見出し画像

新卒のワトソン1 プロローグ

プロローグ
 
 その頃、私は何よりも『内定』を追い求めていた。
 冬。十二月。年末ムード漂う世間の中に、真新しいスーツに身を包んだ若者がちらほら。
 就職活動、略して就活。大学三年生の十二月に一斉解禁されるそれはある意味、大学の試験よりも重要なイベントだ。就活がうまくいくかどうかで今後の人生が左右されると言っても過言ではない。そして、そのイベントには勝者もいれば敗者もいる。
 ――私は後者だ。
 大学に入るまでの試験は努力がそのまま結果となって返ってきた。言ってしまえば個人なんて、内面なんて関係ない。投げ掛けられた問いに対して正しい答えを返すかどうか、それだけだ。だから私はその一点だけに集中し、努力した。とにかく苦手な勉強を頑張った。その結果、高校も大学も希望していたところに入れた。つまり順風満帆と言っていいだろう。
 しかし。
 これまで積み上げた私なりの勝利の方程式が通用しなかったのが、就活だ。
 就活の流れ自体はシンプルだ。まず第一に履歴書に近いエントリーシート――通称ESと呼ばれるものを希望する企業に向けて提出する。そのESが通れば、筆記試験で学力を問う。さらに筆記を通過できれば数回の面接を経て内定に至るというわけだ。
 筆記試験までは努力でなんとかなった。問題は面接だ。
 自分の言葉で自分を表現する。
 自分をアピールする。
 自分を買ってもらう。
 それは想像していたものよりも遥かに難しいことだった。頭の中で描いているイメージを正しく相手に伝えるのは本当に難しい。
 そして面接を乗り切るための努力の方向性が、私には掴めなかった。何故か。理由は至って単純で、そもそも私は人にアピールできるような材料を持ちあわせていなかったのだ。
 ESには普通の履歴書には見られないような項目が沢山ある。
 趣味。
 将来の夢。
 学生時代に打ち込んだこと。
 これまでの人生の中で取り組んだ改革。
 ない。ない。ない。そんなものはない。オールナッシング。
 自分でも驚いた。書けるような事柄が一つもなかったから。そこで自分の人生を振り返る。中学、高校、オール帰宅部。思い出といえば友達との放課後マックか、勉強。勉強なんてみんなやっていることをアピールできるはずもない。
 大学も同様だ。大学生活を賢く生き抜くためには人脈が不可欠だと入学前から聞いていたから、何かしらのサークルには所属しようと思っていた。
 しかし幸か不幸か。いや、就活においては完全に不幸だったのだが同じクラスに私と同じようにサークル未所属の女の子がいた。そしてその子と意気投合してしまった。いや、してしまったというと語弊があるが。
 その子といることで、サークルに所属しなくとも孤立することがなかった。
 結果、サークルにも入らずじまい。
 結果、何にも打ち込まず。
 結果、ESに書けることがなくなった。
 アルバイトは一年生からずっと市の図書館で書架整理をやっていた。これも書架整理なら何となくラクそうだと思っただけでこだわりはない。一日中返却された本を棚に戻すだけで書くような内容もない。よく就活ではバレない程度にエピソードを盛ればいいと言うが、私の場合はまず盛り付けるためのお皿がないのだ。毎日お年寄りレギュラー陣がのんびりと本を読み耽る平和な図書館に改革などもたらせるはずもない。
 そんな無為の日々から何とか絞り出された回答。
 趣味……読書
 将来の夢……社会のため、人のためになれる人になる。
 あなたが学生時代に打ち込んだこと……読書。年間百冊を目標にし読書を続けてきた。
 あなたが取り組んだ改革……図書館でのアルバイトで利用者の方が気持ちよく使えるように、これまでの仕組みを変えてきた。
 これはかなりグレーな内容だった。言い方で誤魔化しているが、中身を晒せば怪しいものも混じっている。
 趣味は読書。一番無難な答えで、「趣味は何ですか?」と訊かれた時に最も多く使われる回答の一つだろう。私は年に一冊くらいしか本は読まないが、趣味になるかどうかは読んだ冊数で決まるものではない。故に嘘ではない。
 学生時代に打ち込んだことは読書。年間百冊を目標としてきた。結果は年に三冊くらいしか読めなかった。しかし、あくまで百冊は目標なので、まぁ、嘘ではない。問題ない。
 あなたが取り組んだ改革。図書館で時々、作家名の書かれた見出しプレートの作成を命じられ、設置してきた。これは利用者のために仕組みを変えたということでいいだろう。嘘ではない。大丈夫。
 そうこうして何とかエントリーシートの回答ができたのだが、問題はさらにあった。
 内容が弱い。明らかに弱い。
 他の就活生達がボランティア、海外留学、サークルでのリーダー経験、バイトリーダー経験、など豪華に彩られた武器を振りかざす中、私の手にあるのは読書と図書館のゴリ押しだけ。いわば皆が剣や斧や槍を構える中、私が構えるのはひのきの棒一本。しかも嘘と言われても仕方ないグレー加減。ひのきはひのきでも腐ったひのきだ。こんなものでまともに戦えるわけがない。
 結果、私は就活で惨敗を続けてきた。武器が弱いことに加えて、私は本番にも弱く面接でも散々な受け答えばかりだった。
 年が明けて、寒さが徐々に薄れ、冬の終わり。
 草木が芽生え、暖かな陽光が地上を包み、春。
 鮮やかに彩られた桜が散り始め、長期休暇も過ぎ、梅雨の時期に入り、夏。
 就活開始の合図から半年以上が経過した六月。私の連敗記録が途絶えることはなかった。周囲でも既に内定を獲得した学生は多くおり、企業も新卒の募集活動を終了しつつあった。幾つもあった手駒はみるみる減り、気付けば私の手元には数社しか残っていない状況だった。
 これはまずい。本当にまずい。
 私は震え上がっていた。内定が貰えなければ、大学を卒業出来たところでニートになるだけだ。そして新卒で箸にも棒にもかからなかった私が、既卒というハンデを負った状態で内定を得られるはずがない。


 そんな焦りの中、遂に光明が見えた。数少ない手持ちの種が芽を出した。最終面接への案内。あまり興味のない業種の中小企業ではあったが、内定さえ貰えればそんなことはどうでもよかった。
 そして火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。一対一で人事部長と相対した最終面接で私の舌は軽やかに弾んだ。
 志望動機。
 自己PR。
 趣味。
 頑張ってきたこと。
 まるでアナウンサーの生き霊が乗り移ったかのようにすらすらと言葉が出てくる。そして人事部長の方に響いているのも伝わる。手応えがひしひしと感じられる。これが面接の正解か。これがそうなのか。私はまだ香りしか感じられない勝利の美酒に既に酔っていた。


 「はい、ありがとうございます。花村さんの想いはよくわかりました」


 王手。チェックメイト。これといったミスはなかった。これは内定を確信してもいいのではないか!


 「ありがとうございます」


 「あと、質問は終わりなんですが時間が少しだけ余ってますね。個人的に気になったことをちょっと訊いてもいいですか?」


 あくまで笑顔の人事部長の言葉に私は硬直した。


 「は、はい」


 「私は週に二、三冊小説を読んでいましてね。花村さんと同じ読書家なんです。なかなか最近は活字を読む若い人も減ってきているように感じてまして、花村さんが読書好きだと聞いて正直嬉しい気持ちになったんですよ。面接なんてそっちのけで本の話をしたいな、と思ってですね。花村さんの最近読んだ本で面白かったものがあれば教えて下さい」


 なっ。


 この半年間一度も掘り下げられたことのなかった『趣味……読書』が突っ込まれるとは。しかし焦ることはない。私は読書家ではないが図書館でのアルバイターだ。本のド素人ではない。今年ヒットした作品くらいはきちんとおさえてある。


 「湯山高さんの『ワースト・デイ・タカハシ』ですかね」


 『ワースト・デイ・タカハシ』は今年に入ってすぐ発売され、一ヶ月も経たずに大ヒットした作品だ。はっきり言って読んでないので中身は知らないし、作者も名前しか知らないが、確か賞も受賞しているし話題性もある。こういった質問に対する回答としては最適だろう。


 「おお! 花村さんも『ユヤマニア』でしたか! あれは素晴らしい群像劇でしたよね。前作の『バッド・ウィーク・コンドウ』も衝撃でしたけど『ワースト・デイ・タカハシ』はさらにそこを上回ってきましたからね。私も今年の上半期ベストを問われたら真っ先に『ワースト・デイ・タカハシ』を挙げますよ」


 セーフ。どうやら私の選択は正しかったようだ。
 しかし湯山信者を表すのであろう『ユヤマニア』という言葉や前作であるらしい『バッド・ウィーク・コンドウ』という作品は聞いたこともない。
 

「いやぁ、嬉しいですね。読書の趣味が合った上に、好きな作者、作品まで一致するとは」


 興奮しきった様子の人事部長を見て、なんとなく嫌な予感がした。回答の方向性としては間違っていなかった。いや、むしろ私の回答は出来すぎていたんじゃなかろうか。悪い意味で。


 「花村さんは誰が好きでした?」
 「えっ?」


 「『ワースト・デイ・タカハシ』ですよ。『ユヤマニア』の仲間同士でいっつも話題になるんですよ。どの登場人物が一番好きかって。花村さんは誰です?」


 私は笑顔を貼り付けたまま一時停止した。嫌な予感は的中したのだ。実際に作品を読んでいない私には誰が好きか以前に登場人物がわからない。
 三秒間、脳味噌をフル回転させて、私は安全策を絞り出した。『特に好きな人物はいない』これしかない。


 「私は特には……」
 「あれだけ個々のキャラが生きている作品もない。最優秀エンタメ賞の選評でも『全登場人物に吹き込まれた命が、文字を通して読者の脳に訴えかけてくる』って言われてましたからね。息子に読ませたときに同じ質問をしたんですが、『別に誰も好きじゃない』とか言ったんですよ。思わず怒鳴っちゃいましてね。何を言ってんだ! って」


 危ない。とんでもないミスをしてしまう所だった。ここまで順調に進んできたのに、最後の最後、こんなしょうもない質問で躓くわけにはいかない。
 やはり今日の私は冴えている。『誰も好きじゃない』がダメならば、その逆。『みんな好きすぎて選べない』これでいけば大丈夫なはず。


 「いやぁ、そうですよね。私は逆にどのキャラも大好きで……」


 「娘は娘でね。『みんな好きだなぁ』なんてしょうもない回答をしてきたんですよ。『みんな好き』なんて適当な回答は一番ダメですよ。何も考えずに漠然と文字だけを目で追ってた証拠じゃないですか。あの作品を読んで、どの登場人物も好きなんて言えるはずがないんですから。だって、そうでしょう? どうしてあれだけ多様な考え方をする登場人物のどれもが好きなんて言えるんでしょうね。 思わず怒鳴っちゃいましたよ。何を言ってんだ! って」


 ギリギリセーフ。危ない危ない。怒鳴られてしまう所だった。それにしてもこの人はどれだけヒートアップするんだ。不気味なくらいの熱量に私はちょっと引いていた。きっと息子さんと娘さんも引いていたに違いない。
 いや、いかん。悠長にそんなことを考えている場合じゃない。状況は全く好転していなかった。無難な回答が潰された今、特定の登場人物の名前を答えるしか正しい道はない。しかし、作品を読んでいない私に特定の人物の名前など言えるはずがない。
 作品名が『ワースト・デイ・タカハシ』なのだから『タカハシ』は登場するのだろうと思う。ただ、それも推測にすぎない。確証はない。もし間違えば私の嘘が露呈してしまう。そして、この人事部長の『ユヤマニア』感から察するにその嘘がバレるのはかなりまずい。
 ――はっ。
 そこで私の思考は行き着いた。この場を切り抜ける秘策に。百パーセントではないが十分に勝算のある答えに。


 「そうですね……。私の好きなのはやっぱり主人公ですかね」


 室内を一瞬の静寂が満たした。驚いたような表情の人事部長が口を開く。


 「それって、『タカハシ』のこと?」


 勝った。私は賭けに勝った。『オレオレ詐欺のシステムで相手の口から答えを言わせる作戦』は見事的中した。頭の中でたくさんのクラッカーが鳴る。特大花火が打ち上がる。困難を覆した一種の興奮状態から、私の口はマシンガンと化した。


 「そうです。ズバリ私の好きなキャラクターは『タカハシ』です。『タカハシ』のセリフ、思考、行動、外見、全て。何もかもに私は感銘を受けました。『ワースト・デイ・タカハシ』を好きな本に挙げたのもほぼ『タカハシ』の魅力がそうさせたと言っても過言ではありません。私は今後、『タカハシ』を目標に『タカハシ』のように真っ直ぐに生きていきたいと思います!」


 そこでちょうど、面接時間の終わりを告げるアラームが鳴った。我ながら完璧なフィニッシュだった。人事部長は自ら以上の熱量で語る私を呆然と眺めているだけだった。

   *

 ビルを出てから私の気持ちは晴れ晴れとしていた。これだけの手応えを感じた面接は初めてだった。調子が良かったのもあるが、最後の読書のくだりに関しては運が味方をしてくれたと考えるべきだろう。恐らく天が私に囁いていたのだ。君の入るべき会社はここだよ、と。
 どうにも高揚した気持ちを抑えられず、書店に入った。別に何か目的があったわけじゃない。なんとなくまだ勝利の余韻に浸っていたかったのだ。普段は興味のない本も何か素晴らしいもののように見えた。当てもなく物色していると、文庫のコーナーに辿り着いた。
 『ミステリー特集』
 目の前にはそんなポップが掲げられていた。ミステリーと言えば、小説のジャンルの一つだ。全く興味はないが、なんとなく平積みされている一冊を手に取ってみる。就活が落ち着けば、残りの大学生活は大半が自由な時間になるのだ。一冊くらいなら読んでみてもいいかもしれない。
 「金田一耕助シリーズか。なかなか渋い趣味してるね」
 突然、背後から声がして私は慌てて振り向いた。目の前には私より少しだけ背の高い年上の女性が立っていた。キリッとした目に通った鼻筋。服はカジュアルだが、キャリアウーマン感が風貌から滲み出ている。およそ五秒間、沈黙の中で視線を交わし合った。
 えーっと。あれ。やばい。この人誰だっけ?
 「どこかの会社で会った社員かと思った? 安心して。私とあなたは初対面よ」
 まるで心を読んだかのように目の前の女性が言った。そのまま警戒する私の頭にぽん、と手を置く。
 初対面の人がなんで私に話し掛け、頭に手を置いてくるのか。


 「初対面の女性がなんで私に話し掛けてきてるの? なんで頭に手を置いてきてるの?って思ってるでしょう」


 そりゃ思うわ。声には出さずに私は毒づいた。彼女は私の頭の上に置いた手を下ろし、表情一つ変えずに続ける。


 「あなたが就活で困っているんじゃないかな、と思ってね。申し遅れました。私はこういった者です」


 差し出された名刺には『株式会社プラリア 人事担当 月野英子』と書かれていた。


 「人事担当!」


 「株式会社プラリアの人事担当、月野英子と申します。あなたのお名前は?」


 「あっ、あっ、花村富和と申しますっ!」


 人事担当と言えば、我ら就活生にとっては神様のような存在だ。その名刺となれば黄門さまの印籠よりも神々しい。私は慌ててひれ伏……じゃなかった、お辞儀をする。本屋で出会い頭のご挨拶? こんなパターンの就活なんて聞いたことがない。いや、それにしても……。


 「私が就活で困ってる……とおっしゃいました? どうしてそう思うんですか?」


 「就活生だということは、スーツの着こなしですぐにわかるわ。そして今は七月頭。就活も半ばをすぎて、内定ラッシュの時期よね。この時期にまだ街中をうろついている就活生がいれば、それは内定を貰っていないか、もしくは今内定を貰っている会社に不満を持っているか、そのどちらかの理由で就活を続けている人間だということになる。簡単な推論でしょう。さしずめあなた――花村さんは就活があまり上手くいかず、自棄になって本屋さんに立ち寄って、一つ息抜きに大好きなミステリでも読んじゃおうかしらって感じかな?」
 なんて失礼な物言いだ! 私は内心腹立たしく思った。しかもほぼほぼハズレじゃないか。私はミステリなんか好きじゃないし、何より今日、私は面接を成功させて、ここに来ているのだ。自棄なんかじゃない。
 「別に私自身そんなに困ってるつもりはありません。それに今日の最終面接はちゃんと手応えがありましたから。お気遣いは有り難いですが、甘えるつもりは……」
 「ああ、不快に感じたならごめんね。そんなつもりで言ったわけじゃなかったの。ウチの就職面接を受けるも受けないのもあなたの自由。とりあえず私はあなたにその権利を渡すだけだから」
 そう言って彼女は名刺とA4ファイルを手渡してきた。誰がこんな会社受けるものか、と一瞬かっこつけたものの、流石に初対面の人から差し出された物を振り払うような根性はなかった。
 彼女は私に書類一式を手渡すと、手を掲げてそのまま背を向けた。そして何か捨て台詞を残すわけでもなくそのまま立ち去った。
 何だったんだ? 手元に残ったA4ファイルをとりあえず鞄に仕舞い込んだ。昨日までの私なら、この出来事に泣いて喜んだかもしれない。しかし、今は違う。
 私は今日、我ながら素晴らしい面接を展開してみせた。ベストオブベストの面接だった。あの手応えで受かっていないはずがない。内定さえ貰えば、私は就活を続ける気なんてない。ましてや本屋で受験者を探しているような怪しい企業なんて、こっちから願い下げだ!
 腹の底に僅かに燻った苛立ちを鎮めるように、金田一なんちゃらのミステリ本を置いて出口に向かった。今日は帰って祝杯をあげよう。半年間お疲れ様の意味を込めて自分にご褒美をあげよう。そんなシアワセなことを考えながら意気揚々と出口に向かう私の視界に、小さくベストセラー本のコーナーが映った。そしてそこにある『ワースト・デイ・タカハシ』が目に入った。
 ロングセラーの『ワースト・デイ・タカハシ』は発売から半年経った今でも、お客の目に付きやすい場所に置いてある。なんとなく引き寄せられるように私はそこに向かった。
 『ワースト・デイ・タカハシ』は私の働く図書館にも置いてあった。ただし貸出用にきちんと処理されたものだ。本を管理するためのナンバーや文字の書かれたシールが貼られ、ブッカーと呼ばれる透明カバーが掛けられている。その過程で書店で売っている時に本に掛けられている帯は外されている。
 だから私はその帯を見たことがなかった。
 初めて見る『ワースト・デイ・タカハシ』の帯は黒の背景に真っ赤な文字が所狭しと書き込まれていた。
 ――空前絶後のサイコパス! 狂った究極の犯罪者『タカハシ』の最後の一日!
 えっ?
 帯の裏を向けると『タカハシ』の台詞らしきものが書いてあった。

 ――「おいらは社会を、世界をぶっ潰したいんでゲス」
 ――強盗、痴漢、詐欺、殺人、誘拐。全ての犯罪を網羅する『タカハシ』。真っ直ぐに純粋に悪事の限りを尽くす男の最期とは?

 私の頭の中に、面接の中での台詞が蘇る。
 ――そうです。ズバリ私の好きなキャラクターは『タカハシ』です。『タカハシ』のセリフ、思考、行動、外見、全て。何もかもに私は感銘を受けました。『ワースト・デイ・タカハシ』を好きな本に挙げたのもほぼ『タカハシ』の魅力がそうさせたと言っても過言ではありません。私は今後、『タカハシ』を目標に『タカハシ』のように真っ直ぐに生きていきたいと思います――
 あの時、呆然としていた人事部長は私の熱弁に心動かされたわけではなかった。『ワースト・デイ・タカハシ』の中でも最悪のキャラ、最悪の主人公の『タカハシ』のように生きていきたいなんていうトンデモナイ就活生が目の前に現れたから驚いていたのだ。
 何で主人公がそんな凶悪な人間なのか。しかも一人称が『おいら』で語尾は『ゲス』。どう高く見積もってもカッコいい主人公なわけがない。そんな人間が主人公だなんて誰が想像できるのか。
 「その前に……こんな本をエンタメ大賞に選ぶなっ!」
 私はあくまで周囲のお客さんに迷惑のかからない声で唸った。

   *

 それから二日後、無事お祈りメールを貰った私は株式会社プラリアのESを必死に仕上げていた。人事の月野さんには大見得を切ってしまったが、背に腹はかえられない。次こそ最後のチャンスだ。ここで絶対に内定を掴んでみせる。
 私は心に誓い、必死にペンを走らせた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?