
技術的効果に基づく技術情報に対する裁判所の営業秘密性判断
(1)はじめに
企業等が保有する情報が営業秘密であると認められるためには,不正競争防止法第2条第6項で規定されているように,当該情報が秘密管理性,有用性及び非公知性の全ての要件(3要件)を満たす必要があります。
営業秘密の3要件に対する裁判所の判断として,顧客情報等の営業情報の秘密管理性が認められる場合には有用性及び非公知性も認められる場合が多くその一方で,技術情報は秘密管理性が認められたとしても,有用性や非公知性が認められない可能性があります。この理由は,顧客情報等の営業情報は一般的には公知となり難い情報であるものの,技術情報は膨大な数の特許文献や技術論文、その他の技術資料等によって多くが公知となっていたり,自社製品のリバースエンジニアリングによって当該技術情報の非公知性が喪失していると判断される場合があるためです。
ここで,営業秘密管理指針における「3.有用性の考え方」には以下のように記載されています。
当業者であれば,公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても,有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。
しかしながら,原告が営業秘密と主張する技術情報に対して,裁判所が公知の技術情報と比較して優れた効果を有しないと判断し,その営業秘密性を認めない場合もあります。このような裁判所の判断は,特許制度における進歩性の判断と同様であり,技術情報を営業秘密として管理する場合に留意するべき事項です。
以下では,技術情報が有する効果に基づいて,その有用性が否定された裁判例を紹介します。なお,裁判所は,技術情報が有する効果に基づく判断を有用性として判断する場合と非公知性として判断する場合とがあり,技術情報が有する効果が何れの要件として判断されるのかは定まっていないように思われます。このため,以下で紹介する裁判例では,有用性及び非公知性の何れの判断であるかは区別していません。
(2)技術的な効果は公知技術に比べて優れたものであるべきと判断された裁判例
(2-1)発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決 事件番号:平成19年(ワ)第11138号)
本事件は,平成15年10月頃に被告らの代表者であるYが,原告が電気技師として雇用していたP2から本件各情報(発熱セメント体に係る本件情報1~7)を聞き出し,原告が同年12月15日にP2を技術指導として被告会社に出張させた際にも,YがP2から本件各情報を聞き出し,P2は原告の従業員として本件各情報を外部に漏洩しない義務を負う立場であったにもかかわらず,被告らに対し本件各情報を不正に開示したと原告が主張したものです。
まず,原告は営業秘密である本件情報1として,発熱部とその周りに表面層を有し,発熱部と表面層はともにセメントをベースとし,発熱部は導電性を高くするよう炭素を所定割合均一に混合している融雪板の構造である,とのように主張しました。
さらに,原告は本件情報1の有用性として,「発熱部と表面層が共にセメントベースであるため,それらの熱特性などが共通し,耐用年数が上がる。また,発熱部と表面層が共にセメントベースなので,製造コストを下げられる。さらに,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくする。」とのように説明しています。
これに対して裁判所は「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報(筆者注:特開2000-110106号公報)により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難い」とし,原告主張の営業秘密である本件情報1の有用性及び非公知性を否定しました。
また,裁判所は上記「炭素を均一に混合するという点を除いて」とのように本件情報1と乙23公報との相違点を認めているものの,この相違点について以下のように判断しています。
原告は,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくすると主張する。しかしながら,炭素を均一に混合していることと,遠赤外線を放射することを因果的に裏付ける証拠はない。また,仮にこのような効果があるとしても,乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。
このように,本事件において裁判所は,公知の特許公開公報に基づいて「当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。」と判断することで,原告が営業秘密と主張する技術情報の有用性を否定しています。このような裁判所の判断は,その表現も含めて,特許制度における進歩性の判断と同様とも考えられます。
(2-2)小型USBフラッシュメモリ事件
(知財高裁平成23年11月28日判決 事件番号:平成23年(ネ)第10033号,東京地裁平成23年3月2日判決 事件番号:平19(ワ)31965号)
本事件は,被告(被控訴人)が原告(控訴人)に対して通常サイズのUSBフラッシュメモリの製造委託について打診し,被告と原告との間で小型USBフラッシュメモリに搭載するフラッシュメモリの規格寸法やそれに応じた本体寸法の策定,LEDの搭載等について協議が進められたものの,原告と被告との協議が打ち切られたという経緯があります。その後,被告が原告から提供された情報(原告主張の営業秘密)を用いて製品を台湾にある他社に製造委託してこれを輸入し,販売したので,この行為が営業秘密の不正利用であると原告が主張した事件です。
原告は,営業秘密とするLEDに関する情報として以下のように主張しました。
小型化を実現する寸法・形状との関係で「当該寸法・形状とLED搭載が両立する事実及びその方法」を伝える情報として,また,そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさることによって,そのまま商品化を可能にする技術情報として有用性を獲得する
これに対して,裁判所は控訴審において以下のように判断しています。
控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
このように裁判所は,原告主張の技術情報に対して,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項に過ぎないとして,営業秘密としての有用性を認めないと判断しています。
(2-3)接触角計算プログラム事件
(知財高裁平成28年4月27日判決 事件番号:平26(ネ)10059号・平26(ネ)10088号,東京地裁平成26年4月24日判決 事件番号:平23(ワ)36945号・平24(ワ)25059号・平25(ワ)9300号)
本事件は,原告(被控訴人)の元従業員等であった被告(控訴人X)が原告の元従業員が設立した被告会社(控訴人ニック)に入社し,原告ソースコード及び原告ソースコードに記述された原告アルゴリズムを不正使用して被告旧接触角計算(液滴法)プログラム(被告旧プログラム)と被告新接触角計算(液滴法)プログラム(被告新プログラム)を作成したとのように,原告が主張したものです。
原告アルゴリズムの内容は,原告の研究開発部開発課が営業担当者向けに作成し,原告プログラムの概念から機能概要までをまとめた本件ハンドブックに記載されていました。本件ハンドブックの表紙には「CONFIDENTIAL」,各ページの上部に「【社外秘】」とそれぞれ表示されていたものの,裁判所は,本件ハンドブックの記載において,どの部分が秘密事項に当たり,どの部分が当たらないのかについて具体的に特定はされてはいなかったとして,その秘密管理性を否定しています。
さらに,原告アルゴリズムについて裁判所は,(a)閾値自動計算,(b)針先検出,(c)液滴検出,(d)端点検出,(e)頂点検出,(f)θ/2法計算,(g)接線法用3点検出,(h)接線法計算のように項目分けし,その技術内容を検討したうえで,それぞれについて「一般的」であり「特別なものでない」とし,控訴審において下記のようにして,その非公知性を認めませんでした。
原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ない
一方で,原告プログラムについて裁判所は,その秘密管理性を認めたうえで,以下のようにその有用性と非公知性を認めました。
原告プログラムは,理化学機器の開発,製造及び販売等を業とする被控訴人にとって,その売上げの大きな部分を占める接触角計に用いる専用のソフトウエアであるから,そのソースコードは,被控訴人の事業活動に有用な技術上の情報であり,また,公然と知られてないものである。
(3)まとめ
以上説明したように,技術情報の有用性判断について,特許でいうところの進歩性と同様の判断を行った裁判例が複数あります。
営業秘密として技術情報を管理するうえで,このような裁判所の判断が存在することの認識は重要となります。例えば,営業秘密として技術情報の管理を始めた当初は,当該技術情報は非公知であると共に優れた作用効果を有しているとしても,その後,当該技術情報に関する技術分野が進歩し,他の技術情報と比較して優れた作用効果を有しているとまでは言えなくなる場合があります。このような場合,仮に当該技術情報を許可なく持ち出されたとしても当該技術情報の有用性が否定されて営業秘密侵害とはならなくなる可能性があります。このため,営業秘密管理している技術情報に関する技術分野が進歩し,当該技術情報と同等の技術を他社が開発する状況になりそうな場合には,当該技術情報を営業秘密管理から特許出願に移行するということも考えられます。
一方で,自社への転職者の知見に前職企業の営業秘密と思われる情報が含まれているとしても,その関連技術を調査した結果,非公知とまでは言えなくても当業者であれば容易に相当し得る情報であれば,自社で使用できる可能性があります。
ところが,自社への転職者の知見に対して,有用性又は非公知性の観点から営業秘密でないにもかかわらず、前職企業の営業秘密であるとのように過剰反応してしまうと,自社で活躍しようとしている転職者を委縮させる結果となるかもしれません。
このような事態を防ぐためにも,営業秘密についての正しい理解と判断が必要となります。