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劇団普通『電話』

豊岡の皆さま、演劇祭へお越しになる皆さまへ

はじめまして。劇団普通の主宰をしております、石黒麻衣と申します。劇団普通をご存じない方も多いかと思いますので、はじめに自己紹介をさせていただきます。当劇団は2013年に東京都で私石黒が自作の戯曲を上演するため旗上げしまして、以来年に2回ほどのペースで上演を重ねております。劇団員が居たこともありますが、現在、劇団員は私ひとりの劇団です。

都内でばかり公演をしてきましたので、この度豊岡演劇祭で、新しい土地で、豊岡で公演できますことを大変嬉しく思います。劇団普通はいつもどこかに(実際に)いるような人々を描いておりまして、今回も、とあるどこかに居そうな兄妹の話を書きました。WEBやチラシのあらすじに書いておりますが、地元に残る兄と、離れた都市暮らす弟妹の話です。これは私自身のお話でもあり、地方や都会でなくとも離れて暮らす方々のお話でもあり、誰しもがどこかご自身を重ね合わせることができる物語ではないかと思っております。

それで、今回の公演にあたり方々にお知らせしましたが、若い豊岡の方々にどうしてもこの芝居を観ていただきたく、近隣の学校に公演チラシを送らせていただきました。お送りするチラシを家でひとり準備をするのですが、沢山のチラシと一緒に添える送付状を前に黙々と封筒に宛名を書いていきます。
はじめは、大きな封筒に油性ペンで郵便番号や住所を書くのに、丁度よいバランスが分からなくて、この位置かな、もう少し文字の大きさは大きい方が良いのかな、字が曲がってはいないかなと注意しながら書くのですが、一枚目はすんなりと書けて、良かったと思って2枚目、3枚目と行くと、一通につき一枚書き損じの封筒が出るようになってしまって、どうしても入れなくてよい線を入れてしまったり、似た他の字と途中から間違えたりして、どつぼに嵌ってしまったのです。送り先のエクセルのリストを見て、後これだけあるのかと途方にくれました。
郵便局に向かう時間も迫り、修行のような気持ちで封筒に向かい合っていると、ふと昔祖父に習字を習っていた時のことが思い出されました。煙草の匂いのする祖父の家の祖父の部屋で、絨毯引きの床に新聞紙を敷き詰めて、その時はお正月で、小学校の宿題の書初めを書きました。隣に母が座って見ていて、後ろから祖父が覗き込むように見ていて、私は正座をして長々とした書初めの紙に、なんと書いていたのかは忘れてしまったのですが、書いていました。途中で私が間違えると、ああ、せっかく上手くいっていたのに、これは間違えずに書けたけど、こちらの方が途中まで良かった。惜しいことをした。最後まで書けていたらこれが(学校に持っていく)作品だったな。もう一枚書きましょう。と祖父が言って、また新しい紙を出して書くのでした。話が飛びますが、私は書初めの「初」の字をはじめ「点」がないものと間違えて覚えていて、ある時祖父が書いた手本に「点」のある「初」を見つけて、おじいさん、間違えていると得意になって指摘したことがありました。すると祖父は字引きを持ってきて「初」の字を指し示して、「点」のある「初」が正しいことを教えてくれて、こどもは先生の間違いを見つけるのがうれしいものなのだと言って、笑っていました。そのようなことを、思い出しました。

さて、住所を書いていて、豊岡の地名は、馴染みのない土地であればいずれもそうですが、全くはじめてのものばかりで、一文字書いて、次に何が来るのか予測ができないのです。しかも、今は文字を書くのはパソコンばかりで実際に手で字を書く機会は極端に少なくなってしまって、勝手知ったる字のはずが、細かなところが思い出せない、迷いが生じて、ああ、それでか、それで書けないのか。書きながら、字を書くということは、その字をよく知るということなのかと頭の中に浮かびました。ここがこう来て、こうはねて、こう収まる、ということをよく知って、それで初めて全体の文字のバランスが取れる。さらには、兵庫県、豊岡市ときて、次に町名がはいって、それの何番地で、それをよく知って、初めて真っすぐに、封筒に収まる良い宛先が書ける。じっくりと、パソコンに表示された住所を眺めました。そのうちに地名が興味深く、面白くなってきて地名から色々想像するようになりました。この字が使われているということは、こういう地形なのか、何かいわれがあるのか。豊岡の空気や、風の匂いを想像しました。よく見て、番地に至るまでの字の形を眺めて、頭の中に思い描いて、それから書くようにすると、書くのが楽しくなりました。何枚も書きながら、楽しくなって、より格好良い字に書こうと思いました。ここをこうしたらもっと格好良くなるはずだと、祖父との書初めを思い返しながら間違えても挫けずに、格好よく。格好よく書いた方が、受け取って、自分の住所の地名が格好良く書かれている方が受け取る相手も嬉しく思うのではないかと思って書きました。〇〇高等学校、この封筒は先生が受け取るのか、生徒も見る機会はあるのか、生徒たちがもし来て、私の芝居を観たらどう思うだろうか。そう思うので、芝居も工夫をして、こういっては語弊があるかもしれませんが、出来るだけ格好よく、面白く。書きながら、封筒の上に字を作り上げることも芝居も同じことなのかもしれないと思いました。きっと私の芝居の出演者の方たちも、私も、見る人を思って、より良く、もっと上手にもっと格好よくと考え続けてここまで来たように思います。

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そして、封筒を書き終えて、チラシと送付状を添えて封をし、郵便局に出してきました。今頃は、東京で準備を続ける私よりも先に豊岡に入り、豊岡の空気や風の匂いを感じているのだと思うと羨ましく思います。
私も早く豊岡へ行きたい。
豊岡演劇祭2020フリンジ 劇団普通『電話』皆様のご来場を心よりお待ちしております。

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画像6撮影:福島健太

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『電話』9/18〜20
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劇団普通
石黒麻衣(脚本/演出/役者)主宰の劇団。2013年旗上げ。石黒麻衣作演出の作品を年に約2本のペースで上演。
劇団普通の作品は、家族、きょうだい、友人のような間柄の人々の日常の生活を題材としながら、独自の会話における「間」と「身体性」によって醸し出される「緊張感」を特徴とし、また、テキストのみならず身体言語を多用した「会話劇」とは一線を画す「態度劇」とでも言うべき演劇の表現におけるあらたな試みをしております。確かな構成を下地として、「言葉」の情報を削ぎ落とし、その分「俳優の状態」に立ちあらわれる情報を重要視し、観客に想像させる演劇を一貫して上演してきました。
これまでの全ての公演が、よりあらたな演劇表現を求めての実験公演であり、「無いものを舞台上に作りあげる」というむしろ、演劇の基本的な行為について、照明や音響の効果は最小限に、演技の力を最大限にという素朴な手段で、考察を重ねております。
また、劇団普通では国内外の小説作品の戯曲化にも取り組んでおり、これまで、谷崎潤一郎の「卍」、フランツ・カフカ原作の「変身」、「城」を戯曲化・上演しております。そして、2019年9月には、初の全編方言による芝居「病室」を上演し作品の幅を広げております。

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