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【創作】夢の案内人 2

小学校を卒業する前に、少しずつ、数名のクラスメイトから距離をとるようにした。広樹もそのうちの一人だ。
一方で、案内人の言う右の道にいそうな相手には自分から近づいた。

その判断の役に立ったのは、勿論案内人だ。

俺は質問の仕方を考えた。明るい道で俺を待っているのはどんなタイプの奴かと質問した。

「聡明な方でございます。冷静に全体を見て判断できる、また二手三手先を見通せるといった方々でございます。祐斗様の良いお手本となりましょう」

暗い道にいる奴についても同じ質問をした。

「こちらは様々でございますね。例えますなら、何かと目立つ人物ではあるけれども強引な性質を持ち、悪目立ちなど裏目に出ることもある方、あるいはひどく感情的で冷静な判断力に欠ける方などでございましょうか。これらは注意深く見ていく必要がありましょう」 

俺はそれに従って相手を観察するようになった。

もし案内人の言葉がなくても、成長するにつれそれぞれの考え・価値観がはっきりして友人が変わるというのはごく自然なことで、俺のしていることもそれと同じだと、長い間考えていた。

暗く険しい道になど進みたくないという、ある意味では防衛本能による行動だったのかもしれない。

それが功を奏したのか中学時代はトラブルもなく、いやそれだけではない、校内外の様々な活動に参加し、クラスメイトや先生からの信頼も厚くなり存在感も増していった。

***

中学3年生の初夏の頃だったか、克也の高校受験が噂になった。
小学校から大学までの一貫校で、高校からわざわざ受験して他へ移るというのは、全くない話ではないがかなり珍しい。

普段なら噂話には参加しない和彦まで聞き耳を立てていた。
中学生になってからのクラス替えで、克也とはクラスが分かれていたので詳しい奴の所にわざわざ聞きに行った。克也本人にも聞こうとしたが、うまくはぐらかされてしまったと肩を落としていた。

「クラスが分かれて普段はなかなか会えてなかったけど、小学校から友達だったじゃないか。理由くらい話してくれてもいいじゃないか」

「克也は前から、ちょっとそういうところあったじゃないか? 大事なことは言わないって、いや自分のことになると話したがらない、てところがさ。何か話したくないことでもあるんじゃないか。なら聞かないでやるのも友情ってもんだよ」

「・・・いつか、話してくれるかな」
「先のことはわからないけど、いつかはね。それに克也はどこに行ったって克也だし、あいつならどこを受験してもきっと合格するさ。意外と、超難関校とかに受かったら即自慢しに来るかも」
「アハハ・・・そうかも。じゃあその時はお祝いしよう」
和彦は少し笑って、納得したようだった。

本当は俺は、克也の受験についてはあまり興味がなかった。明るい道にいると思われる奴を探すことに余念がなかったから。
和彦が気にしていたから話を合わせた、くらいのことだった。

***

成長するにつれ、次第に案内人との向き合い方も、案内人の答え方も微妙に変わっていった。

「こちらにいらっしゃるのは、勢いに乗って益々栄える方々でございます」
「こちらの方々は、もう気力も湧かないほどお疲れでございます」
以前はこういう言い方をしていた。

それがだんだん、
「こういった方々は後々、きっとあなた様の助けになりましょう」
「この方々は注意が必要でございます」
という風に変わり、

「優秀な方々で、今のうちからお近づきになるのがよろしいかと」
「あなた様のお役に立つことはございません」
となった。
露骨とも言える、シンプル且つ明確な答え方になったが、特に違和感なく聞いていた。

そして俺自身が、得になるかならないかで相手を判断するようになった。
今にして思えばだが。

だが学生生活は順調そのもので、友人たちとの切磋琢磨も良い刺激になり、教授たちからも高く評価され、その自信が、周囲に俺を大きく見せることに繋がった。
何より俺自身が、このまま明るい道を歩み続けると信じていた。

***

大学卒業後、ある企業に入社した。勿論、案内人を呼び出し選択した企業だ。その入社式の日、克也に出会った。中学卒業前に、どこの高校に合格したか誰かが言っていた気はするが、興味もなかったし覚えていなかった。当然、大学をどこにしたか等の話も聞いていない。まさか今になって、こんな形で再会するとは。

克也は夢を見ないと言っていたから、必然的に案内人はいないと12歳頃の俺は判断していた。それが同じ企業に入社したということは、実は『数が足りないために案内人がつかなかった、本来つくはずの人間』だったというわけか? 俺は声をかけてみることにした。

「克也、久しぶり。8年ぶりくらいか」
「・・・ああ、祐斗か。久しぶり」
「なんだよ、すぐにはわからなかったみたいだな。俺はすぐわかったぜ」
「ああ。お前、随分変わっていて驚いたよ」
「そうか? お前は変わってないな。和彦が聞いたら喜ぶだろう」
「和彦は・・・」
「今は絵の関係で海外だ」
「そうか、あいつはちゃんと画家になったんだな」
ほんの少し克也が微笑んだように見えたが、すぐにその表情は消えた。

「あいつ、お前に高校受験の理由はぐらかされてちょっと落ち込んでたぞ。後で連絡先教えるから、電話してやれよ」
「・・・そのうちな」
素っ気ない返事。まあ、克也は昔から愛想がいいとは言えなかったが。

「まあとにかく、同じ会社に入社したんだ。どこに配属されるかはわからないが、同期として競うことになるな。改めてよろしく」
「競う・・・」
「暢気な奴だな。出世競争は研修からだぞ、気を抜くなよ。俺以外の奴に抜かれるなよな」
軽口で言った言葉に一瞬、克也が眉を顰めた。益々克也は素っ気なく、
「おう」
とだけ、囁くような声で言った。

その後は研修でもほとんど接触がなく、配属も全く違う部署だった。
それでも克也の噂は聞こえてきた。実際に研修期間中から注目を集め、同期の有望株第一号として、自然と噂になっていた。

が、たまに休憩時間等に出くわす克也はいつも素っ気なく、ろくに話もしなかった。ここまで素っ気ない奴ではなかったはずだ。それに、噂している同期の話では、克也は親切で頼りになる存在と見られているようだ。ならば俺に対する態度だけが違うということか。一体どういうことだ?

克也とは、クラス替えで分かれただけで喧嘩などしたことはない。広樹のように意識的に距離を取ったわけでもない。たとえ喧嘩したとしても、8年も前の子どもの喧嘩を克也が根に持っているとも思えない。

だが、このままの状態が続いて、万が一にも俺の評価に傷がつくようなことになっては困る。俺が気になっていたのはそこなのだ。

***

克也の件で妙案を思いつくことのないまま時が過ぎ、プロジェクトを成功させた克也が同期の出世頭と目されるようになった頃、克也が退社するという噂が入って来た。

教えてくれたのは同期の有望株で5本の指に入っている山崎だ。俺が克也の同級生と知って昼食に誘ってきた。

「全く何を考えているんだか。研修の時からちょっと何考えてるかわからないようなところはあったけど、良い奴だったし、話してるといろいろ事がスムーズに進んで俺も結構助けてもらったことあったんだよ。元同級生なら何か知らないか?」

「部署が違うし、最近は全く会ってなかったから話す機会もなかったよ」
「そうか・・・上司にだって大事にされてたってのに、何が不満なんだ」

「何かあったんじゃないか? 実はこっそりハラスメント受けてたとか」
「いやぁ、俺の見たところではそれはないな」
「じゃあ、一身上の都合って奴か? プロジェクトを成功させた直後に辞表出すんだ。半端な事情ではないよな」
「だよな。ちょっとあちこち聞いてみるか」

「別にいいじゃないか、どんな理由でも。本人の希望なんだから」
同期の有望株で同じく5本の指に入っている川内が割って入った。
「それより喜べよ。出世競争はふりだしに戻ったんだ。今がチャンスだぞ」

山崎は明らかに気色ばんで川内を睨み付けた。
「お前そんな言い方・・・」
川内が遮って続ける。
「本当のことだろ。まったく、こんなにさっさと辞めるくらいなら入社しなきゃいいんだ。ただでさえ、あいつと比べられてうんざりしてるってのに。お前らも気をつけろよ。レベル上げるだけ上げておいていなくなるんだ。皆、風当たりが強くなるかもしれないぜ。全くいい迷惑だよ」

「何なんだあいつは!」
山崎は川内が立ち去った後も怒りが収まらずに何度も言った。
山崎をなだめながら、俺が考えていたのは別のことだ。
競争は振り出し、俺の評価に傷がつく心配はなくなった。 

だが。それだけではない何かが俺の中にあった。
案内人がつくはずだった者が、案内人がいなくとも着実に明るい道を真っ直ぐ進んできた。それは驚きではあったが、そのことではない。もっと別の何か。
明るい道にいる者が突然、自らそれを捨てようとするのは、到底理解できないが、おそらくそのことでもない。
何が気になっているのかわからない、わからないこと自体も俺を苛つかせた。

案内人は言った。
「愚かな選択をすることは、現実ではどこにでもどなたにでもあり得ることでございます。なればこそ、わたくしどもが必要なのです。この度のことは、わたくしどもの数が足りないがゆえの不運としか申し上げようがございません。
ですが、いえそれゆえに、わたくしは益々、あなた様をしっかりお支えせねばと決意を新たにしております。祐斗様、どうかお心を鎮められ、これまでと同様に人生の勝者としての道をお進みになりますよう」

これまでは、案内人と話した後にわだかまりが残ることはなかった。
だが今回は案内人が何を言っても、自分で自分を納得させようとしても、棘のような何かは取れず、いや日ごとにその棘はどんどん大きくなっていった。

克也の出社最終日。数名の同期が退社する克也をビルの外で待ち構え、花を贈っていた。俺はビルの中からこっそりそれを眺めた。例の山崎が克也に握手を求めた。克也は笑って応じた。あんなスッキリした顔、小学生の頃だってしてなかった。女性社員の中にはハンカチを握りしめている者もいた。名残惜しそうにしている皆に何かを完結に伝え、克也は笑顔で手を挙げ、ビルを背にして歩き出した。

しばらくその姿を見送っていた同期たちがぽつりぽつりとビルに入ってくるのを物陰から確認して、克也の跡を追った。念のため、克也に近づく奴がいないか見回しながら追い、人気のない公園の側で声をかけた。

驚いたと言うより、会いたくない奴に出会ってしまった、とでも言いたげな顔で一言だけ言った。
「祐斗か」

なるべく穏やかに話をしようと思っていた。
せっかくプロジェクトが成功したのに勿体ない、お前なら今後もっと活躍しただろうに残念だ、もし何か悩んでいることでもあるなら相談に乗る、というようなことを。

だが克也は何を言っても、首を横に振るか、適当な返事ではぐらかそうとするだけだった。先ほどの同期たちに見せた笑顔が蘇り、目の前のかけ離れた態度にどんどん怒りが募って、俺は声を荒らげた。
「克也いいかげんにしろよ。なんだよその態度は。さっきの笑顔とは随分な差じゃないか。あんな顔、小学生の頃でも見せてないだろ」 

僅かな沈黙の後、俺に向き直った克也が言い放った言葉は、
「・・・お前、嫌な奴になったよな」
だった。


つづく





 

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