マガジンのカバー画像

小説「不死王曲」/戯曲「煉獄島殺人事件?」/小説「夏至物語」

100
運営しているクリエイター

記事一覧

不死王曲 (28) 終

不死王曲 (28) 終

茉莉杏殿下「これから、あなたは、たったひとりで戦うことになる。覚悟はできていますか」
普律殿下「戦う。まだ、私たちに勝機はあるのですか」
茉莉杏殿下「死なないかぎりは。そして、あなたは、けっして死なない」
 茉莉杏殿下は、時間を流した。
 何百年もの時間を吹き飛ばした。
 何百年も生きて、いま、やっとその時間の流れが、普律殿下にも、感じることができた。とても、普律殿下のほそい、ちいさな体にはおさま

もっとみる
不死王曲 (27)

不死王曲 (27)

 津波の瞬間に死ななかったら、どっかに閉じこめられるんだ。泳いで、脱出する。ひとりで。夜中に。わたし、泳ぐのはけっこう得意なんだよ。実は、知らないだろうけど、中学のときに県大会で記録持ってるから、いまはどうか知らないけど。夜中、は、やっぱりあぶないか、明け方、わたしは沈没してる外に出る。
 すごい景色だと思う。空を、わたしが泳いで、飛んでる。光が、こう、ぶわっと道に落ちて、ゆらゆら揺れて、いままで

もっとみる
不死王曲 (26)

不死王曲 (26)

普律殿下「無理だ。あいつら、撃ってくる。はじめから殺す気だ」
青山「殿下」
普律殿下「なさけないことを言うなと言うのか。撃たれてみろ、痛いぞ」
 モニターに私服がうつった。
私服「おや、元気そうですね」
普律殿下「死んでると思ったか」
私服「まあいい。いずれにせよ、長い命ではないのだ。せいぜい茶でもすすっていなさい」
 モニターが消えた。
 そうした。
 茶をすすった。 
 閑話でもしようか、とい

もっとみる
不死王曲 (25)

不死王曲 (25)

 皆々(この書きかたは雑ながら場面を総括できている感じがしていい)、普律殿下、茉莉杏殿下、青山にかかっていった。ヘリから、無慮二〇人ばかりの特殊工作隊めいたいでたちの男たちが、おりてきたのだ。
茉莉杏殿下「痛い」
私服「やさしくしろ」
 と、言いつつも、ニューナンブらしい拳銃をかまえながらである。
 連行が終わった。前面にホワイトボードとモニターがある、会議室めいた部屋に通された。
 神田川まで、

もっとみる
不死王曲 (24)

不死王曲 (24)

青山「おお」
普律殿下「じい」
青山「はい」
普律殿下「死なないようだ」
青山「おお」
普律殿下「だが、痛い」
青山「養生なさいませ」
普律殿下「おまえ、あの薬」
青山「はい」
普律殿下「本物か」
青山「はい」
 そのとき、ボートの横にボートをつけて、
少年「あんたたち、すげえな」
 少年がものすごいいきおいでこいでいる。ひらり、こちらへ飛びのった。
少年「撃たれたか」
普律殿下「それはもうどうで

もっとみる
不死王曲 (23)

不死王曲 (23)

 さて、普律殿下と浜口、目があった。暗くなった瞬間、茉莉杏殿下はお休みになられていた。まだ寝ておられる。
 少年が救命ボートに身をかくし、ロープをナイフで切って、無事、逃げおおせたのを見ていた、普律殿下。
 走った。
 撃った。
 撃たれた。
 が、普律殿下のいきおいは、とまらない。
 救命ボートに身をかくした。
普律殿下「姉上、青山」
茉莉杏殿下「なに」
 よくひびいた。起こされて、不機嫌である

もっとみる
不死王曲 (22)

不死王曲 (22)

 皆既日食が終わったとき、普律殿下と浜口、目があった。暗くなった瞬間、茉莉杏殿下はお休みになられていた。まだ寝ておられる。
 なにもかもが、あるべき場所、あるべきありかたにおさまった。
読者「ふざけすぎではないか。ふざけるな」
 そうだろうか。私はあったことを忠実に記述しているだけなのだが。太宰治も言っているではないか。
読者「なんて」

難破して、自分の身が怒濤に巻き込まれ、海岸にたたきつけられ

もっとみる
不死王曲 (21)

不死王曲 (21)

浜口「きさまのような若者は、好きだ。私と少し遊ぼう。この銃を、ここに置いておく。二〇歩ずつはなれて、うつぶせに寝る、合図と同時に起きあがって走る」
 先に銃をとったほうが、撃てる、というわけである。
 皆々、固唾をのんで、ふたりの準備をながめていた。
 合図があった。
 浜口が速かった。
浜口「遅いね。遅いよ、きみ」
 と、勝ち誇って銃口をむけたそのとき、驚嘆せよ、皆既日食が起きた。
 こうなる予

もっとみる
不死王曲 (20)

不死王曲 (20)

普律殿下「おじいさん」
青山「はい。おお、さっきの」
普律殿下「はい、さっきの。実はですね」
青山「分かっています。殿下」
普律殿下「(万感とともに)はい」
青山「ご立派になられて」
普律殿下「姉上もつれてきましょう」
青山「待ってください。マイクの男がこちらを見ている。あとにしましょう」
普律殿下「はい。王宮の様子はごぞんじですか」
青山「スポーツ報知でしか知りませんが」
普律殿下「なんです」

もっとみる
不死王曲 (19)

不死王曲 (19)

普律殿下「姉上」
茉莉杏殿下「なんだ」
普律殿下「様子がおかしいようです」
茉莉杏殿下「分かっている」
普律殿下「そもそも」
茉莉杏殿下「なんだ」
普律殿下「なぜ、甲板に呼びつけるのでしょうか。なぜ、われわれは、素直に出向かなければならないのでしょうか」
 道理である。茉莉杏殿下は、
茉莉杏殿下「理屈を言うな」
 とおっしゃった。なにもかも、分からないからである。それにしても、おふたりが最後、皆々

もっとみる
不死王曲 (18)

不死王曲 (18)

 そうこうしているうちに、両殿下は甲板、デッキに来た。茉莉杏殿下はわが道を行かれていただけだったのだ。そして、それは、かならずしも最短距離ではなく、どんどん人気(ひとけ)のないところへ行くようだった、普律殿下は不安になられたが、それでも、だまって背中を追いかけておられた。
 私は両殿下の御気象をよくぞんじているつもりだ。この事案は典型的なおふたりの反応、行動であって、なつかしすぎてまた笑えてくる。

もっとみる
不死王曲 (17)

不死王曲 (17)

茉莉杏殿下「うろたえもの」
 と言われるのはもういやなのだ。逆行への意志は強く、どこまでも、延々、人の波を切って歩かれる。その長さ、とりとめのなさ、あるいはまた倦怠、疲労を表現するために志ん生の黄金餅の道行でも読んでおこう。下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下に出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出て、そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっつぐに、筋違御門から大通

もっとみる
不死王曲 (16)

不死王曲 (16)

 閑話休題のセミコロンが挿入されたようで、私が思い出すのは、傑作映画、十二人の怒れる男、である。その序盤を少しすぎたあたりで、雨がふる。自分の記憶のみで書くほうが、まちがいも勘ちがいもあっておもしろいでしょう、そうでしょう、という気持ちでつづける、その雨の効果が、まさしく、
俚諺「水をさす」
 なのであって、頭をひやされるのであって、この作劇術には大学生の私も心底感心した。
 鼓笛隊のファンファー

もっとみる
不死王曲 (15)

不死王曲 (15)

老人「そうでしょうか」
普律殿下「いや、あなたの十五年がむだだったと言ってるんじゃないんです」
老人「ありがとう」
普律殿下「それで、つまり、これから、帰るんですか」
老人「高松で、ちょっとしたやぼ用をすませてから、帝都へ。長いあいだ、墓まいりもしていなかったので、見ておこうと。弟夫婦にも会っておきます」
普律殿下「つまり、あなたは、不老不死の薬を手に入れたのですか」
老人「はい」
普律殿下「ちょ

もっとみる