透き通る

 窓を開ける。陽光があふれる。普段よりも明るい予感がする。
 視界の針はちょうど、六時三十七分を指し示していた。
 それから太陽を背にして逆光を浴びる。堕落していない光と風が、私に、力を与えてくれる。それはあたたかくて、風はつめたい。私の存在と意識が、だんだんと失われていく。良い方、良い方にうつり変わっていく。
 部屋のはしまで輝かしい光が、雪のように舞いおりる。やわらかく目を閉じたり、開いたり。そうしながら深呼吸する。よどみない空気をおなかの奥のほうまで通らせてやる。透明な結晶になった私は、太陽の光をからだにくぐらせて、もうしばらく呼吸を続けた。
 ——吸って——吐いて——吸って……。
 頭のなかが透きとおって、からだは暖かくなっている。良い兆候だ。良い兆候だ。筋肉のなかで何かがこまかく弾けて、じんわり熱くなる。脂ぎっていない手を握って、確かな感触を得た。古くなったからだが表面から熱で溶かされていく。
 ゆっくり長く、背のびした。すると私のからだが軋み、空いた隙間になにかが入ってくる。それはきっと美しいものだ。身体の中心から、骨のもとや筋肉の繊維、構造物が染みこんで、私の穴を埋めていく。どうしようもない私の穴が埋められていく。
 私はだんだんと透明で、きれいな存在になっていく。そう。そうなりたいんだ。
 目覚めたら外に出て、軽く辺りを散歩する。太陽と水と、それと無駄でない食べもの。そうやって「生」だとか「命」だとかを実感する。それが美しいことだ。人はみな、そうやって生きるべきだとさえ感じる。純粋な存在になるべきだ。
 それこそが良いのだと、心のおくから染め上げられている。今朝はそういう気分だった。
 しかし、朝日を浴びた美しい私は、めいっぱいあくびした。快楽のままに、あくびした。口周りが引きつり、丸くなったくちびる。それから温かい息をはく。
 そして、それがいけなかった。私をこの駄目な頭に引き戻してしまった。
 これまで積みかさねてきたことが全てどこかに散っていく。なにかが抜けたような脱力感。昨日までが、頭のなかに流れ込んでくる。軽くなったはずのからだが重い。
 とくと見る時計の分針は、私の起床時刻がわずかに遅れたことを意味していた。外に出るには少し他との兼ね合いがとれない。つまり、散歩はあきらめるしかない。
 さっきのあくびは、その生ぬるい事実を簡単に受け入れさせてしまった。
だったら、せめて。せめて朝食は丁寧に作ろう。散歩をするのはあきらめて、せめて朝食を作ろう。そうやって私はいつものように、私を裏切ってゆく。
 だが、それがちょうどいい。ちょうどいいとさえ思うのだ。確かな中身のある人間として、私は生きている——こうして、ここに生きているのだから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?