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ストレートしか投げないのね。

家に帰りたくない。


私は空を見上げながら
小さくため息をついた。

息は白く吐き出されて
私は楽しくなって
もう一度、吐き出してみる。


家に帰りたくない。


その想いが再び

白い息となって零れる。


白い息を見ると
よかった、私も生きてるんだと
少し安心できた。


「本当に私達の子なのかしら。」


昨晩の、お父さんとお母さんの
声を潜めた会話が蘇る。


「なにバカなこと言ってるんだ。
お前、浮気でもしてたのか?」

「そういうことじゃなくて。
ほら、最近
テレビでもやってたじゃない。
赤ちゃんの取り違いってやつ。」

「由香がそれだっていうのか?」


「だって、あの子に
私の血が流れてるなんて

信じられないの。」


聞いてはいけない会話だった。


「なにいってるんだ。」

「あなたも、思わない?
あの子、優秀すぎるわ。」

「良いことだろう。」

「私、もう分からないの。
あの子の気持ちも言ってる意味も。」


お母さんは私のことを
非難してはいなかった。

むしろ、自責していたように思う。


だからこそ、傷付いた。


私は結局、

独りなのかな。


次のため息も白くなって
だけど、震えていた。

目からは涙が零れた。


お母さんが私に
凄いじゃないって言いながら
目が笑ってないことには
だいぶ前から気付いていた。

お父さんが私に意見を求めて
苦笑してから頷く仕草も
もう、見慣れていた。


私は二人が大好きで
二人の気持ちもなんとなく分かった。


だから、どうしようもないって

ちゃんとわかっていた。


二人の愛が足りないとか
そんなことじゃない。


私が変なのがいけない。


そう思ったら涙は
溢れて溢れて止まらなくなって、
慌ててハンカチで抑えていたら
チリンチリンって音がした。


「さえじまー!
誰かとまちあわせー?」


辺りは暗くて、
古いその公園には街灯は
一つしか立っていなかったけど
声で和泉だって、すぐ分かった。


「…ちがう。」

「じゃあ俺、練習してもいい?」


グローブとボールを持って
自転車から降りてこっちにきて、

私の答えを待つ様子は
さらさらなかった。


「…いいよ。」

「兄貴と喧嘩してさー。
出てけって言われたから
出てきてやった。」


そう笑いながら私を見て
少し不思議そうにする。


「なんかお前、体調悪い?」

「…うん、鼻が詰まって、
あと、なんか、目がかゆい。」

「花粉症じゃね?」


こんな真冬に
そんなわけないじゃん、ばか。


「そうかもね。」

「てかお前、また賞取ったろ!
なんか、英語のやつ。
提出するとかどんだけガリ勉?」


私のこと、ハッキリそう言って
何も言わない私を見て
心配そうに覗き込んだ。


「…なぁ、大丈夫かよ?
やっぱ、体調悪いんじゃ、」

「悪くないってば。」


勉強は楽しかった。

何か知るのは好きだ。


でも、貪欲すぎるのは
みっともないのも知っていた。

そんな自分が嫌い。


みんなは凄いって

言ってくれる私が

私は一番、嫌い。


和泉はそっかーって言って
壁にボールを当て始めた。


「試合近いの?」

「まぁ。あ、来るか?
お前が来たらみんな喜ぶ。
お前、モテるから。」


他人事のように、そう言って
私を見て鼻で笑う。


「何がいいんだろーな。
お前みたいな性悪。」

「魅力的でしょ?」

「さぁ。
まぁ、綺麗だけどな、確かに。」


和泉は私のこと、
怖くないのかな。

私のこと気味悪くないのかな。

意味分からなくないのかな。


「…ねぇ、和泉。」

「あー?」


「私の考えてること、分かる?」


和泉は一回壁当てを辞めて
少し真面目な顔をする。

そして、私を見て頷いた。


「わかんねーよ。

でも、お前だって
俺の考えてることわかんねーだろ。」

「…わかるよ。」


「じゃあ俺も、

その程度ならわかるよ。」


ただ張り合ってるだけだ。

そんなの、分かってるのに。


「あっそ。」

「お前はいま、
俺の試合に行こうか悩んでる。」

「わーお、大正解。」


一瞬、

救われた。



ストレートしか
投げないのね。







**


冴島はどうやら、
今日も何やら悩んでる。

なんで悩んでるか分からないけど

いつか分かるかもしれないから


今は冗談で

はぐらかす。






2012.04.23

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