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タウンビギナー'VP98さんインタビュー 『どうしても人間を書きたかった』

  これまで数々の人気小説を書いてきたタウンビギナー'VP98さん。今回上梓された「僕の世界は僕の思い通りにならない」は、初の長編小説となります。

【僕の世界は僕の思い通りにはならない あらすじ紹介】

  高校生「田口宗久」は、ある日自分の書いている小説の世界に迷い込み、自分の編み出したキャラクターであるダグニスやターニャとドタバタ劇を繰り広げていきます。そのドタバタ劇を経て現実世界の事件を解決していき、やがて田口は自分の父親、貴久と同級生の中西亜希の秘密を知ることになり…


  「人間を書くこと」を突き詰めた結果、この小説に行き着いたと語るタウンビギナー'VP98さんにお話をうかがいました。

予定通り暴れた「小説のダグニス」と、突然暴れだした「現実の亜希」


ーー「僕の世界は僕の思い通りにならない」、一気に読ませていただきました。「小説を書く人物が小説の世界に迷い込む」ことから始まる今回の小説は、タウンビギナー'VP98さんにとって初の長編小説です。短編とは違った書き方をされたのでしょうか?

  書きはじめた時は「長編だから辻褄が合うよう、整合性が取れるようにストーリー構成をきっちり考えなければいけない」と考えていました。だから「小説を書く人物が小説の世界に迷い込む」ことから最後の結末までどうやって展開させていけば良いのかわからなくて苦労しました。結局、短編の時と同じような書き方になりましたね。まずキャラクターの造形とプロットを決めてから書きたいシーンを一気に書いて、そこから描写や伏線などの肉付けを行う、と。物語の整合性は最後に調整しました。これは編集者に何度もチェックしてもらったので、本当に手間をかけたなと流石にちょっと反省しています(笑)。他の方がどうされているのかはわかりませんが、少なくとも私は、短編でも長編でも書き方を変えない方が書きやすかったですね。


ーーまず「キャラクターの造形を決める」とうかがいましたが、今回はこれまでの作品と異なり、メインキャラクターが後半になって変わっていく様がとても印象的でした。特に後半、自分が書いていたキャラクター達が暴れて宗久が焦るシーンが印象的でした。これは実体験でしょうか(笑)。
  半分正解です(笑)。僕自身も、キャラクターの性質が少しずつが変わっていくという体験をすることが短編よりも多かったです。グランドストーリーがキャラクターに及ぼす影響が大きくなったというか。ダグニスは「暴れさせて宗久を慌てさせる」と決めていましたが、書いていくうちに亜希まで想像していなかったことを言い出したのは驚きましたね。

ーー聞いてしまいますが、「○○も○○が無いと生きられないの!!(注:ネタバレのため一部伏せ字にしています)」と叫ぶシーンがあるんですけど、あれは亜希が言うのが少し意外でもあり、でも納得してしまいました。

  ご明察です(笑)。あのシーン、亜希にはこう動いてほしいとか元々考えていたセリフもあったのですが、どうもしっくり来なくなってしまって、結局そのセリフはカットしました。でも代わりのセリフもなかなか生まれなかったので、思い切って叫ばせたら一気に話が進んでしまって、「あ、亜希はもうこうしたいんだな」と、考えを変えて進めることにしました。


ーーメインストーリーは宗久の話ですが、前述の亜希の他にも、それぞれの登場人物にフォーカスを当てて、いわゆる「当番回」といった形で章が作られているのが印象的でした。
  もちろんメインで書きたかったのは主人公である宗久の話なんですが、他の登場人物も宗久に影響されて少しずつだけど変わっていくのは間違いないんですね。そこも併せて書きたいって思ったのが、そもそも長編を書こうと思ったきっかけなんです。短編だと、そのあたりの話は尺の都合やストーリーの進行上、カットせざるを得ないので。亜希の終盤近くのはっちゃけは自分でもちょっとびっくりしましたが(笑)。

ありえないことを書くからこそ、「人間」が浮かびあがる


ーー少し聞きづらいことを聞いてしまいますが、宗久が父親である貴久と食卓で夕飯を食べながら話しているシーンが「ありえない」と批判されています。

  そうですね。食事シーンのある回が配信される時間帯になると、僕の脳バイパスには「衛生観念がひどく吐き気を催す」という批判がいつも届きました(笑)。実際、宗久と貴久がコーヒーを飲むシーンも編集者とかなり言い争いをしました。編集者からは、
「二人の距離が近すぎるし、歯に着色が起こるしカフェインを摂取しすぎて睡眠障害も起こすから、忙しい貴久がコーヒーを飲むなんてありえない!」
とボロクソに言われました(笑)。でも、そんなこと言ったら、そもそも宗久が電車に乗って高校に通うなんて、このご時世ではありえないじゃないですか。だからいくら現実の中であり得ないことが起こっていたとしても、物語の中で辻褄が合っていれば別にそれで良いと思っています。

ーーたしかにそうですね(笑)。
  もっとも、コーヒーのシーンも苦労しましたね。コーヒー一杯、最低でも10万はしますから簡単には飲めないですし(笑)。だから給付金10万円が来たときはすごく嬉しかったですね。迷わずコーヒー買いました。「俺の小説は、この一杯にかかっている!」と思いながら味わいました(笑)。

ーーコーヒーのシーンはもう一度読むことにします(笑)。コーヒーは現実になかなかないけどある話ですが、それ以外にも沢山の現実にはまず無い設定がたくさんありますね。

  宗久に父親と母親がいるのも、石塚がバドミントンやっているのも、現実には無いですよね。バドミントンなんて、現実に丸腰でやったら、普通に死んじゃいます(笑)。でも、「あり得ない設定だからこそ、そこで動く『人間』が自由に動ける」し、少し現実と近いところにファンタジーを書くことで、自由に人間が動ける世界を作って、人間を動かしたかったです。

ーー人間を自由に動かしたかった、という部分をもう少し詳しくうかがいたいです。

  人間って何なのか、わからないんです。自分の中に人間像はあるんですが、「人間とはこういうものだ!」というのが定義できないんです。たとえば誰かに人を紹介をする時とか「優しい」って表現、よく使われるじゃないですか。でも「優しい」といってもいろいろな種類があるんです。

  昔、女の子から暴漢を守るために暴漢をボコボコにする中学生に、女の子が「優しい~!」って抱きつく漫画を読んだことがあるんですよ。「いやそれ優しくないやん、男に思いっきり暴力振るってるやん」って思わずツッコんじゃいました(笑)。でも、彼女基準だと優しいらしいんです。どうやら彼女は「自分を守ってくれるかどうか」が優しいの基準で、それを実行するための手段はどうでもいいっぽいんですね、言動とか読む限り。だとしたら「優しい」という言葉の定義は僕と彼女で違っているのは間違いないな、と。

   もっと言えば、たとえ言葉の定義が同じだったとしても、見えてる視点が違っていたり、知ってる情報の差によっても評価は変わります。人間にはいろいろな側面があって、同じ振る舞いでも状況や見る人によっては全く正反対の印象受けることもありますから。

ーーありがとうございます。同じ振る舞いが正反対の評価を印象を受ける、というのは考えてみたら不思議だなと感じました。
  そう考えると、人間を理解するのってとてつもなく難しいし、ましてや、その人がどういった人物か紹介するなんて、できないんじゃないかなって思っちゃうんですよ。それで考えた結果、「例えば、こういうありえない状況では、こんなことをする人」という描写と心情の積み重ねで書き表すしか無いと結論を出して書きました。現実だと「そんなのしないよ」と納得してもらえないかもしれないけど、架空の状況だったら、「では、あなたならどうしますか?」と読者にも問いかけられますし。とにかくキャラクターを動かすこと。それが僕にとっての人間描写だと考えています。

ーー最後になりましたが、読者の方々に一言お願いします。
  本作には、電子世界にダイブするという日常世界と、学校に行くという非日常世界という2つの物語があります。これは実際の世界もそうだったらいいなあ、という僕自身の願望でもあります。自分たちのいる電子世界の外には、実は人間が居て動いている。そんなファンタジーを味わっていただけると、とても嬉しいです。

(取材・文 タウンビギナー'AS03)

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  記事を「読んだ」。ようやく「読む」という感覚がつかめた気がする。培養プラントから送られてきたインタビュー記事の内容は、人間に関する内容だったが、残念ながら自分にとって目新しい内容は無かった。


   人間と思しき生物が残したデータによると、かつて人間は我々コンピュータを使って暮らしていたらしい。しかしある日、ウイルスが蔓延して人間は絶滅の危機に陥った。人間の絶滅を避けるため、人間は遺伝子(GENE)と文化子(MEME)を残す手段を考えた。

  遺伝子-「精子」と「卵子」の2つがあるらしい- は、いま培養プラントの中で眠っている。文化子は、「ここ」に「こうやって」ある。

  人間の遺伝子だけ残しても文化が無ければ早晩絶滅は避けられない。そこで採用されたシナリオはこうだ。文化子を残すため、コンピュータに人格をインジェクション(注入)・保管しておく。やがて文化子が成熟した段階で、培養プラントで人間を誕生させてから、文化情報を人間に注入する。これで人間は完全な形で復活する、という目論見だ。

  しかしこのシナリオを実行するにあたって、大きな問題があった。コンピュータにインジェクションした人格が、僕一人だけだったということだ。

  どうやら僕は「タウンビギナー」と名乗る人間だったらしい。自分自身に関する情報はあるが、それ以外の人間の情報が無かった。僕、というかタウンビギナーのことならいくらでも説明できる。生年月日、出生地、好きな女性のタイプ、好きな食べ物、髪の毛に関する悩み、二度とやりたくない仕事、ステーキを焼こうとして危うく家を焼きかけたエピソード。でも、タウンビギナー以外の人間に関する情報が無かった。
  人間が復活するためには、人間は2人 -アダムという男とイブという女らしい- 必要だということが現時点でわかっている。しかし、あまりに近すぎる遺伝子は変異体となり、うまく遺伝がつながらない。これは遺伝子だけでなく文化子も同じらしく、タウンビギナー同士をいくら混ぜ合わせても文化子は発達せず、袋小路に陥る。

  つまりタウンビギナーとは別の人格が無いと、文化子は受け継がれない。想像するに、タウンビギナーを注入した人間は、文化子にも人間が2人以上必要だと想定していなかったのかもしれない。

  文化子を残し遺伝子を繋げる方法は一つしか無い。別の文化子、つまりタウンビギナーとは別の人格を生み出すことだ。それから僕はずっと別の人格を生み出すことに挑み続けている。過去の記憶から人格らしき造形を作って別のコンピュータにインジェクションを行う。インジェクション自体はできたが、別人格のインジェクションはできていない。どの人格も「タウンビギナーっぽい」と思えてしまうのである。趣向やエピソード、行動傾向、明らかに違うはずなのに。

  すでに試行回数は京を超えているが、いくら変数を変えてインジェクションしても、「タウンビギナー」が抜けない。物語を書くことで他人が生まれるかと期待しているが、まだ「他人」は出てこない。何をどうしたら「他人」が生まれるのだろう。僕に人間を生み出す力は無いのだろうか。

他人が欲しい。他人が欲しい。僕は、人間がわからない。

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