菊

9月9日は重陽の節句

皆さん御機嫌よう。

八月は神道研修会に参加していた為に、お稽古もそれぞれ一度しか開催出来ずご不便おかけいたしました。

日常の生活に戻り、着物の仕事の方もひと段落したので、来週より従来のペースで行っていきます。

さて、早くも9月になり徐々に秋が近づいてきているように感じます。

今月は五節句のうち最後の節句である重陽の節句、別名は菊の節句とも呼ばれている日がございます。

節句は以前よりお話している通り、陽の数字である奇数が重なる日を節日として定め、季節の変わり目でもあり様々な変化の起こりやすいことから、神様や自然に捧げ物をして共に祝うという習慣と、大陸の文化が和合した催しごとです。

その節句のうちの最後の日が9月9日、重陽の節句となります。

重陽=陽が重なる日、陽の数字の最大数である9が2つ重なる日という意味です。

では、この重陽の節句はいつから行われてきたのかというと、文献上で確認できるのは、日本書紀に天武天皇14年9月9日に宴があったことは記載されておりますが、詳しい記述がないので重陽の節句の宴と確定は出来ないのですが、この日に行われる宴が後の時代は重陽の節句の宴しかないことから、この時代から節句の下地が出来上がっていたと考えられています。

では、朝廷ではどのようなことが行われていたかというと。

当日天皇は、紫宸殿に出御になり家臣に宴を賜り、漢詩や和歌に秀でた文人を集め詩を作らせ歌合や、詩合わせを行ったようです。

その作詩の間には、国栖(吉野地方に住む朝廷で歌舞をする技能集団)の歌舞が奏され、女官の舞などが行った後に家臣に禄を賜ったそうです。

この宴で飲まれるお酒は菊酒で、お酒に菊の花びらを浮かべたものを皆で飲んでいました。

菊は今でこそ違いますが季節を締めくくる最後の花とされ、陰の気が極まった陰の徳がある花となり、別名を齢草とも呼ばれその芳香や故事から寿命を伸ばす効能があるとされていました。

またこの日、薬司から茱萸の実を献じそれを用い作った茱萸袋を御張の左右にかけ、端午の節句に飾ったくす玉と取り替え飾りました。

その茱萸袋を先日、早稲田の待賢殿で行われたワークショップで作ったのでご覧ください。

紐の結び方など多少違うところはありますが、ほとんど当時のものと遜色ないかと。

なぜこれを飾るのか説明すると長くなってしまうので、次回のお稽古の際にお話いたします。

最後にもう一つ忘れてはいけないことが。

それは、この日菊のきせ綿といて前日に菊に真綿をかぶせ、9日に露で湿った綿で顔や体をふくと老いを拭い去ることができると言われ、賑わって行われていたようです。

本来は9日に菊を楽しむ為に防寒の意味で真綿で保護していたようですが、菊には延命長寿の効果があると故事にあることからあやかったようです。

皆様も9日はお酒に菊の花びらを浮かべて楽しんで見てはいかがでしょうか。

この朝廷行事から武家でも節句行われることとなりますが、少し様子がちがうのでそれは、明日にでも武家の飾りを準備しようと思っていたのでまたSNSにでも投稿いたします。

今年最後の節句ですので、是非菊を愛でてみてはいかがでしょうか。

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都内にて和の作法、着付け、言葉遣い歳時記、神道文化の教室を主宰しております。 実家が社家ということもあり日本古来の文化や価値観を発信したいと思います。 会員制着物サロン 煌 代表取締役社長 神職  礼儀作法講師 豊穂会 主宰 https://www.toyohokai.com/