朝の築地を歩く
最近、築地でアルバイトを始めた次女。彼女からおいしいものが揃う場外市場の魅力をたびたび聞かされて、私の食いしん坊の血がざわざわ……水曜と日曜は市場が休みということで、土曜の朝、混雑覚悟で訪ねてみることにした。
築地本願寺カフェ Tsumugi
築地本願寺が創建400周年を迎えた2017年に、「開かれたお寺」をコンセプトにオープンしたインフォメーションセンター内にあるカフェ。若い人に少しでも仏教に関心をもってもらおうと、センターにはこのブックカフェの他にオフィシャルショップ(仏具や仏教関連書籍だけでなく、可愛らしい雑貨や食料品も扱っている)や「築地の寺婚(てらこん)」と称する婚活サービスコーナーもある。
カフェ:
https://tsukijihongwanji.jp/enjoy/meal-stay/
オフィシャルショップ:
https://www.instagram.com/tsukijihongwanjiofficialshop/?hl=ja
築地の寺婚:
https://tsukijihongwanji.jp/terakon/
このカフェの看板メニューが朝8:00~10:30限定、売り切れ御免の「18品の朝ごはん」。築地本願寺のご本尊、阿弥陀仏がまだ法蔵菩薩であったとき立てた48の誓願(仏に誓いを立てて物事が成就するように願うこと)のうち最も重要とされる18番目の誓願「生きとし生けるものすべてを救いたい。救うことができなければ、私は仏とならない」にちなんでいるという。
カフェの前に到着したのは開店前の7:55。すでに数十人の行列ができている。予約客優先なので、専用の予約サイトから申し込もうとしたのだが、その日は空きがなく、直接行って並ぶことに。開店後は発券機で整理券を取得。順番が来るとスマホに知らせてくれるので、先に場外市場の施設「築地魚河岸」に目当てのマグロを買いにいき、取り置きを頼んでから駆け足でカフェに戻った。
さっそく「18品の朝ごはん」(日本茶付き)を注文。直径5センチほどの小皿に盛られた16品とお粥と味噌汁のセットはたしかに「映え」てテンションが上がる。外国人観光客も多く、メニューも英訳付き。左上の皿から右へ、上から下へと順番に紹介すると、
南高梅梅干(Pickled Plum)、築地江戸一の黒豆(Braised Black Beans)、湯葉いくら(Yuba with Salmon Roe)、築地江戸一の甘口昆布の佃煮(Sweet kelp Tsukudani)、季節のフルーツ(Seasonal Fruits)、抹茶ゼリー(Matcha Jelly)、つきぢ松露の玉子焼き(Rolled Omelet)、揚げ茄子大豆そぼろ(Fried Eggplant Soybeans Flakes)、里芋田楽(Miso-Glazed Taro Potato)、豆腐の柚子あん(Tofu with Yuzu Paste)、季節の副菜(Seasonal Side Dishes)、海苔明太(Seaweed & Spicy Cod Roe)、お粥(Porridge)、タコの塩麹和え(Octopus with Salted Rice Malt)、合鴨の山椒焼き(Grilled Duck with Ansho Pepper)、築地紀文のお魚とうふおぼろ揚(Oboro Fried Tofu & Fish Cake)、築地吉岡屋のべったら漬け(Pickled Radish with Malted Rice)、お味噌汁(Miso Soup)
すべて一口か二口で食べられるし、お粥にも合う。温かいほうがおいしいものはちゃんと温めてあるし、豆腐、柚子、玉子焼き、合鴨、山椒など海外の人にも比較的馴染みのある素材を使っているので、誰にでも食べやすいのではないだろうか。
場外市場の混沌とした魅力
朝ごはんを終えたらさっそく場外市場へ。
鮮魚・貝類(マグロからカニ、エビまで)、塩干魚・魚類加工品(干物、塩鮭、イクラ、タラコ、カズノコなど)、精肉(牛肉、豚肉、鶏肉、ラム肉、鴨肉、フォアグラ。ハム、ベーコン、ローストビーフなどの加工肉)、青果・ツマもの(生ワサビ、日本各地の伝統野菜、西洋野菜、季節の果物など)、乾物(昆布、煮干、椎茸、干しスルメ、干し貝柱など)、鰹節(お吸い物用、蕎麦用、煮物用など)、雑穀・豆、おでん・練製品(さつまあげ、かまぼこ、ちくわ、はんぺん、つみれなど。年末にはかまぼこや伊達巻も)、珍味、漬物、佃煮、惣菜、玉子焼き、調味料やスパイス、味噌、油、調理器具、厨房小物、刃物、食器類など、表通りから路地裏まで古く、間口の狭い400以上の店舗がひしめき合う。その間を行き交う人々、立ち止まって写真を撮る人々や行列をつくる人々で混沌としている。
外国人観光客に人気なのが、モツ煮、海鮮丼や海鮮焼き、鰻、抹茶、ウニ丼、玉子焼きや玉子サンドなど。立ち食いに適した串に刺した玉子焼き、カツやコロッケ(築地もんじゃコロッケ、明太もんじゃコロッケなど)、ソフトクリーム、いちごやマスカットを串刺しにした飴、長くスライスしたさつまいもチップス(塩味、シナモンシュガー味、黒蜜味)もよく見かけた。
あたりには海産物の焼ける香ばしい匂いが漂い、交通整理の係員のかけ声とともに、ひしめき合う人々をかき分けるように業者の車がゆるゆると通り抜けていく。カウンターや店先で手軽に食事ができるアジアの屋台風の店もあり、ちょっと海外旅行をした気分になる。
豊洲移転後も築地市場の活気を残す商業施設「築地魚河岸」
築地魚河岸は、2018年10月の豊洲移転後も築地場内市場の活気とにぎわいを残すために、場外市場の一角に中央区が設置した商業施設。豊洲で営業する水産、青果の仲卸業者ら約60軒が入居している。「豊洲よりも近くて便利だから」と重宝がるプロの料理人はもちろんのこと、高級魚や旬の魚介を求める一般の客、銀座や歌舞伎座が近いからとセットで訪れる外国人観光客も多いという。
この施設3階の「魚河岸食堂」はフードコートになっていて、鉄火丼専門店、蕎麦屋、軽食喫茶、地鶏専門店の中華そば屋などが入っている。知る人ぞ知る食堂という感じで、場外市場よりも落ち着いて食べられそうだ。
築地魚河岸は晴海通りに面した小田原橋棟と、波除(なみよけ)通り沿いの海幸橋(かいこうばし)棟が連結していて、海幸橋棟の屋上からは、旧築地市場の跡地が広大な原っぱになっているのが見える。写真の左隅、隅田川にかかる手前の橋が築地大橋、奥に見えるのがレインボーブリッジだ。
この屋上には昨年、「築地魚河岸 浜焼きBBQテラス」がオープン。食材は30種以上のメニューから選んで事前予約をしておくこともできるし、場外市場や築地魚河岸で自分で購入してきた海鮮や肉、野菜などの食材をバーベキューや鍋にして楽しむことができる。
築地魚河岸 浜焼きBBQテラス:
https://tsukiji-bbqterrace.com/
築地の氏神様、波除稲荷神社
広大な市場跡地の原っぱを眺めていたら、その一角にぽつねんと佇む小さな社殿と大イチョウが目に入った。1659年に創建された波除稲荷神社(波除神社ともいう)だ。
1657年の明暦の大火の後、当時はまだ一面の海だった築地(「埋立地」の意)の埋め立て工事が行われたが、波が激しくて工事は難航した。ある晩、海面を光りながら漂う御神体が見つかり、1659年に現在の地に社殿を建てて祀ったところ、波が収まり、工事が順調に進んだという。以来、「災難を除き、波を乗り切る」波除稲荷と呼ばれて、災難除け、厄除け、商売繁盛、工事安全などにご利益があるとされてきた。
毎年6月には、江戸初期に始まった「つきじ獅子祭」が開かれ、神輿や雌雄の獅子頭が築地の町に繰り出して練り歩くという。
山田のうなぎ うな骨らーめん 築地本店
これだけ巡ってもまだ午前10時台。「早起きは三文の徳」という言葉が身に染みる。波除神社から晴海通りに向かって歩き始めたところで、新しく小綺麗なカフェのような店が目に入った。
11月半ばに飯田橋から移転オープンしたばかりの店で、11時の開店を前にすでに3人ほど並んでいる。鰻の骨で取ったスープで食べるラーメンが評判だという。
スープは黄色く濁っているが、豚骨ほど濃厚ではなく、ちょっと苦みもある和の風味。極細ストレート麺に刻みネギ、醬油漬けしたのち燻製にした卵黄、刻み鰻がトッピングされていて、山椒をかけて食べるという新体験だった。
変わりゆく築地市場跡地
2024年4月、東京都は築地市場跡地を再開発する「築地地区まちづくり事業」の事業予定者を決定した。
三井不動産を代表企業とする合計11社の企業連合が、約19万平方メートルの跡地におよそ9000億円をかけてさまざまな施設を建設するという。目玉は可動席と仮設席を組み合わせて2万人から5万7000人まで収容できる多目的なマルチスタジアム。
「都心部・臨海地域地下鉄」の計画案もあり、オフィスやホテル、レジデンス、商業施設の新設も含めると2023年11月開業の「麻布台ヒルズ」や2025年3月開業の「高輪ゲートウェイシティ」を超える大規模再開発事業になるそうだ。
事業計画を見ていると未来への夢がいっぱいだが、あのカオスでパワフルな場外市場や波除稲荷神社はどうなっていくのだろう? ちょっと気がかりだ。
コーディネーター 青山