメリカ防風1本、カブ2個、玉ねぎ3個、すべてを一度湯通しして、クローブ2本入りののブーケ1束とニンニクの塊2個、クルミ大の砂糖を1個入れる。(これで)できれば4時間以上ことこと煮る。

1リーブルは500g弱なので、2リーブルは1キロ弱。アメリカ防風というのはパースニップ(白い人参のような根菜)のことですね。驚くほどの量の肉が使用されていますが、この時代のコンソメはブルジョワ家庭向けの超高級料理。現在のコンソメとは多少異なり、ソースやスープに使われる他、果物を煮てゼリー状にしたお菓子作りに使われていました。

マランのコンソメと現在のコンソメの大きな違いは卵白を使って液体を澄ませるクラリフェという作業をしていないこと。卵白を使う技法はいつ頃から生まれたのでしょうか? ムノンやマランの時代からおよそ百年が過ぎた頃、ユルバン・デュポワは著作『古典料理 La Cuisine classique』(1856)のなかでコンソメ・オルディナールの項で、ブイヨンを澄ますには「屑肉と全卵でやったらよい」と言っており、別の著書『新しいブルジョワの料理』の『クリアーなブイヨン』の項でも全卵を使ったクラリフェを紹介しています。ここまでは全卵を使って澄ませる技法が一般的のようです。

ところがデュポワの時代から半世紀過ぎた1903年に出版されたエスコフィエの『料理のガイド』には卵白を使って澄ませたコンソメが90種類も登場し、1902年のモンテーニュによる『料理大全』でもコンソメの項では同様に卵白を使ったレシピが紹介されています。このデュポワ〜エスコフィエの時代の間に現在の形のコンソメが完成したと考えられます。

今回、学ぶべきは卵白が液体を透明にする(クラリフェ)のメカニズムです。今日はビーフコンソメよりも短時間で旨味が抽出できるチキンコンソメをつくります。

チキンコンソメ
 鶏のひき肉 300g
 水 1l
 ブイヨンキューブ 1〜2個
 香味野菜 すべて小さめの角切り(5mm~7mm目安)
  玉ねぎ 50g
 人参 50g
 セロリ 50g
 卵白 1個分

まずはベースとなる固形コンソメを溶かします。もちろんベースとなるチキンストックは自分でつくった方がベター。(参考『現代的なチキンストック』)

この段階の透明度はこんな感じ。少し濁ってますね。きちんと冷ましておきます。

鍋の挽肉に卵白をあわせます。

手でよく混ぜます。(写真は素手ですが、できたら手袋を使ってください。)

香味野菜も足します。

冷めたコンソメを少しずつ注いで混ぜていきます。

全部の液体が入ったので、鍋を火にかけます。火加減は中火です。

鍋底に沈んだ肉と卵白がくっつくので、キベラで底をかき混ぜながらゆっくりと温度 を上げていきます。

まわりがふつふつを泡立ってきたらキベラを外します。

液体が沸騰するにつれて、スープが澄んできます。ゆっくりと肉を動かし中心をドーナッツ状にあけることで液体がうまく対流してきれいに澄んでくれます。弱火に落として、一時間。ここで直火で焦がした玉ねぎを加えて色付けすることもできますが、肉の再利用が難しくなるのでここでは入れません。

澄んだクリアなコンソメができました。しばらく置いて、固形微粒子を沈殿させます。この時、ひき肉の質が悪いと鶏肉臭さが気になるのでタイムやローリエなどを加えて2〜3分ハーブティーのように香りを移すとカバーできます。

さて、卵白がブイヨンを透明にするメカニズムを理解しましょう。卵白のタンパク質は凝固するにつれ網目構造をつくります。これが対流で表面に浮かぶタンパク質を捕まえ、液体が濾過される形になるのです。このメカニズムを理解すると液体をきちんと対流させることが重要、ということがわかると思います。

卵白を使うことで風味分子やゼラチンの一部も一部取りのぞかれてしまうので、そのため最近では卵白を使わずにクラリフェするケースも増えています。どうすれば卵白を使わずにコンソメがつくれるのでしょうか。ブイヨンに氷を加えれば固形微粒子がブイヨンの底に沈み澄む、と主張する料理人がいますが、エルヴェ・ティスが行った実験によると効果はなかったようです。少し考えれば「そりゃ、そうだろう」という感じですが何でも実験せずにいられないのは化学者の性分ですね。

卵白を使わずにコンソメを澄ますにはタンパク質が微細なタンパク質やその他の粒子をフィルターのように濾す、というメカニズムがわかれば簡単。答えはただ、ひき肉にストックを加え、静かに煮出していけばいいのです。中国料理では卵白を使わずに肉のタンパク質を使って透明なスープをつくりますが、肉のタンパク質もスープを澄ませる役割を果たします。現代料理ではさらにメチルセルロースを添加する場合もあります。

さて、コンソメ作りに戻りましょう。

沈殿した固形微粒子が混じらないようにレードルですくって濾します。濁りの原因になるので、鍋ごとざるにあけないでくださいね。

クリアなコンソメです。最初の段階との違いは一目瞭然。塩、胡椒で味をつけ、その
ままコンソメとして、あるいは野菜の千切りなどを入れて仕上げてもいいでしょう。
残ったダシガラの肉は醤油と砂糖で味付けしてそぼろにしてもいいですし、市販のカ レールーと水を加えてカレーに転用するという方法もあります。ダシガラなので味は ないですが、うまく活用して食材を無駄にしないようにしましょう。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!