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最速ののれん【文学フリマ東京35告知】

文学フリマ東京35に参加します!

日にち:22年11月20日(日)
場所:東京流通センター
ブース番号:G-8(第一展示場)
サークル名:うそチンチラ軒

新刊あります

この筋肉を見てほしい

新刊:最速ののれん God speed
A6判/30p/300円
表紙イラスト:カラテ屋てんさん

あらすじ
銀色筋肉の美しき異形が人類にハマグリラーメンを振る舞いまくる!
ハマグリラーメンの味に狂わされ人類の文明は崩壊を迎えようとしていた。
もう一度ラーメンを味わうためにすべてを捨てた男、片岡は再びハマグリラーメンをすすることができるのか?

新刊サンプルです

油染みた換気扇が唸っている。痩せた男……片岡は暗いワンルームマンションでシーフード味のカップラーメンをすすっている。旨いもまずいも片岡は感じていない。ただ塩と油と炭水化物の味がするだけだ。だが安いカップラーメンでも記憶の中の貝だしの味わいがほんの少し想起されるので片岡はシーフードヌードルを食べ続けている。

片岡は今年で五十歳になる。しかしその容貌はもっと年老いているように見えた。割り箸をつかむ手はカサつき、爪は先が欠けている。無造作に襟足の上でくくられた長髪はほとんど白髪に近い。頬はこけ、唇は乾いてヒビが入っているが目だけはギラギラと輝いている不気味な男だ。皺の寄ったグレーのスラックスと黄ばんだワイシャツはオーバーサイズで体格に合わない。

ここは極めて狭いワンルームマンションだ。玄関脇には一口コンロと狭いシンクが据え付けられている。コンロの上には冷めた湯が残った片手鍋が置きっぱなしになっている。その側のゴミ箱には無数のカップ麺の空容器が押し込まれており、入りきらなかった分がいくつも床に落ちている。発泡スチロール製のカップの内側に残ったスープはすでに乾いている。
きしむ換気扇の音と片岡が麺をすする音だけが部屋に響いている。
 
ラーメン男あるいはヌードルマンなどと呼ばれている異形はどこにでも現れる。それが片岡の前に現れたのはもう十年も前だ。
十年前の冬の日、片岡はどこにでもいる中年男性だった。とある工場の夜間警備をしているときに現れたラーメン男が差し出したハマグリラーメンを口にした瞬間、片岡の人生は狂った。
片岡はラーメン男を憎んでいた。あのハマグリラーメンを食べて以来、何を食べても旨いともまずいとも感じなくなってしまった。ただ異形が差し出したハマグリラーメンとの差異を認識するだけだ。その差が大きいほど強烈な渇望を感じることとなる。
ハマグリと昆布と塩の微かに白く濁ったスープのラーメン。その味の記憶は薄れてなお魂が求めるように焦がれる。

(中略)

びびびびび……遮光カーテンの向こうの窓ガラスが突如震え始めた。徐々に振動が激しくなり、窓の向こうからごおおおお・・・とジェットエンジンのような音が近づいてくる。片岡は窓へと走り寄ると毟るように遮光カーテン開き、ぎょろりと空をにらんだ。街に銀色の雪が降っている。
通りの人々は困惑したように空を見上げ、車が次々と路肩に寄って停止する。
銀色の吹雪の向こうからジャンボジェット機の丸い鼻先が顔を出した。飛行機はみるみるうちに高度を下げる。街の人々はうろたえ悲鳴を上げ逃げ惑い始めた。
まっすぐに街に向かって降りてくる飛行機は末端から溶けるように銀色の雪を巻き上げ、少しずつバラバラになっていく。胴体の落下について行けなくなったように翼が根元から外れ、銀箔の雪になった。胴体は水に落ちた角砂糖のように糸を引きながらほどけていく。一度ほどけた糸はまた絡まり、何体もの銀色の人影を作っていく。

「来たか!」

片岡は舌打ちし、玄関に走ってボロボロの革靴に足を突っ込んだ。ドアに鍵もかけずに片岡は走る。長き不摂生で衰えた足腰が痛み、心臓が激しく鼓動する。転げ落ちるように階段を下った。地上から三階。たったそれだけの距離が永遠のように遠い。
 
ビルの上や商店街のアーケードに銀色の雪がうっすらと積もっている。あちこちで車が乗り捨てられ、人々は荷物をその場に投げ出し、無心にラーメンをすすっている。何体もの筋肉質の銀色が音もなく走り回り人々にラーメンを振る舞っている。通りは香ばしい貝と昆布の香りでいっぱいだ。その香りに引かれ、通りや地下道からふらふらと人々が集まってくる。それらすべてにラーメン男はハマグリラーメンを振る舞う。
片岡は目の前を走り抜けるラーメンの男に飛びついた。しかし銀色の筋肉の塊はするりとかわし片岡に目をやることもしない。石畳に転がり片岡はうめいた。
ラーメン男たちは一度ラーメンを振る舞った人間には二度と振る舞わない。片岡は悔しげに歯ぎしりした。
あちらこちらで旨い……とうめくような、祈るような声がする。全く同じ美しい顔のラーメン男たちがバラバラの方向に走り去っていく。片岡は立ち上がった。
徒歩でなど追いつけるわけがない。片岡はきょろきょろとあたりを見回す。

「借りるぞ!」

鍵が刺さったままのスカイブルーの中型バイクにまたがり、片岡は叫ぶ。持ち主は地面にうずくまってラーメンをすすっており返事はない。片岡は遠ざかっていく銀色の背中を見つめながら鍵を回し、セルスイッチを押した。きゅきゅきゅとセルモータが回りエンジンがうなりを上げる。車体の震えが、エンジン音が、片岡の記憶を呼び戻す。片岡は捨ててきた愛車をふと思い出した。

つづく

以上です。

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