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「対話する演劇祭」トークシリーズ 『演劇は可能か?』平田オリザ-豊岡演劇祭の目指すもの-

9月18日(金)に江原河畔劇場で行われた豊岡演劇祭2020のトークプログラム「『対話する演劇祭』トークシリーズ『演劇は可能か?』平田オリザ(豊岡演劇祭2020フェスティバルディレクター)-豊岡演劇祭の目指すもの-」のダイジェストです。

平田オリザ(豊岡演劇祭2020フェスティバルディレクター):

豊岡演劇祭を無事に開幕することができました。当初は延べ5000人の動員を見込んで企画したんですけれども、新型コロナウイルス感染予防対策で客席を半分にしなければならなくなりました。それでも関連イベントやフリンジを入れると、3000人近いお客様に見ていただける結果になったのではないかと思っております。

世界中の若いアーティストが目指す“アヴィニヨンドリーム”

演劇祭にはいろいろな形態のものがありますが、一番有名なのはフランスのアヴィニヨン演劇祭で、7月に1カ月間、演劇祭が行われます。正式な招待演目は20~30くらいですが、それ以外にもフリンジという自由参加の枠に世界中からアーティストが集まり、1カ月の間に1500~2000の演目が上演されます。アヴィニヨンは小さい城郭都市なんですけれども、その期間は町の教会や納屋、学校の体育館なども劇場になり、朝の9時から夜の12時くらいまで上演がなされます。大体どの劇場にも大きなボードがあって、インターネットに載った劇評なんかがどんどん貼られていくのですが、ボードが劇評で埋め尽くされる劇団と、まったく空白の劇団が出てきて、評価は一目瞭然な訳です。世界中から集まった10万人くらいのお客さんは、限られた時間にいいものをたくさん見たいので、やはり評判の出ているところを見るわけですよね。なので勝ち組と負け組がはっきりします。フリンジ参加団体は自費で来場して、滞在費も自分たちで負担するんです。なので1カ月の公演の間に資金が続かず撤退していく劇団もあります。でもプロデューサーや芸術監督、音楽監督、フェスティバルディレクターなど、世界中からプロの評論家も見に来るわけです。気に入られると街角のカフェで商談が始まって、ヨーロッパで開催される400~500くらいフェスティバルに買い取られていく。これが“アヴィニヨンドリーム”と呼ばれるもので、それを目指して若いアーティストたちがアヴィニヨンに夏やってきます。実際に商談が決まる劇団は30から50くらいなんですけれどもね。

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成功の条件

そういったフリンジ的な機能を持つ見本市的な演劇祭の開催地になることを、今、アジア各国の主要都市が狙っているのですが、「あそこに行けばだいたい色んなものが集まっている」という演劇祭はまだないんです。なので、アジアのハブになるような演劇祭を目指したいというのが、この豊岡演劇祭の構想です。成功の要件は3つあると思っています。1つは正式招待演目を上演できる受け皿となる劇場があること。豊岡には城崎国際アートセンター、市民プラザ、市民会館があります。それから出石に永楽館、そしてここ江原に河畔劇場があります。それから来年以降、但馬方面にも新たな会場ができるかもしれません。そういったさまざまな施設がある。もう1つの要件は来場者の宿泊施設です。今日本で最も成功している演劇祭の1つは富山県・利賀村のSCOTサマーシーズンで、開催地の利賀村は30〜40年近く演劇祭を開催してきた実績を持つ素晴らしい場所です。ただここは今、人口が500人くらい。民宿も2軒くらいになってしまいました。なのでほとんどの方は麓の高岡市や富山市のホテルに泊まって、演劇を見にバスで上がってきます。宿泊施設がないと、開催地にお金が落ちないわけですよね。豊岡は神鍋高原、そして城崎温泉という2つの大きな宿泊施設を持っています。神鍋高原はスポーツ合宿のメッカで一泊4、5000円の民宿から、城崎温泉の1部屋4万円、5万円のVIPが泊まるようなところまであって、さらに旧豊岡市街にはビジネスホテルもたくさんある。人口8万人の町にあらゆる価格帯の施設があるんです。これは演劇祭やアートフェスティバルにとってはものすごく有利な前提だったわけです。もう1つの要件はコンテンツとネットワーク。1つには城崎国際アートセンターが培ってきたネットワークや私個人のネットワークがあるので、海外のアーティストは声を掛ければ来てもらえる。そして青年団が江原河畔劇場に拠点を持っている。要するに成功の条件は揃っているわけです。あとはやればいいと思っています。

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演劇祭と専門職大学は車の両輪のように進んでいく

来年4月に観光とアートを学ぶ、兵庫県立の専門職大学が豊岡駅前に開校します。私はそこの学長に就任する予定なんですけど、この学校の一番の売りは文化観光政策を軸に教える初めての公立大学ということです。もう1つの売りは、演劇やダンスの実技が充実している日本で初めての公立大学ということ。日本経済はこの5、6年、海外からの観光客、要するにインバウンドを増やして息をつないだところがあります。その一番の原因は中国、東南アジアの経済成長です。日本人が高度経済成長期にグアムや韓国や台湾、東南アジアに行ったのと同じように、この5、6年で中国や東南アジアの人たちは、近くて安心な日本を、最初の海外旅行の場所に選んでくださった。ただ次にもう一回来てもらうのは大変です。食とかスポーツを含めた文化的な目玉がないとリピーターは来てくれない。パリに行ったら別に美術好きじゃなくてもルーブル美術館は行きますよね? 要するに文化のコンテンツがないと観光客は来ないわけです。日本で今、カジノの誘致が課題になってますが、カジノに関して言えばアメリカ・ラスベガスの一人勝ちです。何故かというと、ラスベガスだけがカジノにスポーツとショウビジネスのエンタテイメントを取り入れて、「家族と来たい」「何度でも来たい」となるような街に作り変えてきたわけです。あるいは、よく成功例で挙がるシンガポール。ある一定年齢以上の方は思い出してもらえると思うんですが、シンガポールは1980年代までは日本の観光客がブランド物を買いに行く場所だったわけです。ところがシンガポールドルが高くなっていく過程で、ショッピングの魅力があまりなくなってしまった。そこでシンガポール政府は中国系のビジネスマンたちに狙いを定め、観光政策を大きく転換します。国外からメンバーを集めて東南アジア最高峰の技術を持つ楽団・シンガポールオーケストラを作り、チェロのヨーヨー・マさんや小澤征爾さんといったゲストを組み合わせる。するとバンコクやクアラルンプールやジャカルタにいるお金持ちのクラシック好きは何度でもシンガポールに来ます。飛行機で1時間くらいだし、飛行機代もLCCだと2万円くらいだから。皆さんだって、この中でオペラ好きの方がいれば、上野やびわ湖ホールでいい演目をやっていたら普通に行きますよね。エンタテイメント産業はコンテンツさえ変えればリピーターが何度でも来てくれるんです。これが文化観光政策と言われるもので、韓国もシンガポールもインドネシアも文化政策と観光政策を1つの省庁でやってるんで、連動して観光客を誘致します。日本はここが縦割りで、あまり上手くいってないわけです。こういうことを考えたり、企画立案できるような学生を育てようというのがこの豊岡にできる専門職大学の一番大きな狙いです。文化観光政策の教科書に「アートの力によって、アートを引き金にし、地域の魅力を再発見させるのが文化観光だ」と書かれています。そういうものが地元にあることで、演劇祭と専門職大学は車の両輪のようになって進んでいくのではないかと考えています。

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豊岡の圧倒的な強み

最後に1つ、全部がアヴィニヨンを目指すわけではありません。アヴィニヨンは小さい町なんで風景が全部一緒なんですよ。ところが、豊岡は広いんで竹野と但東と神鍋で全然風景が違いますよね。バラエティがある。それから、途中に温泉があったりだとか、出石のお蕎麦、但東の卵かけご飯、竹野のシーカヤックがあったりだとか。色んな楽しみがある。これもう圧倒的な強みなんです。豊岡の圧倒的な強みは「キャンセル待ちで並んだんだけど、ダメだったんで地蔵湯に入りました」とか、ちょっと時間のあるときに「じゃあ蕎麦食おうか」と。演劇か蕎麦かで悩めるのは豊岡演劇祭最大の強み。僕は世界中のフェスティバルを回ってきましたけど、こんなに多彩な観光アイテムが用意されている演劇祭は多分ないです。この強みは最大限活かしていきたい。問題は逆に距離なんです。今回もアンケート取ると、公共交通機関しか移動手段がないと、神鍋の奥の方まで行けないという意見がありました。ここについてはトヨタ・モビリティ基金さんと共同開発で対応を進めていきます。演劇祭の全体像は大体こんなところです。

(編集:北村恵/撮影:三浦雨林)

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