第9回 時間外労働の上限規制と過重労働

今年4月から、大企業において時間外労働の上限規制(以下「上限規制」)が始まりました(中小企業は令和2年4月から始まります)。

 36協定の締結にあたっては、時間外労働の延長時間は1か月45時間、1年360時間※を超えてはならないものとされました。

 なお、36協定の内容にかかわらず、1年を通して常に、時間外労働と休日労働の合計は、月100時間未満、2~6月平均80時間以内にしなければなりません。

 例えば、1か月の時間外労働が45時間以内に収まっていても、休日労働をしていたことにより限度時間を上回ってしまい、罰則の対象となる場合があります(時間外44H+休日56H=100Hなど)。

 今回のコラムは、上限規制の中で定められた「時間数」について注目したいと思います。

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 1月「45時間」年「360時間」という数字については、従前からの限度基準告示(労働省告示第154号)を引き継いだものと思われます。

 他に、「45時間」、「80時間」、「100時間」という時間数は、脳・心臓疾患や精神障害の労災認定基準の中にも見られます。

 また、労働安全衛生法により過重勤務者に対する医師の面接指導が事業者に義務づけられていますが、対象労働者は「1週間あたり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が1月あたり『80時間』を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる者」とされています。

 つまるところ、上限規制の一番の目的は、仕事で労働者の心身の健康が損なわれないようにすることなのです。

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 健康経営という言葉を聞くことも多くなりましたが、健康で働くためには、まず睡眠時間の確保が不可欠です。

 1日は、誰しも等しく24時間と決まっています。

 そうすると、労働時間が長くなれば、それに従って睡眠時間は短くなることが考えられます。

 突発的な仕事で、一時的に時間外労働や休日労働を行わなければならない状況もありますが、常態的に長時間労働が続けば、健康に影響がでるということは様々な研究でも明らかになっています。

 

 例えば、睡眠時間が6時間を下回ると、脳・心臓疾患の有病率・死亡率を高めるという報告もあるそうです。

 ちなみに、この「6時間の睡眠」を確保するためには、時間外労働を「80時間」以内に納めなければならないという計算になります。

 この睡眠と時間外労働と疾病の関連性は、脳・心臓疾患による労働災害の認定基準を改正する際に、有識者による検討会で示されたものです。

 これが、上限規制や面接指導の「80時間」と繋がっているのです。

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 さて、会社が努力して長時間労働をなくしたとしても、十分な睡眠をとるかどうかは、労働者の私生活の話ですので、そこまで管理することは困難と思われます。

 

 使用者(会社)は賃金を払う代わりに労働者から労務の提供を受けるという労働契約を結んでいます。

 見方を変えれば、労働者には、賃金を受けるかわりに完全な労務を提供する義務があるということです。

 寝不足で仕事ができない、睡眠時間が足りなくて体調を崩して働けないというのは、労働契約に反することです。

 使用者には、労働者が安全・健康に働けるよう配慮する義務が法律で定められています(「安全配慮義務」といいます)。

 一方、法令に定めはありませんが、労働者には労務が提供できるように自分の健康を確保する義務があるといわれています(「自己保健義務」といいます)。

 会社は労働者の健康のために長時間労働をさせないような環境を整えたなら、労働者は、完全な労務を提供できるよう、睡眠時間を確保するなど健康を維持しなければならないということなのです。

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 先日、労働者が長期間に渡る長時間労働は不法行為に当たるとして訴えた裁判で、労働者に具体的な疾病の発症は認められなかったものの、裁判所は、心身に不調を来すおそれのある長時間労働に従事させたことは「人格的利益の侵害」であると判断し、不法行為を構成するとして会社側に慰謝料の支払いを命じた、という報道がありました。

 今回の裁判については個別的な案件だとしても、こういった裁判で、このような判断がなされることには、労働者の健康を害するおそれのある長時間労働について、厳しい目が向けられるようになってきていることが見て取れます。

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 働き方改革の影響については、様々な意見があると思われます。

 ただ、少なくとも、労働者であっても、経営者であっても、働くことで命を失うことはあってはならないと、私はそう思います。

(※注:いわゆる1年単位の変形労働時間制では、3箇月を超える期間を対象期間として定めた場合、延長時間できる時間は、1月42時間、1年320時間になります。また、特別条項を結ぶ場合、時間外労働1年720時間以内、時間外・休日労働100時間未満が限度となります。)

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 <参考>

  労働基準法第32条、第36条

  労働安全衛生法66条の8

  労働安全衛生規則第52条の2

  時間外労働の上限規制 わかりやすい解説(厚生労働省ホームページ)

  https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf

  脳・心臓疾患の労災認定ー「過労死」と労災保険ー(厚生労働省ホームページ)

  https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-11.html

  精神障害の労災補償について(厚生労働省ホームページ)

  https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/090316.html

  過重労働による健康障害防止のための総合対策について(厚生労働省ホームページ)

  https://www.mhlw.go.jp/content/000498824.pdf

2019.10.29 労働新聞社「過重労働 疾病未発症でも不法行為に 慰謝料支払い命じる 長崎地裁」

  https://www.rodo.co.jp/news/81267/

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