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M.Caillaudレトロプロブレム傑作選(52)

(52) Michel Caillaud (Mat Plus 39-40 2010)

#27 (10+7)  Proca Retractor

 始めに、Proca Retractorというルールについて説明しておこう。 これは白から始めてn手逆算し、最終的に黒Kを1手詰にできる局面を復元することを目標としている。しかし、この目的に対し黒は協力してくれないので、白は黒の戻し手を制限するような逆算が必要になる。また、駒取りの有無、及び駒取りの場所と取られた駒種は取りを行った側が決められる(逆に、駒を取られる側にそれらの決定権があるものは、Høeg Retractorという)。

 もう一つ、この作品を理解する上で不可欠なルールがある。それは
同形三復ルール(Threefold repetition)と呼ばれるものである。具体的には、同一局面が3回出現するとその時点でドローとなるというものだ(尚、局面が完全に“同一”かどうかの判定基準には、en passantやcastlingの権利の有無も含まれ、これを利用した興味深い作例も幾つかある)。

 では、作品を分析していこう。白のなくなった駒はQRRBSSの6枚で、これらは全てh筋の黒P3枚によって取られている(このことは、黒はP以外の駒を戻しても、白駒を発生させることはできないことを意味する)。また、黒のなくなった駒はQRRSSPPPPの9枚で、このうち3枚は白Pに取られたことが分かっている。
 逆算手順としては白Kがチェックをかけられにいくしかない(そうでないと、黒側の逆算手順を限定することができない)ので、以下のような感じになる筈だ。

Retract: 1.Kb6-b7 Be1-f2+ 2.Ka5-b6 Bf2-e1+ 3.Kb6-a5 Be1-f2+ 4.Ka5-b6 Bf2-e1+ 5.Kb6-a5???

           (5.Kb6-a5の局面)

 しかしこれは、白の1手目・3手目を戻した局面と同一なので、同形三復ルールにより5手目にKb6と戻すことができない。他に手もないので、これでは失敗である。しかし、どうしたら白でなく黒側に手を変えさせることができるのだろうか? 作者の用意した回答は、シンプルながら意外なものである。

Retract: 1.Kb6-b7 Be1-f2+ 2.d6xBc7 Bb8-c7+ 3.Ka5-b6 Bf2-e1+ 4.Kb6-a5 Be1-f2+ 5.Ka5-b6 Bf2-e1+ 6.Kb6-a5 Kd4-d5+

           (6...Kd4-d5+の局面)

 つまり、2手目にd6xBc7 Bb8-c7+という応酬を差し挟むだけで、白の思惑通り黒側に手を変えさせることができるという訳だ。こう言われただけではキツネにつままれたような気分になると思うが、詳しく解説したい。

 以下、何度か反復される局面がいくつかある(この作品では繰り返し手順の単位が2.0手なので、そのような局面は各サイクル毎に4つある)が、そのうち最初に出現する局面のことを判定基準局面(Criterion phase)と呼ぶことにしよう。先の紛れ順においては、判定基準局面は白が初手を戻した局面である。

          (紛れにおける判定基準局面)

 しかし、2.d6xBc7 Bb8-c7+を追加すると、判定基準局面は2手目に黒がBをe1に戻した局面になる。

          (作意における判定基準局面)

 この違いにより、作意順では黒が手を変えざるを得ない状態となっているのだ!

 蛇足かもしれないが、視覚的に局面の反復が分かりやすいよう、手順において白K/黒Bの位置のみを抽出してみよう。すると、このようになっている。

・紛れ
1.b6/f2 b6/e1 2.a5/e1 a5/f2
3.b6/f2 b6/e1 4.a5/e1 a5/f2
5.(b6/f2)

・作意
        2...b6/e1
3.a5/e1 a5/f2 4.b6/f2 b6/e1
5.a5/e1 a5/f2 6.b6/f2 (b6/e1)

 確かに判定基準局面が変化していることがお分かりだろう。

 ここさえ把握できれば、後は同様の手順を繰り返すだけだ。各サイクル毎に白がPで黒Bを発生させることにより、結果として白黒双方のK鋸が出現する。

[7.Kc6-b6 Bh3-g2+ 8.c4xBb5 Ba6-b5+...12.Kc6-d7 Ke4-d4+]
[13.Kc5-c6 Be1-f2+ 14.e5xBd6 Bc7-d6+...18.Kc5-b4 Ke3-e4+]
[19.Kd5-c5 Bh3-g2+ 20.d3xBc4 Bb5-c4+...24.Kd5-e6 Kf3-e3+]

          (24.0手目の局面)

 6.0手1サイクルの趣向を4度繰り返すと、白Kと黒Kがそれぞれd5/f3に達する。後は手際の良い収束を見るばかりだ。

25.Kd4-d5 Be1-f2+ 26.Kc3-d4 Bf2-e1+ 27.Kd2-c3 and 1.Be2#

           (詰め上がり)

(10+11)

 手順としては以上だが、最後にこの局面がlegalであることを確認しておこう。黒Bは6枚のうち4枚が成駒だが、これらは全てa~d筋の黒Pが直進して成ったものだ。また、黒のなくなった駒はQRRSSの5枚だが、白はa,b筋でcross captureし、c,d筋ではそれぞれ1枚ずつ取れば、a~d筋の黒Pが駒取りせずに成ることは可能であり、白Pg7が残り1枚の駒取りをしたとすれば、駒取りの枚数もちょうどぴったり。従って、27.Kd2xRc3のような余詰もなく、この局面は確かに合法である。


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