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悪魔をはねても物損事故

吉野弟は遮光器土偶に似ている。おおらかな体型に丸顔タレ目、そして眼鏡。
吉野兄は武人の埴輪に似ている。特に目のあたりが。

兄が営む小さな工房に弟が転がり込んだのは秋の丑三つ時だった。
震える弟の腕の中にはぐったりしたイヌ足ヒツジ角の悪魔が収まっている。ねじれ角は片方折れ、悪魔はクツクツと歯軋りをしている。
「悪魔をはねちまった!どうしよう呪われる!」


吉野兄は作業机に何枚かの紙やすりを並べる。弟はタオルに包んだ角の欠片を紙やすりの隣に置くとコンビニ袋から激辛ソース焼きそばを取り出して作り始めた。

悪魔は事務椅子の上で毛布に包まり、恨めしげに吉野弟をにらんでいる。
「この激辛やきそばにデスソースをかけて食べます!」
弟はひきつった笑顔で宣言すると、ソース焼きそばにチリソースを一瓶すべてぶちまけた。そして躊躇いが生まれる前に口へ運ぶ。よどんでいた悪魔の目が輝き、椅子から見を乗りだした。
「おびやぁぇ!水っ!!みずぅ!」
悶絶し割り箸を放り出し台所に走る。悪魔は芝犬に似たしっぽを激しく振った。悪魔は人間の苦痛を好み活力とする。機嫌を取るにはこの方法が一番良い。

吉野兄は静かに角の欠片の破壊面を紙やすりで荒らす。角を元に戻さないと悪魔が去らないのなら、何とか直すほかない。
「ツノがなおるまでヒマだな。おまえ、何か願いを叶えてやろうか?魂いっこでなんでもだ!」
悪魔はふんふんと鼻息を荒くする。兄は口を開いた。
「カネを後輩に持ち逃げされた」
「復讐するか?」
「いやいい。もう殺した」
「ころした!」
「冷蔵庫に入っている」
「お、おまえ!こわいな!」
悪魔はヒャンと鳴き、尻尾を股の間に挟む。
「何でも、叶えられるか?」
吉野兄は埴輪の目で悪魔を見下ろす。

「にいちゃ〜ん!牛乳もらっていい?!」
台所から吉野弟のなさけない声がひびいた。

つづく

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