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イリナとサキ

私たちがこのケイタラという星に調査に来て、3日が経った。
美しい水の星、ケイタラ。
私たちは、この星に資源を求めてやってきた調査団。
何があるのか未知数の危険な星だから、捨て駒のポンコツなメンバーが集められていて、私もその1人。
音楽が好きだけど、ただそれだけの、何にもできない。
それが私。


今日はメンバーのイリナと2人で、基地から離れた岬までやって来ていた。
ここからはケイタラの景色が広々と見渡せた。
地表の殆どが水が浸っているケイタラでは、珍しく足が濡れない。



「ここにも何もないね」
調査のメモを取りながら私はイリナに言う。
イリナは早々にメモを取り終わっていて、私が書き終わるまで空手の型をシュッシュと夕陽に向かって見せていた。
絵になるなぁ。
私はぼんやりとイリナを見つめた。
イリナは空手道場の娘だと聞いた。
このメンバーに選ばれるくらいだから、きっと何か欠落しているんだろう。
でも、少なくとも私にはイリナはそんな風には見えなかった。
だってこんなにも美しいもの。


イリナが私の視線に気づいて振り向く。
「サキ、今日は歌わないの?」
突然聞かれて私は驚いた。
「え?今日はって?」
私は歌が苦手なのだ。
音感があるくせに、歌えない。
それが私のコンプレックスだった。


「たまに鼻歌、歌ってるよ」
イリナが空手の型を取りながら言う。
そうだったのか。
人前では歌わないようにしていたのに、どうもケイタラに来てからは解放感からか、気が緩んでいるらしい。
「ごめんなさい、下手でしょう」
私は俯いた。
顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
いたたまれない。


シュッと私の前にイリナの拳が飛び込んで来た。
キャッと尻餅をつく。
「私の空手の型をみて、どう思う?」
イリナが私の前にしゃがみ込んだ。
真剣な眼差し。
夕陽がイリナを照らしている。
私は正直に答える。
「綺麗だよ」


イリナは立ち上がりにっこり笑うと私に手を差し出した。
「でもね、私は試合には勝てないんだ」
私がその手を掴むと、イリナはぐいっと引っ張る。
よろけながら私は立ち上がった。
「それでも私は空手を続けるよ。勝つことが全てじゃないと、思うから」



私たちは岬から見えるケイタラを眺めた。
地表に張った水に夕日が当たって、大地は真っ赤に染まっている。
まもなくやってくる夜が、西の方を紫の色で染め始めていた。
遠くで鳥たちの声が聞こえる。



私は鳥の声に合わせて歌った。
最初は小さく。次第に声を張り上げて。
声がケイタラの空気に混ざっていくのが分かった。
空気に、水に、夕陽に混じって飛んでいく。
私たちがポンコツなんて、そういえば誰が決めたんだろう。
もしかしたら、私たち自身がそう決めつけていただけなのかもしれない。



帰り道、イリナが言った。
「上手い下手は別として、サキの声は好きだよ」
正直者のイリナ。
「そこは上手いって言ってよ」
私たちは声を上げて笑った。




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このお話は、小説『星の歌』のサブストーリーです。
本編はこちらからご覧いただけます↓
https://note.mu/coko_luvs_u/n/nb8de14ef9328

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