全国大会参加記(平成25年)その4

「10分ほど待てば空きますよ」との言葉を信じて、若島組は3次会の会場をワタミとしたのだが、結局30分近く待たされただろうか。やっとのことで部屋に入り、左に小林さん、右に若島さんという絶好の位置を確保する。向かいはキングオブマニアと浦野先生。なかなかオイシイ席だ。

(18)太田君と則内さん

スナップ写真(平成25年)18

 恐らく太田君はワタミにいる間、一言も発言していないのではないかな?
このカシオミニを賭けてもいい(by漆坂教授)

(19)浦野先生と北浜先生

スナップ写真(平成25年)19

北浜先生は最近二歩を打ってしまったことを散々ぼやいていらっしゃたが、
カメラを向けると最高の笑顔を作ってくれました。

(20)角さんと會場君

スナップ写真(平成25年)20

個人的には、會場君と会って話ができたのが今大会の一番の収穫だ。ちゃんと文章が書ける貴重な若手詰キストとして、これからますますの活躍を期待したい。

 最近やっと「なんで詰将棋を作らないのか」と聞かれることがなくなり、正直ほっとしている。聞く方は悪意はないのだろうが、聞かれる方は「孫はまだ?」と会う毎に姑からプレッシャーを掛けられる長男の嫁のような気分になるのだ。声がかからなくなったということは、もうそろそろ私も元作家の仲間入りをしてもいい頃なのだろう。良かった良かった、と思って気を緩めていると、右隣から思わぬ攻撃を受けた。
「高坂君、最近は作っていないのか?」
「いやあ、僕はもう綺麗にfade outしようと思っているんで」
すると若島先生はこう仰ったのだ。
「確かに『何で昔はあんなに巧かったのに、今はこんなのしか作れないのかなあ』という作家もいるよね。(本当はここで若島先生は実名を挙げられたのだが、余りに畏れ多い人なのでとても私には書けません)でも、今そう思われるのは、過去の栄光があったからじゃないか。そもそもそれなりのレベルに達したと周りから思われたことのない作家は、衰えたって誰も気にしてくれないんだよ」

 私自身は「老いてますます盛んというのは不自然だ」と思っているのだが、時の流れに抗おうとするような創作活動というのも、はたから見ている分には面白いものだろう。思うに、創作活動の収束の仕方というのは、創作された作品と同じくらいその人の個性が現れるのではなかろうか。野村克也のように見苦しい迄にじたばたするのを良しとする人もいるし、八代目桂文楽のように潔く身を引くのを良しとする人もいるだろう。勿論私は後者がいいと思っているのだが。
 若島流のひねくれたエールを受け、すぐに創作活動を再開しようと思った訳ではないが(そもそも私には今、創作をするだけの時間的余裕がないのだ)、改めて自分の「引き際」について考えさせられたのだった。

 この後は再び上田組の残党と合流し、昨日も行った「笑笑」へ。ついて間もなく、浦野先生が「高坂君、ssさんが『高坂氏とはぐれた』と言って泣いているよ」と教えてくれたが、時すでに遅し。浦野先生はssさんにメールしてくれたようだが、もう反応はなかった模様。このあとは、浦野先生の独演会を楽しませて頂いた。(K先生ネタは最高でした!)2時ごろ解散。

 うーん、やっぱり今年も全国大会を一番楽しんだのは私ではないだろうか。

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