真のファシズム入門(千坂恭二氏に訊く)その1

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 すでに公開済みの「真のアナキズム入門」の続編的な対談というかインタビューである。もちろんファシズムに肯定的な立場から語られており、千坂氏は〝アナルコ・ファシスト〟と形容されることもあるが、千坂氏自身はファシストを自称してはいない。
 いずれにせよ、ファシズムに否定的な者に〝ファシズムとは何か〟を問うても無意味であることは疑いない。ファシズムは第2次大戦の終結以降、ただひたすら〝悪〟の思想とされており、ではなぜそのような思想に惹かれる者がいるのか、説明不能になるはずだからである。
 2015年3月7日に大阪の「トラリー・ナンド」でおこなわれ、紙版『人民の敵』第8号に掲載された。時々登場する「小灘」氏とは、同店の店主で「民族の意志同盟」関西支部の支部長でもある小灘精一氏である。

 第1部は原稿用紙換算22枚分、うち冒頭7枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその7枚分も含む。

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外山 3時間ほど前に死にかけてきましたよ(笑)。

千坂 地獄から蘇ったんだね。

外山 いやー、焦りました。高速道路で車線変更しようとした瞬間にスピンして、追越車線から走行車線を横切って路肩まで2回転半してる間、要するに2回、進行方向と逆向きになるんですが、たくさんの車が猛スピードでこっちに突っ込んでくるのが見えるんですよ。みんな慌てて次々と追越車線側に避けてくれてギリギリ助かりましたが、1台でも避けきれずにブツかってきてたら死んでましたね。

千坂 エドガー・アラン・ポーに「メールストロムの旋渦」って小説があるでしょ。船に乗ってて嵐に遭って、大渦に巻き込まれていく話。ポー本人にそういう体験があるのかどうか知らないけど、その時の意識の流れがバーッと描写されてるんだ。それをふまえたユンガーの小説もあって、そっちは穴に落ちる。ずーっと落ちていく、その落下感覚を延々と描写してて、外山君のもそんな感じだったんじゃないの?

外山 うん、2回転半してる間、感覚的にはスローモーションっぽかったです(笑)。

千坂 その感じはぼくも分かるよ。20代の時に東京で、自転車に乗ってて車に跳ねられた。急ブレーキをかけて、ドテーッとひっくり返ったんだけど、たしかにあれはスローモーションだった(笑)。

外山 結構はっきり見えましたよ、こっちに向かってきて、慌ててハンドルを切って避けてる運転手の表情とか。

千坂 あれは不思議だね。そういう時はちゃんと意識が覚醒するのかもしれないね。

小灘(対談の場所である千日前・味園ビル内「トラリー・ナンド」主宰で、ナチズムを掲げる「民族の意志同盟」メンバー) パニックにも陥らずに、かなり平然としてたんですか?

外山 実際にはほんの数秒の出来事だからね。慌ててる時間もない。最終的には路肩のガードレールに後ろからぶつかって停まったんだけど、どこもケガしてなかったし、打ってすらいないし(笑)。ぶつかる時もすでにかなり減速されてたから、ちょっとガツンといっただけで、テールランプが割れて壊れたぐらいでね。衝撃もそんなに大きくなかった。

千坂 ……で、今日は何の話をしようか。

外山 そうですよね。不慮の事故で予定を大幅に遅れて到着しちゃったんで、さっさと始めないと時間がもったいない。

千坂 前回はアナキズムについてざっと語ったけど(第4号に掲載。後註.すでに公開済)。

外山 じゃあ今回はファシズム論にしましょうか。つまり世間一般にイメージされてる〝ファシズム〟って、単に右翼運動が凶暴化したような感じでしょ?(笑) だけど実際には、千坂さんもよく云ってるように、ファシズムの源流はむしろ左翼だったりするっていう。

千坂 そうだね。一般にはファシズムって右翼出自だと思われてるだろうし、せいぜいが右翼版のラディカリズムって理解でしょう。だけど右翼ラディカリズムとファシズムはやっぱり違うものだと思う。
 最近、といってももう20年ぐらい前で、日本にだけ未紹介ってことにすぎないんだけど、ゼエヴ・シュテルネルって人が書いたファシズム論が、〝ファシズム左翼出自説〟なんだ。シュテルネルによれば、ファシズムが誕生したのは、イタリアでもドイツでもなくフランスで、右翼の「アクシオン・フランセーズ」の第二世代が左翼のサンジカリストと合流して「セルクル・プルードン」って組織を作ったのが始まりだという。〝第二世代〟ってことは、そもそものアクシオン・フランセーズとも距離があるってことだ。「セルクル」っていうのは英語で云うと「サークル」で、要するに〝プルードン・サークル〟ってことだね。
 〝プルードン会〟って名称から明らかなとおり、アナキズム団体でしょ。シュテルネルがファシズムの起源として見出したグループが、著名なアナキズム思想家の名前を冠してるってことに象徴的に表れてるものがあるよね。さらにはサンジカリズムの代表的なイデオローグといえばジョルジュ・ソレルだよね。ソレルは、第二インターの社民的なマルクス主義を代表してたカウツキーやベルンシュタインへの批判として、〝革命〟ってものに再び暴力性を回復させなければならんということで登場してきた人。そういう意味でもセルクル・プルードンって団体の存在は面白い。
 常識的なファシズム論では、ファシズムってのは思想性のない一種のデマゴギーで、あっちこっちの思想から断片だけ拾ってきた〝寄せ集め〟みたいなもんだとか、あるいはプラグマチックに、自分たちの役に立ちそうなものは何でも使うけれども、そこに何ら原理的一貫性のない思想であるとか、さらにはニヒリズムとして理解して、ファシストは何も信じてなくて、すべては利用主義、御都合主義でいろんなことを云ってた……とまあ、世間に流布してるファシズム論って、せいぜいそういうものだよね。ところがシュテルネルによれば、ファシズムには明確なる理論体系があり、世界観があり、自意識があって、それはプラグマティズムでもニヒリズムでもない、と。
 この研究が日本ではまったく紹介されてないんだ。もちろん専門の研究者にはある程度知られてるのかもしれないけど。

外山 その説自体がもう20年も前のものなんですね。

千坂 20年か、30年か(註.『The Birth of Fascist Ideology』という著作が89年にフランスで刊行されている)。

外山 シュテルネルはアメリカの研究者ですか?

千坂 いや、イスラエル。名前のカタカナ表記も人によってはスタンヘルと書いたりシュテンネルとかステンネルとか書いたりしてて、それだけ未紹介で定まってないってことだね。仮にドイツ語読みすればシュテルンヘルとかになると思うけど。
 専門の研究者は知識としてシュテルネルの存在ぐらいは知ってると思うけど、専門家以外の人、つまり例えば左右の活動家たちにまでは日本では全然知られてないでしょ。だから自称であれ他称であれ日本でファシストとされてる人とか、あるいはそれを批判する人たちにせよ、往々にしてそのファシズム観は古くさいものである可能性が高い。

外山 シュテルネル説では、セルクル・プルードンの思想や活動が、直接的にか間接的にか、例えばムソリーニやヒトラーに影響を与えるんですか?

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