外館科子

小説を書きます。糸と戯れます。

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    雑記。日記。小説は無響サイレンの方に。

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未咲と千咲

 郵便の宛名など相手の名前しか見ないし、自分の名前が一文字違っていたとしても相手が間違えたんだなとしか感じない。園部って誰だよとは思ったけれど、自分が忘れているだけかもしれない。大抵の人は、住所と名字が合っていて下の名前が一文字違うだけなら、この荷物は自分宛だって絶対思う。前に同じ部屋に住んでいた住人の荷物が私に届くなんて物語か何かだし、それから素敵な出会いが、なんてまるっきり少女漫画。でも私の目の前に間違って届けられてしまった蟹は確かに存在する。スチロールの箱の蓋にビニール

    • ビーム

       おでこの前で両手のピースを、その二本の指どうしをくっつけた形をして、こっちを向いて写っている写真がある。5、6歳の自分と、もう今は、何をしているのかわからなくなってしまった友達と、写っている。  そのポーズが、しているのは自分だけなのだけれど、何かの合図に見えてしょうがない。ぱっと思いつくのは、その指の間のひし形のすき間からビームのようなものが出て、何かに攻撃している、というものだったけれど、ありきたりな想像だと思った。  でもその写真をよく見てみると、その指で囲われた

      • 澄沙とみのり

         図書館で気になる子を見つけた。新聞雑誌のフロアの二対二で向かい合わせになって四人が座れるテーブルで、斜向かいに座っていた。文芸誌を読んでて、いきなり顔を上げて空をしばらく睨んで、また本に戻っていった。そんなことを繰り返していて、こっちがじっと顔を見てても全然気がつかなかった。眉間にしわが寄ってて眼鏡の奥の目は見開かれてるけど焦点が合ってない。何かを真剣に考えてるように見えるけど実際は別にどうでもいいことだったりしそうで、いいなと思った。近くでまじまじと見たのは今が初めてだけ

        • 駅っ子

           何分置きにか聞こえる電車の音がしなければ思い出せない。その土地に赴かなくては、そこに居た私の六年間の記憶が引き出せなくて、その六年というのは連続した六年ではなく途中の空白の三年を挟んでいるのだけれど、とにかく電車の音がしなければ私のその期間の出来事はまるっきり出てこないのだった。アナウンスとレールを滑る列車の響きは、線路の無い土地に移っても、ふとした時に空耳として降ってくる。空耳によって駅で過ごした六年の事が思い出せるかと言うと、そうではない。記憶の中にある音では記憶は現前

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          Twitter300字ss

          Twitter300字ss。お題は「散る」です。 無題です。題付けるの面倒だ…  まだ二分咲きの桜並木の土手をゆく。今年は暖かくなるのが遅くって、やっと後ろに乗せてくれた今日で三月は終わる。  「秋!止まって!だんご屋!」とメット越しに叫んで太ももを叩く。店先に一本だけある白木蓮が灯るように満開で、走っていても目に留まった。  みたらしもあったけどきな粉にした。皿の上で秋と顔引っ付け合って食べる。粉が風に乗ってくしゃみが出た。 「千里は受けるとこ決めてる?」 「全

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          Twitter300字ss

          Twitter300字ss。お題は「飾る」です。 『鳳仙花』  鳳仙花で爪染めをすると指の腹も染まる。指先が灯ったように滲んで赤くなるのが好きで、唇も頬も目尻も花びらで染めて遊んだ。  冴子のからだを触れ撫ぜると、火照ってその跡が薄紅に変わる。私と違って真白な肌は浮かんだ赤みを邪魔しない。でも冴子は声も出さず、ただからだを熱くするだけだ。時々目をうすく開けたり閉じたりして熱くなる、そんな仕組みの自動人形に思えてくる。こんなに気分がいいのは、こんなにあなたと近くて嬉しいの

          Twitter300字ss

          Twitter300字ss『霜降りる日』

          Twitter300字ss。お題は「氷」です。 『霜降りる日』  彼女はいつもサンドイッチを食べていて、朝、駅まで抜ける公園のメタセコイア並木の下のベンチに座っているのが見えるのだった。彼女が気になるのは、同じ制服なのに校内でその姿を見たことがないからだ。  その日は公園までの自販機でコーヒーを買って、ベンチに近づいた。いつもの舗装された道路を外れ、木の下をゆく。ローファーが、さりと音を立て霜柱。隣に座ると目が合う。斜視だった。何年と聞かれて驚いて二年と答えると、そうと

          Twitter300字ss『霜降りる日』

          ささはら

          箱に入っていた彼女の髪は早緑色だった。彼女に生えていたであろう根元の方を紺の糸できつく縛られていた。 「ちいさい頃は、クリームみたいな、ほとんど白の金髪だったの」彼女は言った。今の髪は濡れたような黒だった。 「毎年、春になって、道の木の葉がでる頃になると、毛先から私も色づいて」風が吹いて箱の中の髪の表面の方だけがなびく。目線は箱。 「夏になる頃には全てが葉色になったわ」 「わたしが、一番景色が鮮やかに変わる、そのころが毎年、一番すきだったから」 「そういう、信じら

          ささはら

                one table & two chairs       律  律とは別に、仲がよかった訳ではない。授業のグループワークとか以外では話したことがなかった。律と仲がよかったのは科子ぐらいで、他の子達とは全然、話しているところさえ見なかった。律は猫背で、よく隣りにいる科子は背が高くて姿勢もいいから余計小さく見えた。私の席は律の斜め右後ろで、教室全体の廊下からすぐ隣りの列の一番後ろだった。席に着くと目の高さになるすりガラスの戸を私は何時だって細く開けてい

          向かう人々 2

           次の日は休みではないから休みでないときのいつもを過ごす。仕事場のトイレで昨日のことを思い出していた。でも自分の身に起きたことが本当なのか自信がなかった。言葉を交わしていないだけでなぜこんなに自信がなくなるのだろう。あんなに近くに居て十分な時間を過ごしたのに、視線を交わしていない、言葉を交わしていない。それだけであれはどこかで読んだ話とか観た映画とかと変わらないものになる。何か確かな証拠がないと私たちは安心できない。無視されていた、と言ってしまえばそうだ。言葉と視線を交わして

          向かう人々 2

          向かう人々 1

           手の内の文字を追っているうちに眠くなって自然にまぶたが下がり、開き、再び読み始めると、眠たいのに目をつぶる前まで読んでいたところまでは、ここは読んだとはっきりとわかる。読んでいた場所はすぐには探せないのに、文字を追うと読んだところとまだ読んでいないところの境目は、はっきりと、ある。そのことはいつだってすごく不思議で、内容は頭に入らなくても、読んだ、ということは分かる。読む前にはもう戻れない、と芯から眠い頭で考える。土日のショッピングセンター内のドーナツショップなんて、家族連

          向かう人々 1