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平成東京大学物語 第16話 〜35歳無職元東大生、最高のおしゃれをして入試に臨んだことを語る〜

 叔母とは改札前で別れた。渋谷駅は井ノ頭線の始発駅だからともかく電車に乗りさえすれば間違いようがないし、東大は最寄り駅を降りたらすぐに分かるから、とのことであった。ぼくは叔母の適切で十分な支援に感謝した。

 電車を駒場東大前で降りて駅のホームから階段をあがって改札を出て階段を降りるとそこはもう東大であった。門の前は受験生でごった返していて、みな開門を待ち構えていた。人だかりの向こうには東大の象徴とも言える安田講堂があった。それは思いのほか小さく、東大は思ったほど大したところではないのかもしれないと思った。このときぼくはただの田舎者どころか、あまりにものを知らないゆえに、逆賊とでも言うべきだった。というのも、駒場にあるのは安田講堂でなくそれを模した教室棟なのである。開場の時間になった。ぼくは幾多の受験生にもまれながら試験会場の建物に向かった。

 ぼくの隣に座ったのは乳房の大きな女の子で、まるでソフトボールが二つ、きれいにセーターの中に収まっているかのようであった。これは大変な眼福だった。ぼくは休憩時間に試験の神がぼくに与えてくれた豊満な二つの贈り物を盗み見しながらその日を乗り切った。ぼくは自分にできる最高のおしゃれをして試験に臨んでいた。ふとももの半分までを覆うオーバーサイズの土色のパーカーの下に、黒いパーカーを着て、フードを二重にしていた。これが着こなし全体にわざとらしくならない程度に絶妙なアクセントを与えていた。パンツはトップスのボリューム感に負けないようにポケットが六つついたねずみ色のカーゴパンツをセレクトした。これは全体に重厚感を与えるとともに、その機能的なポケット群で初めて訪れた大都会での立ち回りをサポートするためのものであった。実際に、ぼくは小銭をこのパンツのふともものところに位置するポケットにいれていて、自動販売機で飲み物を買うときに大変便利だった。さらに、このパンツは膝から下の部分をジッパーで取り外してハーフパンツとしても着用可能であり、つまり、オールシーズン、フルに活用が可能な優れたアイテムで、ぼくはそのハードなルックスも含めてこのパンツをとても気に入っていた。まさに都会で生きる男のためのスタイリッシュでリーズナブルなデザインだった。ぼくは何度か女の子に話しかけてみようかと思った。そのたびにぼくにできる最高のおしゃれをしてきたという自負がぼくに勇気を与えてくれた。でも結局、ぼくは女の子に話しかけることはできなかった。田舎出の童貞が初めての大都会でたまたま席が隣になった素人女に声をかけることは所詮困難だった。それはまるで深い霧に包まれた漆黒の森の中に突如あらわれた砦にわき目もふらず突進しろというようなものだった。試験は2日間あったが、あっと言う間に終わった。

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