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エピソードに乾杯

長らく更新してませんでしたが、本のお気に入りの言葉を久々に紹介します!今日は言葉というよりも、お気に入りのシーン、ですね。『82年生まれ、キム・ジヨン』(この本、装丁も好き)より。

久しぶりに高校の同窓生たちと忘年会をして、 かなり遅く帰宅すると、妻が食卓に向かって何か熱心に書いていた。近寄ってみると、問題集を解いている。 カラフルな文字とかわいい絵や写真がページの半分を埋めている、小学生用の算数の問題集だ。

〔中略〕

週末にゴミの分別をしながら見ると、小学校の算数の問題集がどっさりあった。全部妻が解いたものだ。〔中略〕私は妙に引っかかった。 妻は数学では秀才だった。学生時代はずっと数学のコンクール荒らしだったし、高校三年間、十二回の中間・期末試験の数学は全部満点で、大学入試の統一試験では一問間違えて残念だったという彼女が、何でこんな小学生の問題集ばかりやっているのだろうか。理由を聞くと妻はつまらなそうに、面白いからだと答えた。
「君のレベルでどうしてあれが面白いの? 幼稚じゃないか」
「 面白い。すごく面白い。今の私にとって、思い通りになるのはあれしかないんだもの」 

印象的なエピソードのある小説が書きたい。 

例えば、レイモンド・カーヴァー「ダンスしないか?」。私の憧れた外国がぎゅっと詰まっている、大好きなエピソードが入っている。

「悲しい」と残すよりも強烈に悲しくなるエピソードが、「寂しい」と記すよりも強烈に寂しくなるエピソードが書きたい。気の利いた、花言葉みたいに。

(私は基本的に、ネガティブな感情をなんとか美しく見えるように織り上げて、彼らに「あんたらも生まれてきてよかったんだよ」と言ってやるために物を書いてるから、明るい感情に対してはこのような思いを抱きにくい。書いてるうちに明るい方におさまることはあるけど)

一つ光るエピソードがある物語は、心の奥底にしぶとく居座り続けることができると思う。

エピソードがスイカなら、ちょっとの塩も必要だ。わずかな滑稽さが、入っている方がいい。
とことんかわいそうだと、かえって嘘くさくなって、疑う気持ちが生じてしまうから。

その意味で、このエピソードは完璧だと思う。

どうしてこんなバカみたいなことに私達は生涯振り回されるんだろう、と、あまりにもやりきれなくってアートだから、このエピソードはぜひ最後まで(そもそも物語の終盤に出てくるのだけど)読んでほしい。
※100%の敵よりも、あなたのことはわかってるよ、と一点の曇りもなく信じている近しい人のほうが、きっとあなたを苦しめる。

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