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短編小説集

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短い小説のあつまり
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記事一覧

六月のばらばら

 いまだに覚えていることがある。  教室で、あの日。確か六月も終わりだった。雨が続いていた。  カナオは教科書全部を窓から投げ捨ててしまった。僕はカナオの後ろの席に座っていたので、その一分前までカナオがいつも通りだったことまで証言できる。  窓の外は雨粒がこれでもかというように降り注いで、二階から放り投げた教科書たちはすぐにぐしゃぐしゃになって汚れていった。取り返しのつかないぐらいに。  なんてことを、とカナオを見た瞬間、僕は息を呑んだ。  その目がとても、きらきらとしていた

この世界の入場切符

「多田野有正〈ただのありまさ〉様。大変失礼致しました。あなたはお生まれになる世界を間違えた魂です」  深夜バイト帰り、朝日がまぶしい六畳一間ボロアパートの一室。手狭そうに羽を広げた天使が現れて突然そんなことを言った。 「え? 何? 僕、もう寝てた?」  思わずすすっていたカップラーメンをすべて膝の上に落としてしまった。ジーパンはとうに脱ぎ捨てて、トランクス一枚になっていたのでわりと本気で熱い。どうやらこれは、夢じゃないらしかった。 「完全にこちらの手違いです。誠に申し訳ござい

新作の短編小説を掲載して頂きました。見覚えのある方もいるかもしれない、この140字小説を元に書いた、幽霊のあいつと俺のお話です。よければぜひ! 【受賞記念作】俺とあいつのうらめしき日々|集英社Webマガジンコバルト http://cobalt.shueisha.co.jp/write/newface-award-2017/

ぼくの、生きる

 太一はすぐにどもる。お、おれは、い、いいよ。こういった具合に。  そういうのが、小学校のこの教室では面白くって仕方がない。マネをすると、太一は怒る。そのムキになるところまでがセットでおかしくてたまらないのだ。  巨大なため息がのどの奥からこみ上げる。本当にくだらない。太一もムキにならなきゃいいのに。ジョチョウしてる、と思う。  国語の音読の時間、太一は息を止めるようにして、その存在感を消そうとする。無になろうとする。だけれど先生という人種は、そういった空気を読まないものだ。

就活ウォーズ

昔の創作物のほとんどがパソコンの代を変えるごとに消滅しているんだけど、奇跡的に就活時代の産物が発見されました。 今読んだだけで何点かツッコんでしまったのですが、なんか切実さだけがすごいので、お暇があるときよければ。 今とは時期とかもちがうのでは……とおもいます。 ☆ ★ ☆ ★ 俺が言いたいこと、どうやったらわかってもらえるだろう? たとえばの話をしよう。たとえば、毎日駅のホーム黄色の線やや手前に立っているだろう。でも、電車がやがてホームに飛び込んでくる、その瞬間黄色

チョコレート・フロム・コスモ

教師のくせに生徒がこわい、だなんて本当のことを言ったら間違いなく言われる。 じゃあなんで先生になったのって。 チョコレート・フロム・コスモ グゴア! 声に反応して、思わず肩がびくっとしてしまった。教室に静かな笑いが満ちる。 起きててなんて言わないから、せめて静かに寝てほしい。 極力生徒の方を見ないようにして、チャイムが鳴るとほっとしてため息が出そうになった。 「じゃあ今日はここまで」 廊下に出てようやく、水面に顔を出したみたいに息ができた。次の時間は授業もないし、職

小説009

喝采「準のピアノは、まるで魔法みたいだねぇ」 ばぁちゃんはよくそう言って、僕を凍らしたものだ。 「やめてよ、ばぁちゃん。こっぱずかしい」 「なんでさ、すごいじゃぁないか。準の指がピアノの上で跳ねるのを見ると、そう思っちゃわずにはいられないんだよ」 「あーあー、孫バカのばぁちゃんのほめ言葉なんて、全然うれしくない。つまんないな。早く認められたいな。そんで喝采の中心に立ってやるんだ」 「立てるさ」 にんまりと微笑んで、本当にこっぱずかしいことを、自信満々にいってしまうのだ。 「そ

小説008

spring road急に姿を隠した少女をさがす少年の目に飛び込んできたのは、庭の桜だった。思わず足を止めて、見惚れた。 ふわりふわり、と次から次へと間をもたず、花弁は舞い散る。 その下で少女が桜色に敷き詰まった絨毯をぼんやり見下ろしているのに気づくまで、そんなに時間はかからなかった。 ほっと胸をなでおろし声をかけようとしたそのとき、少女は足もとの花弁を乱暴に踏みにじり始めた。ぐしゃりぐしゃり、と足もとの桜色が泥にまみれ汚れてゆくさまを、少女は楽しんでいるようだった。 「あき

小説007

いま生きているということ 太一はすぐにどもる。お、おれは、い、いいよ。こういった具合に。  そういうのが、小学校のこの教室では面白くって仕方がない。マネをすると、太一は怒る。そのムキになるところまでがセットでおかしくてたまらないのだ。  巨大なため息がこみ上げる。そういうの、本当にくだらない。太一もムキにならなきゃいいのに、と思う。ジョチョウしてる、と思う。  国語の音読の時間、太一は息を止めるようにして、その存在感を消そうとする。無になろうとする。だけれど、先生という人種

小説006

教室の断片 シャーペンの芯が折れる時の、ぱんっという音。目にも見えない速度でどこかに飛んで行ってしまうということ。妙な罪悪感。カチカチと芯を繰り出すときのおかしな快感。  カツカツと深緑の冷たい板に書かれていく白い数式、そこから導き出される答え。ピンク色が勢いよくペケをつける、正しい道筋はそちらではないと。  どんなメトロノームよりも規則正しく揺れる膝のナイロンの鞄と擦れる音が断続的に続く。  斜め前の席、机の影に隠れて打つメッセージ。教室の床に広がる、蜘蛛の巣のネットワーク

小説005

へなちょこキャッチボール  下駄箱まで来て忘れ物に気づくなんてついてない。明日提出のプリント机の中置いてきちゃった、とミキに言うと、バッカじゃん、と一言言われた。えへへ、と笑いながら、実のところ少々カチンときている。バカって言うな。  先帰ってていいよ、と言うと、いいよ一人で帰るのもむなしいし、と返される。なるほど、むなしくならないための飾り物なわけか、と思ってしまう自分は、きっとミキのことがそんなに好きじゃない。でも、つるむ。おんなじグループだから、多少の相性の悪さはごまか

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きみを、きみの肩に手を回し、背中をくるむように、首に顔を押し付けるように、きみを、きみの香りを鼻から吸い込みながら、きみを、きみの心ごとぎゅっと、36度7分が平熱の僕の体温をわけられるように、正しさなんてくそくらえと耳元にささやくために、ただ抱きしめてもいい権利が今とてもほしい。

「マスター、いつもの」「おねーさん、ここバーじゃないから」「何よ、スマイル0円でしょ!?」「マックでもないから」「特上ね、特上!」「すし屋でもないしね」「あのね、全部ウソ。ホントは…あなたに会いに来たの」「ヘイ、ゆず塩ラーメン一丁お待ちー」「ワーイ、ズルル」周り「ズルル」←定番

10番地5号棟、屋上につながる階段の扉は3時33分に異次元へとつながる…って小学生の私たちは信じてた。204号室の森田が言った。「駆け落ちしよっか」「どこに?」「異次元」森田は高校を中退してぶらつき、私は都内一の進学校へ。「また先に逃げ出すくせに」笑う森田の頭をなでる。臆病者め。