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2-5 異常なし

 朝日とカーテンの攻防はあっさりと朝日の勝利に終わる。防ぎようのない光がカーテンを包む。僕は朝日と反対方向に寝がえりをうつ。昨日のことはあんまり覚えていないようで、鮮明に記憶しているようで不思議な感覚だった。

 父親にソースかつ丼にされ、喧嘩して出て行った。地下鉄に乗って知らない場所まで行く。寝ようとしたけど怖くて帰ってきた


 要約するとこんなところだ。なんとも情けない。あれほどの大冒険が6.89秒で要約されるとは...自分の人生の薄っぺらさを痛感する。これからどうしようかと悩んでいると、嫌でも目が覚めてくる。もう少し眠りたかったけど、状況把握をしないと気が済まない。それにトイレに行きたいし。

家の中は恐ろしいほど無音だ。

リビングの扉を開ける。


ガチャっ


飼い猫が”お帰り”なのか”ご飯くれ”なのか分からないけど頭をこすりつけてくる。そういえば僕もお腹が空いた。ところで今は何時なんだろう。お腹を空かせた僕は掛け時計を見る。

嘘だ。もうこんな時間なのか。

家族が出かけたことも気づかないくらい深く眠っていて、もう午後になっている。机に置き手紙がある。

~チャーハン 冷蔵庫~

至ってシンプルな置き手紙だ。TVをつけようと思ったが、この時間はたいして面白くないのでやめた。電子レンジにチャーハンを入れて”あたためスタート”を押す。

 低い電子音がチャーハンをオレンジ色の何かで包む。僕はその間にコーヒーを作るために湯を沸かす。やかんの水を沸かす青い炎を見ながら、その奥にある得体の知れない不安か何かを探すように考えを巡らせていた。結局、自分の人生も目標も見つけれないまま時間切れを意味する電子音がなる。
 電子レンジから熱くなりすぎて食品用ラップがピンピンに張ったチャーハンが出来上がった。と同時にお湯が沸くやかんもピーピー鳴りだす。うるせー。熱い!左手は限界が来ていたので慌ててチャーハンを机に置いて火を止めた。もう少し時間配分を考えればよかった。今日の反省点だなと独り言。
 少し濃いめで牛乳多めのコーヒーを作り上げ、一口すする。昨日の甘いだけのコーヒーより何倍もマシだった。

その両方を手にして、自分の部屋へと戻る。

 このながら作業は賛否両論あると思う。一つのことに集中したら派と、時間がもったいないから同時進行でやれ派だ。どちらが正解ということではない。そもそも男性脳が強い方はシングルタスク(一つの作業)が得意。しかしマルチタスク(二つ以上の作業)は向いていないらしい。逆に女性脳が強い方はシングルタスクは不得手でマルチタスクが得意らしい。らしいというのは男性でもマルチタスクに慣れているという方もいるようだからだ(ただの勘違いがほとんどだが)もちろん自分はマルチタスクは苦手だ。得意な男性はシングルタスクを高速で切り替えているだけで、生産性はシングルタスクのそれとあまり変わらないらしい。
 もし部下の仕事効率が気になる方がいるとしたら、これを覚えておいた方が良い。怒る手間が省けるし、部下を承認する助けになるだろう。ただシングルタスクの切り替え高速化は練習努力でたいがいはなんとでもなる。レンジを使っている間にコーヒーなんてことはただの時間配分の間違えで、ながら作業でもなんでもない。
 ここで言いたいのは、男女不平等だとか、差別とかではなく、脳の作りに得意分野が分かれているということ。それを理解していない男性が多いので世の女性たちは嫌気がさしているのだ。それを理解していない女性が男性をいらだたせるのだ。
 ぜひ『話を聞かない男、地図が読めない女』*アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ著 を読んでいただきたい。少しは世界を平和にする助けになるだろう。しかも楽しいので簡単に読める。

 名ばかりの学習机にチャーハンとコーヒーを置く。全く呑気なものだ。昼間っから(もうすぐ午後2時!!)漫画とチャーハン、コーヒーでのんびり過ごしている。このような生活だったら”甘え”と文句を言われても仕方ない。しかし僕は悩み、そして疲れているのだ。と、屁理屈ともとれる言い訳をして自分を許した。他人に厳しく、自分に甘くと誰かが言っていたのでそれを実践している。5分も経たないうちにチャーハンがなくなった。そして、苦いコーヒーもすぐに後を追う。

お皿とカップをシンクに放置してすぐ自室に帰る。

 自分の部屋がこんなにも安心できる場所とは知らなかった。今更ながら屋根の下、布団の上の安心感を認識した。その安心感の上で僕はまた寝転ぶ。寝不足ではなく寝過ぎなんだろう、頭が痛い。そのせいで余計にイライラしていた。気分転換のために僕は枕元にあるラジオをつけた。明るい口調のDJが旬な音楽を流し、韻を踏む軽快なトークでリスナーを魅了している。すべてが順調なのかいつも通りなのか口も滑らかだ。聞き取れないが馬鹿らしくノリノリの洋楽が、より一層僕をいらだたせる。手を伸ばしてラジオのスイッチを切る



異常なし


全くもっていつもと同じだ。

この世は僕を必要としていない。僕がいなくても世界は回るし、蝶は飛ぶ。雨も降るし星は瞬く。

真っ青な空が鬱陶しい

お前は輝くなと言われているようだ。日陰にいる気持ちなんて太陽には分からないんだろう。主役じゃない僕をわざとらしく照らす。その自然の照明から隠れるようにカーテンを閉めなおす。木漏れ日ゼロ
部屋の中の昼白色の蛍光灯を点け、ゲームのスイッチを入れる。



異常なし


全くもっていつもと同じだ

この中は僕を必要としている。僕がいなくては世界は滅びるし、みんなが悲しむ。夜は来ないし、も来ない。

セーブデータが清々しい

お前を待っていたと言ってくれる。この世界では僕は太陽であり、みんなの希望だ。主役の僕を中心に話は展開する。その優越感を際立たせるようにBGMが高揚させる。現実感ゼロ。



Now Loading...の黒い画面に反射して、勇者には似ても似つかない現実の””がうっすらと浮かび上がる。



呪いをかけられた偽物勇者

口が半開きのアホ面勇者

目が泳ぐ不審な勇者

手が震える愚者

耳鳴りがする。

読み込み中、

そう願う

現実は。

異常









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