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純粋すぎて透けてしまった


路地裏で男たちに囲まれて
ああ、これは犯される、と思った。

鞄の底にしこんでいる簡易的な催涙スプレーを探り
ストラップの横についている防犯ブザーを引っ張る。


自分の身を自分で
意識的に守らなきゃいけなくなってから

一体、どのくらい経っただろう。


「ふざけんな!とまれ!」


ハイヒールを片手に
裸足で歩いていると

昔好きだったアニメのお姫様に
なったような気持ちが胸に広がった。


人通りはあっても
誰も助けてくれないのは

私がきっと見るからに
夜に染まっているからだと思う。


逃げ込んだコンビニの
奥にもたれてジッとしていたら

同い年くらいの女性が私の顔を覗き込んだ。


「お困りですか?」


びっくりして顔を上げると
女性は心配そうに私を見つめる。

私は静かに靴を履いて
扉の外の様子を伺った。


「…あの、」

「困ってはないわ。
ただ、ちょっと人に追われてただけ。

もう大丈夫だから。」


できる限りの笑顔を向けると
その子は私の手を優しく握った。

「こっち。」

私を片手で起こすと
従業員用の薄い扉を開いて

パイプ椅子に私を座らせる。


10分くらい経ってから
私のところに戻ってきて
温かいお茶を握らせた。


「もう大丈夫だと思います。」


しばらくすると
もう一人、男性が控え室に入ってきて

ギョッとした顔で私を見てから
私を助けた女性に視線を移す。


撫子なでしこ、誰この子?!」

「困ってたみたいだから助けた」

「そうなの?それは仕方ないね…、
とはならないんだが?!」


しかし、その男はしばらく私を見た後に
ため息をついて少し笑って

あんぱんを渡した。


「いらないわ。私コンビニで売ってるものの
8割は口に合わなくて食べられないの」

「なんだこの恩知らずの女は。」


「八代瑠璃よ。」


それがこの、
松川撫子と笠木萌人もえととの出会いだった。


◇◆

「萌人の作るご飯は食べられないから下げて」

私の言葉に殴りかかろうとする萌人を
撫子が必死で抑える。


「もえくん、おさえて…!」

「なんでこんなワガママな女を
俺たちの神聖なる愛の巣に通わせるんだよ!」

「撫子のご両親が、撫子のために用意してる家に
勝手に居候してるくせに、よくそんなこと言えるわね?

図々しいにも程があるわ」


二人は交際していて、
撫子は私と同い年、萌人は私たちの二つ年上で
二人は大学に通っていた。


「図々しいって、それは瑠璃もだろーが!」

「私は撫子に事前に連絡してるし、
撫子の家に宿泊した時は泊まり代渡してるし、
ご両親にも挨拶済みよ。」


絶句する萌人を見て
撫子は苦笑していた。


私は相変わらず、夜の店で働いていたけど
撫子のことを思うと無茶は出来なかった。

怪我したり、酔っ払ったり、襲われたら


撫子が悲しむ。


その気持ちは良い意味で
私の重りになってくれた。


「瑠璃ちゃん、
今日は仕事終わったらウチに来てね。」

「瑠璃ちゃん、
これお弁当作ったから食べてね」

「瑠璃ちゃん、
怖い人いたらすぐに電話するんだよ」


育ちの良い撫子は
いつも私を心配していた。

萌人を私を迷惑そうにする癖に
やたらと面倒を見たがった。


別に二人がいなくても
私は生活できていたけど

二人がいないと

多分、無茶をしていたとも思う。


◇◆

萌人が就職するタイミングで
二人は正式に同棲することになった。

本当に愛の巣になる二人の家の合鍵を
私は断った。


「いらない。」

「は?今更なんだよ。
お前は俺たちの子どもみたいなもんなんだよ」


萌人の言葉に私は悔しくも泣いてしまって

その時、たまたま撫子はいなくて

やたらと慌てていた萌人は
今思い出せば笑える。


「幸せになって欲しいのよ」

「はあ?」


「私なんかと一緒にいたらだめ。
二人は、」


ブランド品のキーチェーンに
萌人は強引に鍵をつけた。


「うるせぇ、ばか。


お前がいくら1日に売り上げたってな、
俺たちはお前の拾い主なんだよ。」


二人の優しさに

私の闇は溶かされて、本当は私の心なんて
見えてはいけなかったのに。


純粋すぎて透けてしまった




**


「ちょ…、まてまて、るり…、おちつけ…。」

「なに?落ち着いてるわよ」


私のご祝儀の封筒を見て
二人は完全に戸惑っている。


「私はあいにく、二人の結婚式に
参加できるような身分じゃないから。
このくらいはさせてちょうだい」

「お前は自分を低く見過ぎなんだよ…!」


萌人が近づこうとしたら
レンが笑って封筒を萌人に渡してくれた。

「瑠璃。」

「なに。」


「お前が式に来ないなら

俺たち、結婚式挙げないからな」


封筒をテーブルに置いて出て行った萌人も

きっと同じことを言ったであろう撫子も


純粋すぎて

私をおかしくさせる。




2021.12.24


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