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不死王曲 (27)

 津波の瞬間に死ななかったら、どっかに閉じこめられるんだ。泳いで、脱出する。ひとりで。夜中に。わたし、泳ぐのはけっこう得意なんだよ。実は、知らないだろうけど、中学のときに県大会で記録持ってるから、いまはどうか知らないけど。夜中、は、やっぱりあぶないか、明け方、わたしは沈没してる外に出る。
 すごい景色だと思う。空を、わたしが泳いで、飛んでる。光が、こう、ぶわっと道に落ちて、ゆらゆら揺れて、いままで誰も見たことないところから世界を見てる。人っこひとりいない。水族館まで、泳ぐ。泳いでるわたしはきれいだと思う。天使だよ。廃墟をひとりで泳いでるとか。しかも明け方、これができたら、もうわたしは満足、映像に残ったら死んでもいい。これくらいドラマチックなこと、ふだんからあればいい。あるかもしんないけど、どんな事件も事故も当事者になれずに生きてきてしまった。そうか、恐怖の大王ね、あれだよ。地球人が平等に主役になれるチャンスがあって、わたしは、見事にそれをのがした。もう来ないかな、あの人、大王。
 水族館に泳ぎつく。
 しずかで、時間がとまったみたいに空気が動かなくて、わたしひとりだけ、ってこと以外は全部ふつうの水族館みたいで、わたしはとりあえず水族館をぐるっとまわる。水族館の生きものって、本当に生きものなんだよね、ただの。生きてるだけ、最短距離で。ペンギンとか、かわいくないんだよね。じっとしてる。子供がカメラかまえてても、愛想をふりまくこともしなくて、ただ、夫婦でじっとプールの端で立ってる。食いものを手に入れるとか、そういう活動の必要がないかぎり、動く意味がないんだよ。野生の生きものは本当に合理的で、むかつくくらい合理的で、生きるのに最短距離なんだ。交尾、セックスだって愛してて気持ちいいからじゃなくて、ただ、子孫をふやそうっていう本能から、やってるだけ。だから、日本が水没してさ、それで水族館はどうなってるんだろ。やっぱり、じっとしてる気がするよ。エネルギー温存しないといけないから。それで、わたしが通りかかると、ぎらぎらした目で食いものを要求する。まったくいやされないね。本当は。水族館の魚とかタコとかカニとか、あの無機質な生活を見るのがたまらなくて。むかつくけど、デートするときって、わたしは本当にその人を好きだから、だから、客観的に自分を見るのにも、いい。本能だけで生きてるのを見て、ああ、しょせん子孫繁栄なのか、って思って、あんまりはめをはずさないようにって誓う。水族館で、わたしはそのうち、水槽を見てるのがいやになる。とりあえず生きる、そういうだらしないのがいや。ちがうだろ。わたしは、食いものもらってれば、じっと動かずに生きてる、ってわけにはいかないから、そいつらの視線をさけるために、水族館をとりあえず出るね。となりの、プラネタリウムに逃げる。あれをひとりで動かせるのかどうか知らないけど、なんとかして、見たい、ひとりで。一回、行ったことある。そのときもデートだった。でも、ひとりで見てると、またなんかちがう気がする。ひとりじめした感じは、水族館よりぜんぜん気持ちよくて、ビッグバンは、ブラックホールは、って、わたしだけのために説明してくれて。やってみたいのは、床に寝転がってプラネタリウム観賞ね。で、そのまま寝る」
普律殿下「よく分からないけど、すごく分かりました」
 閑話休題。
 速い。もう神田川水上警察署は目的地についたらしい。ごん、ごん、ごん、と、洗濯機のようなうねる音がしてとまった。
 なにもかも、とまった。
 処刑の顛末は、簡単に記しておこう。
 三人は、屋上につれだされた。
 中野坂上、新宿と中野の境界線が神田川である。花見のときのように、見物人が川の両側にずらり。祭りの屋台まで出張っていた。
 茉莉杏殿下、普律殿下はギロチン、青山は絞首刑である。
茉莉杏殿下「普律」
 茉莉杏殿下が普律殿下を名前で呼ばれたのは、この物語では二度目のはずだ。
茉莉杏殿下「あなただけでも生きなさい。人間には死ぬのと同じくらい、避けられない運命がある。生きることです」
 普律殿下は、感動なさった。
茉莉杏殿下「チャップリンか誰かが言っていた」
 だいなしである。
 刑吏らも同じ心境だったらしく、皆々、舌うちをした。刑吏五人、告解聴聞司祭ひとりである。
 茉莉杏殿下が普律殿下の手をにぎることを、しかし、六人は黙過した。

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