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あめ色の玉ねぎのカガク

今日はカレーやオニオングラタンスープに使うあめ色玉ねぎについてです。

玉ねぎの仲間はエネルギーをデンプンではなく、ショ糖や果糖の鎖として蓄積します。ちなみにショ糖の割合が高い玉ねぎほど保存性が高いので、広く栽培されています。ゆっくりと時間をかけて加熱するとその鎖が外れ、甘くなるのです。あめ色玉ねぎはそのさいたるもの。

玉ねぎをゆっくりと弱火で何時間もかけて加熱したあめ色玉ねぎ。フランス料理ではオニオングラタンスープにしか使いませんが、甘みを好む日本人の口にあったのか、カレーをはじめとした洋食の基本。洋食店でこれを作るときは5時間以上、鍋につきっきりで調理します。

ネックは時間がかかること。家で何時間も台所にこもることはこの忙しい現代社会では不可能です。今日は基本的な原則を外さずに、なるべく短時間で深い味を出すアプローチを考えます。はじめに述べて起きますが、伝統的な方法ほどの味の深みは出ません。しかし、10分の1の時間で8割の味を出せるのであれば、選択肢としては充分。

玉ねぎ1個分をスライスしました。あめ色玉ねぎは水分量が鍵をにぎるので、一度につくるときは量が多いほうが簡単です。油脂はバターを使いました。

玉ねぎを加熱するときの反応は複雑で、様々な要素の影響を受けます。マギーキッチンサイエンスによると、乾燥しやすいオーブン調理や電子レンジ調理では三硫化物が生じやすく、煮すぎたキャベツのような匂いになりがちなので注意が必要です。そのためオーブンローストする場合はアルミホイルで包むなどして、湿度を保つのが普通です。

高温で加熱をすると揮発性成分が多く発生し、風味が強くなります。そのためこれはにんにくを調理するときにも言えるのですが、植物油で調理するよりもバターで加熱したほうが風味がマイルドになります。

鍋にバター、玉ねぎを入れ、弱火にかけます。まず最初のコツは『厚手の鍋をつかう』ことです。鍋肌が厚ければ温度が均一になり、一部分だけ焦げたりしません。いい道具は料理する人を助けてくれます。

はじめは低温の加熱でスタートするのが正解です。その理由は玉ねぎがあめ色になるまでの工程でなにが起きているかを理解するとわかります。

玉ねぎを加熱すると玉ねぎの水分(玉ねぎは75%が水分です)が熱せられ、外に出てきます。それによって細胞が壊れ、やわらかく、しんなりします。まず、この時、外に出てきた糖やタンパク質、芳香性化合物(例えばメルカプタン、二硫化物、三硫化物、チオフェンなど)が酵素反応を起こします。これがあめ色玉ねぎの第一段階です。

この段階で効率よく加熱をするために水を加える人がいますが、はじめから水を加えるとエキスが薄まり、結果として酵素反応が進まず、味に深みが出ません。酵素は温度が高すぎると失活してしまうので、はじめの加熱はゆっくりと。

はじめに加える物質の正解は水ではなくです。塩を加えることで細胞壁が壊れやすくなり、加熱の時間を短くすることができます。

ここでさらにスピードを上げるならA、Bの二つの方法があります。

A スライスした玉ねぎを一度、冷凍し、解凍してから加熱する。冷凍、解凍することで玉ねぎの細胞が壊れ、反応が早く進む。また、一部で酵素の凝縮するため、反応が早く進む。
B重曹を一つまみ加える。phがアルカリ性に傾くとペクチンが溶けやすくなるので、早くやわらかくなる。弱点は重曹の苦味が味を損ねること。そのため、使用する場合はほんの少量に抑える。

5分が経過しました。これくらい加熱すると水分の大部分が飛び、玉ねぎの温度が上がってきます。玉ねぎが汗をかき、ショ糖(白い砂糖と同じ成分)が分解し、ブドウ糖と果糖にわかれます。ブドウ糖分子と果糖分子はショ糖分子よりも甘いので、加熱したほうが甘く感じるのです。また、水分と一緒に辛い成分も蒸発するので、より甘く感じます。

ここで火を中火に上げます。本来は弱火で加熱していきますが、調理時間を短くするためです。この段階では酵素はほぼ失活しているので、火を強めても大丈夫。

玉ねぎの温度が110℃を超えると茶色く色づきます。玉ねぎよりも鍋肌についたエキス分からカラメル化がはじまるはずです。この段階で起きる反応はブドウ糖や果糖が起こすカラメル化反応。

焦げそうになったら水大さじ2を加えて茶色く色づいたエキス分を玉ねぎに溶かし込みます。カラメルソースをつくるのと同じ要領です。この工程によって、鍋肌についた糖とタンパク質が焦げるのを防ぐことができ、また水分によってそれらの化合物を全体に行き渡らせることができます。

そのまま中火で加熱を続けます。玉ねぎが徐々に色づいてくるはずです。このくらいの段階になるとメイラード反応が起きはじめます。ちなみにあめ色玉ねぎは英語で「キャラメライズドオニオン」と言いますが、化学者たちは「玉ねぎの色付けはカラメル化ではない。だからメイラードオニオンと呼ぶべきだ」と主張しています。

メイラード反応は複雑で糖、タンパク質、酵素の相互反応によって起きる現象です。この反応をさらに早く進めるためには……

A重曹を加える。メイラード反応はアルカリ性に傾くほど早く進む。欠点は前述した通り。
Bさらに温度を上げる。メイラード反応は温度が高いほうが早く進む。欠点はあまりにも強いとコントロールが難しくなること。

焦げそうになったら水を足すことを続けます。鍋は常に混ぜ続けるのが無難でしょう。鍋底にこびりついた水溶性の成分を玉ねぎに戻し、全体を均一に加熱していきます。

15分経過。かなり色づいてきました。色づけるというよりも色を重ねていくイメージです。

この段階までくると玉ねぎの水分が少なくなってくるので、火加減のコントロールが難しくなってきます。強すぎると思ったら迷わず火を弱火に落としましょう。火から外して水を注ぎ、鍋肌のこびりつきを落としてから、ガスコンロに戻すということを繰り返します。

水を注いでは混ぜることを6〜7回繰り返しながら、30分間炒めたものがこんな状態。お店ではもう少し炒めますが、これくらいでも味は充分。

あめ色玉ねぎの出来上がりです。保存をする際は冷凍します。一部分だけに焦げがあったりしたら失敗なので、可能であれば取り除きましょう。じっくりと炒めた玉ねぎと比べると味の深みはないですが、他の素材がいろいろと入るカレーやハヤシライスに使うならこれくらいで充分です。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!