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不条理を嘲笑う

いつもお酒に強い佐伯さんが
今日はやたらと、酔うのが早い。

任された仕事の契約先に行って、
会社に戻ってくるなり、
夕飯に誘われたかと思ったら
佐伯さんは一杯目から
ハイペースでガンガン飲み進めていた。


「…佐伯さん?大丈夫ですか?」

「気にすんな、よねくら!」


いや、気にする。

なぜなら送るのは俺だから。


「…佐伯さん、」
「ん?」


エイヒレを食べながら
トロンとした目で、俺を見る。

「…会計、しましょう。」

俺は小さな声で、そう言った。


佐伯さんはいつもより、
ニコニコ楽しそうに笑っていて
なんか、子供みたいに見えた。


可愛かった。


「…げん、」


俺の背中で、佐伯さんは
回らない舌で俺を呼んだ。


「はい。」

「ごめん。」


謝ったと思ったら
俺の背中から滑るように下りる。


「大丈夫っすか。」

「ん。」


頷きながら佐伯さんは
近くのベンチに腰掛けた。

俺は自販機でコーヒーと水を買う。

水の方を渡すと
また、「ごめん」と、呟いた。


「聞かないね、あんたは。」

「…は?」


「なんにも聞かないね。」


佐伯さんはそう言うと
少しだけ、笑った。


「さっき行った契約先さぁ、
私の子供のパパがいるんだよね。」

頭の整理に少しだけ時間がかかった。


「…そうなんすか。」

「もともと、昔からの契約先でさー。
営業にいる限り、いつかこの日がくるのは
分かってたんだけど。

やっぱり、なんか、

ちょっとね。」



また、少しだけ笑って、

水を飲んで俺によりかかった。



「…今日、お子さんは?」

「実家。
昔から預けること、多くてさ。

子供も私より、母に懐いてる。」


はあ、と息をついて、

佐伯さんは髪をかきあげた。



「…げんちゃん、」

「はい。」

「もう、大丈夫。
タクシーだけ、拾うの手伝って?」


そう笑った佐伯さんに
賛成するわけにもいかず

俺は佐伯さんの腕を
自分の肩に回した。

佐伯さんは少し驚いて
だけどすぐ、肩に回した手を腕におろした。

「身長差すごいんだからさー。
肩なんか、組めないっつーのー。」


そう言ってまたため息をついて
佐伯さんは遠くを見つめた。


「…本気だったんだー。」

「…はい?」


「本気で、好きだったの。」


泣くかなって、思ったけど
佐伯さんは笑っていた。


「最初から、
不倫だって知っててさー。

でも私、何を血迷ったか、
自分のものになるかもだなんて

そんなこと、考えたの。


浅はかだったなー。」


自虐的に笑う佐伯さんに
俺は何をいえば良いのか
全然分からなかった。


「子供が出来たとき、

これで、私のものになるかも、
なんて、一瞬浮かれた。」


人の恋愛話は苦手だ。

なぜなら誰の話を聞いても
どこかで、バカにしてしまうから。


「…玄ちゃん、呆れてるね。」

「まあ。」

「でも私、
カレともう少し早く
出会ってたらとは言わない。」


俺を見てそう言って
ニコリと笑った。


「玄ちゃんも、

そうでしょう?」


…俺はいつから
玄ちゃんなんてよばれたっけ、と

佐伯さんを支えながら考えていた。



不条理を嘲笑う





**


もう少し遅く出会っていたら。


確かに俺は
そう思わないように、

思ってはいけない、と


そう思ってきた。






2012.03.10
hakuseiさま

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