映画「ジョーカー」気持ちがわるい体の天使のような美しさ。
※「ハニカムブログ 」2019年10月23日記事より転載
映画「ジョーカー」を観ました。(一応ネタバレ注意で。)
そぎ落とされたチェロの旋律の余韻がのこる。
音楽を担当したヒルドゥール・グドナドッティル。
アイスランドの女性アーティストで、その師匠は先日亡くなったヨハン・ヨハンソンだそうで。
気持ちがわるい体。
ボディ系のセラピストという仕事をしているので、見た目もご自身の体感もできるだけ居心地が良さそうな、気持ちがいい体、にするのが私の仕事だけど。
こんなにも、不気味な体を見たことがない。
ただ、痩せている、と言うことではなく。
「心」よりも「体」が既に、狂ってしまっている。
それが、映画「ジョーカー」の第一印象。
ホアキン・フェニックス演じる「ジョーカー」が、まだジョーカーになる前のストーリー。
道化師たちの控え室でうなだれて佇むホアキン・フェニックスの背中。
筋肉が極度に薄くなって肩甲骨の位置が過度に外側にせり出し、脊柱は全て数えられるほど隆起が明確になり、肋骨がいびつに飛び出している。
明らかに、陰鬱さを存分にはらんだ背中。
でもなぜかどこか墜ちる直前の天使のような美しさも感じる。
見た瞬間「こんなに気持ちがわるい体は、CGでわざわざ作ったんだろうな」と思いつつ食い入るように観察してしまったけれど、あれはホアキンによる23キロの減量の賜物であり、背中ににじり寄っていくような構図も現場で演技に入ったホアキンを見て決めていったものらしい。
そして、その気持ちがわるい体をしなやかに軽やかにくねらせる、ジョーカー特有の不可思議なダンス。
あれも、コリオグラファーがいた訳ではなく、ホアキンが考えたものなんだとか。
世界中の空気を受け止めて、そこで自由に心も体も解放されている様子は、むしろこの上なく気持ちが良さそうに、美しく見える。
ジョーカーを演じた後、オーバードーズで死んでしまったヒース・レジャー。
彼はジョーカーの先輩でもあるかの名優ジャック・ニコルソンから「気をつけろ、あの役は狂うぞ。」と忠告されていたという。
サイコパスの役作りのためにホテルにこもり、あらゆる犯罪心理やサイコパスに関する本を読み漁り、ジョーカーになりきった日記を書き続けていたヒースは不眠症になり、役が終わった後もそのための薬が手放せなかった。
それが映画公開される前に悲劇的な死へと繋がってしまった。
ホアキンも、
「監督からダンスのステップについての指導を受けた日は、何ページにもわたって"ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!ステップ!"と日記に書き付けていた」
というから、やはり狂っている。
23キロという絶食に近い減量をすることで、精神的にも追い込まれていったけれど、それがジョーカーとしての自分を解放する助けになったとも語っている。
ジョーカーの心のねじれを表現するために、体もねじれるほどに改造する。
俳優というのはかくも恐ろしい仕事である。
脳みそは騙されやすい。
「レモン」を想像すれば、キュッと口がすぼみ、唾液が溢れ出る。
それくらい、身体反応というのは反射的で、自分自身の想像に対して素直なのだ。
俳優たちは、役の感情を自分に取り込み、身体反応を起こさせることで、臨場感のある感情表現につなげていく。
それを表現しやすい体を作り込みもする。
時には、役の感情を生きることで「中の人」である自分自身の潜在意識に眠るトラウマ的感情を解放することもある。その潜在意識にダイブした後に起こるカタルシスを知ってしまったことが、役者であることの麻薬的な魅力にもなるんじゃないかと思う。
ジョーカーは危険な役で、取り込まれると狂う、というけれど。
ヒース・レジャーは、きっと自分の潜在意識にジョーカーが巣食ってしまい、健常な身体反応に戻れなくなってしまった。
なぜなら心と体はつながっている、ソマティックなものであるから。
アメリカが、異常にこの映画を恐れているのもわかる。
自分の潜在意識に何を取り込んでいくか。
幸いホアキンは、役に取り込まれることもなく、撮影後はカラッとしていたりするそうなので一安心。
今年、イスラエルを訪れる前にキリスト教関連の映画を見まくっていたとき、「マグダラのマリア」というルーニー・マーラが主演の映画を見た。
そこでは静かなガリラヤ湖のような瞳でイエス・キリストを演じていたホアキン。
(ちなみに、この映画でマグダラのマリアを演じたルーニー・マーラと結婚しましたね。)
イエス・キリストもジョーカーも、人間の内側に同時に存在している。
光にフォーカスするも、闇にフォーカスするも、自分次第で選べる。
でも、どちらも、表裏一体である。
■ 小松ゆり子 official web site
http://yurikokomatsu.com
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