薬の効き目

 「今週はいかがでしたか?」
私はそのふんわりとした質問に戸惑いながら応える。
「まあ、変わりなく…。」
「そうですか。」
彼はなにかをパソコンに入力して、再び私に向き直り尋ねる。
「その、原因になった出来事の方はどうですか?なにか状況変わったりしました?」
原因になった出来事。だいぶ遠回しな言い方をするのだな、と私は思う。
「まあ、そちらも変わりなく。…普通に連絡は取り合っている感じです。」
「そうなんですね。それでやっぱり居場所がわからなくて不安になることがある、と。」
「まあ…そうですね。たまに、ですけど。」
「…わかりました。お薬、また少し増やしとくので、飲んでください。もう少し様子を見ましょう。」
「ありがとうございます。」

 診察はスムーズすぎるくらいスムーズに終わった。この後私は薬を処方されて、駅ビルに入っている薬局で処方薬を受け取って、ちょっと街をぶらついて帰るのがお決まりのコースだ。
 病院に通い始めて3週間。つまり3回目の診察で、果たして診察や薬が私の「原因となった出来事」やそこからくる感情の波に作用しているのかは正直よくわからない。
 薬を飲んでいるから「変わりない」1週間を過ごせているのか、別に薬なんかなくても同じように「変わりなく」過ごせたのか、誰にもわからない。きっとあの優しそうな医師にだってわからない。
 それでも、私は病院に通う。病院に通って、薬を飲んで、平日は仕事をして、土曜日はまた病院を訪れて薬をもらう。
 処方されている薬は、「感情の高まりを抑え」たり、「心と身体の調子を良く」したりしてくれるらしい。
 私は今日も眠りに就く前に、その薬たちを飲み下す。
 イメージする。私の恋心は抑えられ、心と身体の調子が良くなっていく。青くて静かな眠りの中に、私はゆっくり落ちていく。穏やかだ。

 夢の入り口をくぐる一瞬前、枕元で充電していたスマホが振動した。8時間ぶりの、あの人からの返信だ。

 ああ、感情が高まっていく。

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