余は如何にして東京都知事候補となりし乎(その7)

 【外山恒一の「note」コンテンツ一覧】

 「その6」から続く〉
 〈全体の構成は「もくじ」参照〉

 2009年(つまり都知事選の翌々年)に書いた〝都知事選回想記〟の前半部で、都知事選出馬を決意するまで、を振り返っている。本篇とも云うべき後半部、つまり都知事選そのものに関する回想記は結局、現在に至るまで書いていない
 もともとサイト「外山恒一と我々団」(当時は「ファシズムへの誘惑」)で無料公開していたが、2011年6月、中川文人氏が当時やっていた電子書籍の版元「わけあり堂」のコンテンツの1つとして有料化された。
 その後、中川氏が「わけあり堂」をやめて、読むことができなくなってしまったので、2015年3月に紙版『人民の敵』第6号に全文掲載した。

 第7部は原稿用紙換算21枚分、うち冒頭9枚分は無料でも読める。ただし料金設定(原稿用紙1枚分10円)はその9枚分も含む。

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    3.政見放送誕生秘話


   ポスターを貼り替えてまわる

 初日に予定どおりポスターをすべて貼り終わって、二日目からはどうしたかというと──実はやっぱりポスター貼りなんです(笑)。初日と同じことをするんですが、そう云っただけでは意味が分からないでしょうね。
 ポスターは二種類あるわけでしょう? で、何度も云うようにポスター掲示板の設置場所があまりにも住んでるエリア優先で、要するにA地域の掲示板はA地域に住んでいる人が見る──というより見る可能性もなくはないというぐらい場所の選択は不審なんですが、全体的にそんな感じなんで、A地域の人は、A地域の掲示板には運よく遭遇したとしても、他の掲示板に遭遇することはほとんど考えられない。
 私としては、二種類のポスターを両方とも見てほしいんですよ。どちらかといえば文字ギッシリの方をより見てほしいんですが、あれはあまりにもとっつきにくいでしょうから、まずキャッチフレーズ集の方で「何だコリャ!?」と関心を惹いて、「そういえばもう一種類、なんか読みにくいのが貼ってあったぞ」ということで改めてじっくり読んでほしい。だから人が住んでるとこじゃなくて人が集まるとこに掲示板を集中的に設置してもらえれば、自然にどちらのポスターも目にする機会が出てくるのでいいんですが、現実はそうじゃないので、「だったら毎日貼り替えるか」って(笑)。
 つまり初日と同じように選挙区内をまんべんなく周りながら、二種類のポスターをそれぞれa、bとすると、初日にaを貼ったところは二日目にそれを剥がしてbに貼り替える、bを貼ったところはaに貼り替える、三日目はそれをまた逆に貼り替える──というのを一週間、延々繰り返そうと思ったんです。
 あんまり意味ない(笑)。いや、やっぱり意味はあるようにも思うんだけど、二日目の夕方あたりでもう、なんか空しい気持ちになった。二日目もたしか、駅前には誰も来なかったんじゃないかな。
 何か作戦を変えようと思って──しかしとくに素晴らしいアイデアが急に出てくるわけでもない。
 とりあえず荷台のスピーカーからブルーハーツというのをやめることにしました。イメージ戦略としてはそんなに間違っちゃいないと思いますが、もっと面白いことができないだろうかと考えた。
 それで、録音した演説を流してみることを思いついた。
 原付を運転しながら演説するのは難しいというか不可能に近いから、せめて録音であっても何か自分の主張を喋った方がいいんじゃないか。もちろんBGMつきで。
 しかし日本語の歌をBGMに日本語の演説をするのは聞き取りにくいだろう。じゃあブルーハーツはダメだ。となると当然(?)ここはピストルズだ。しかもこれまた当然、「アナーキー・イン・ザ・UK」以外にありえません。
 「アナーキー・イン・ザ・UK」は三分ちょっとの曲です。その長さに収まるぐらいの演説を録音して、イントロとエンディングがちょうどいい感じのタイミングになるようにミックスして、それを荷台のスピーカーから流す。
 というわけで選挙二日目の夜、さっそく演説原稿を書いた。一時間ぐらいで書けました。
 唐突ですが、それが後の都知事選の政見放送です。


   政見放送演説の原型

 あの政見放送には、〝東京〟とか〝都知事選〟とか、そういう単語は一切出てこないでしょう? 当たり前なんです。本当はこの霧島市議選の時に、読み上げて録音して、原付の荷台から流すために書いた演説原稿なんですから。政見放送でも、実はこの元々の原稿から一字一句、変わっていないんです(註.よく考えたら一ヶ所だけ、「東京都以外の諸君でもかまわない」と云っている。もちろんこの霧島市議選では「隼人町以外の諸君でもかまわない」だった)。
 今云ったとおり、一時間かそこらで書いた演説原稿です。推敲もほとんどやってない。あのままの形で一気に書き上げたものです。
 書き上げるとすぐ、近所のカラオケボックスに行きました。
 もちろんこの時は後の政見放送と違って原稿を見ながら読み上げるだけなので、全文を暗記する必要はありません。とりあえずまず何度も大声で読み上げてみて、ちょうどいいテンションを探る程度で、都知事選の時ほど作り込みもしません。それでもまあ、何度も繰り返していればアドレナリンが出て多少ハイにはなってきます。
 で、いよいよICレコーダーで録音します。実際に録音してみると、四分を超えていました。
 しょうがないから読み上げるスピードを徐々に上げていきます。テンションを落とさないよう気をつけながら、これも何度も何度も繰り返して、やっと自分でも納得できる、ほぼ三分ちょうどのバージョンを録音することに成功しました。
 自宅に戻り、今度は「アナーキー・イン・ザ・UK」とのミックスです。
 これはもちろんそんなに大変な作業ではありません。時間を計算した上で演説を録音したんですから、CDラジカセで、CDで「アナーキー・イン・ザ・UK」をかけ、イントロのちょうどいい部分でマイク端子につないだICレコーダーの演説を再生しはじめる。すると計算どおり、「どうせ選挙じゃ何も変わらないんだよ!」とラストの絶叫をしたところに、ジョニー・ロットンの「デーストローイ!」という絶叫が重なって、いい感じに終わった。
 それをカセットテープに録りました。
 翌日、選挙三日目はそのテープを流しながら、原付で選挙区をまんべんなく走り続けました。ルートは基本的に初日、二日目と同じく、ポスター掲示板の設置場所を回る。もうポスターの貼り替えはやりません。剥がれたり、あるいは剥がされたりしていないかだけはチェックして回る。たまに、〝やっぱりこの場所はbポスターじゃなくてaポスターの方がいいかなあ〟とか、その逆のことを感じたら、そうする。
 貼り替えるわけでもないのに、なんで掲示板を回るかというと、結局そうしていれば自動的に選挙区内の全域を回ることになるからです。ただし、全部は回れない。単に貼り替えるために回る時と違って、今度は録音した演説テープを聞かせるために回ってるので、どうしてもゆっくりゆっくり、時速二十キロ以下で走ることになります。ダラダラ走って、一日で回れるだけの範囲を回る。
 ただねえ……これもあんまり、実際にやってみると〝なんだかなあ〟って感じなんです。
 わざわざ云うまでもないとは思いますが、テープはメチャクチャ面白いんですよ。都知事選の政見放送の演説そのまんまなんですから。それがあの都知事選の一年以上も前に、鹿児島のショボい田舎の選挙で流れてるなんて、諸君もきっとエモ云われぬ、なんかもどかしーい気持ちになるはずだ(笑)。
 結局どういう状態になるかと云いますと──要するに三分は長いんです。時速十キロで走っても、沿道で仮に聞き耳をたてる人がいたとして、やっぱりごく一部しか聞けないことになる。かといって、一つの場所に停まって三分間それを流し続けてみてもなんかマヌケな感じなんです。
 どうせ誰もちゃんと聞きゃあしないってのもありますが、そうだなあ──例えばスーパーの前とか、人が集まってるところで流せば、〝なんだなんだ?〟って寄ってくる人も何人かはいますよ。しかしたいてい途中から聞くことになるでしょ? あれは全部まるごと聞かなきゃ面白くないじゃないですか。かといって仮に何か別の方法でまず人だかりを作って、「じゃあ聞いてください」って再生ボタンを押して、私はその横でそのまま三分ほど黙ってるってのもヘンな空気でしょ? どうにもこう、ライブ感がないんです。
 都知事選の政見放送だって、テレビやパソコンの前で、黙って一人で見るから面白い。みんなでワイワイ見るもんじゃないです。ほとんど読書に近い行為として鑑賞しなきゃ面白くないような、そういう作品なんですね。とてもじゃないが、選挙戦の街宣向きではない。
 だからこの世紀の名演説の記念すべき最初の録音テープ、霧島市議選で実際に使ったのは、一日きりです[後註.この音源は紛失してしまった。しかし、この当時もちろんすでに数年の付き合いがあった東京「素人の乱」の松本哉氏のパソコンの中に残っている可能性があったりする。一時期までは確実にあり、探してくれるよう何度か頼んでいるのだが、松本氏、メンドくさがってちゃんと探してくれないのである(笑)。まあ、さすがにもうないかもしれない]。

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