東京地裁 国家賠償 面会交流判決

国家賠償請求事件
東京地方裁判所平成30年(ワ)第7263号
令和元年11月22日民事第1部判決
口頭弁論終結日 令和元年9月13日

       判   決

       主   文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
1 被告は,原告A,原告B,原告C,原告D,原告E,原告F,原告G,原告H,原告I及び原告J(以下「原告Aら」という。)に対し,それぞれ50万円及びこれに対する平成30年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告K,原告L,原告M及び原告N(以下「原告Kら」という。)に対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成30年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,夫婦間で婚姻中に別居又は離婚して別居となった場合における,未成年の子と別居している親(以下「別居親」という。)の立場にある(又は別居親の立場にあった)原告らが,憲法上保障されている別居親と子との面会交流権の権利行使の機会を確保するために必要な立法措置を取ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠ってきたことは,国家賠償法1条1項上の違法な行為に該当すると主張して,被告に対し,原告Aらについては慰謝料各50万円の支払,原告Kらについては慰謝料各100万円の支払及びこれらに対する不法行為後の日である訴状送達の日(平成30年4月10日)の翌日から支払済みまで民法所定年5分の遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)原告らは,いずれも夫婦間の別居により,未成年の子と別居することとなった別居親,又は別居親だった者である(甲9の1,10の1,11の1.12の1,13の1,14の1,15の1,16,17,18の1,19の1,20の1,21の1,22の1)。
(2)関係法令の定め
ア 平成23年法律第61号による改正後の民法(以下において,単に「民法」という場合は同改正後の民法を指す。)には下記の条項がある。
(ア)766条1項
 父母が協議上の離婚をするときは,子の監護をすべき者,父又は母と子との面会及びその他の交流,子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は,その協議で定める。この場合においては,子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
(イ)766条2項
 前項の協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,家庭裁判所が,同項の事項を定める。
(ウ)820条
 親権を行う者は,子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。
イ 我が国は,児童の権利に関する条約に批准し,同条約は平成6年5月22日に発効した。同条約には下記の条項がある。
(ア)3条2項
 締約国は,児童の父母,法定保護者又は児童について法的に責任を有する他の者の権利及び義務を考慮に入れて,児童の福祉に必要な保護及び養護を確保することを約束し,このため,すべての適当な立法上及び行政上の措置をとる。
(イ)9条1項
 締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし,権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は,この限りでない。このような決定は,父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。
(ウ)9条3項
 締約国は,児童の最善の利益に反する場合を除くほか,父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。
2 争点
(1)別居親の面会交流を実質的に保障する立法をしなかったという立法不作為の違法性(争点1)
(原告らの主張)
ア 別居親の面会交流権は,下記のとおり,憲法上保障された権利である。
(ア)憲法26条
 最高裁昭和51年5月21日大法廷・刑集30巻5号615頁(以下「旭川学テ事件最高裁判決」という。)は,憲法26条は,子の学習権を充足するためのものとして,親の教育の権利及び義務を認めている旨判示しているところ,親の監護権は,教育権及び義務の前提をなすものであるから,憲法26条は親の監護権をも保障していると解される。そして,憲法上保障されている親の監護権は,同居や親権の有無により区別されることのない普遍的な権利であるから,親権のない別居親の監護権も憲法上保障されているといえる。そして,監護権の発露として想定される様々な場面において,親子が実際に会うことが予定され,そのことが監護権の中核をなしていることからすると,別居親の面会交流権は,親としての監護権の一態様として憲法26条より保障された権利であるといえる。
(イ)児童の権利に関する条約及び憲法98条2項
 児童の権利に関する条約3条,9条1項及び3項等の規定からすれば,子の面会交流権を認め,子の権利保障のための法整備義務を定めたものと解し得る。そして,子は,自ら意思表示ができないのであるから,子の権利保障のためには,別居親の面会交流を保障する必要があり,子の面会交流権と別居親の面会交流権は表裏一体の関係にある。
 憲法98条2項は,条約の遵守義務を定めており,児童の権利に関する条約を遵守して面会交流権を保障する立法をすることは憲法上の義務といえる。
(ウ)憲法14条1項
 「平穏な婚姻関係状態にある父母の下で育つ子」は,父母と日常的に会う機会があり,少なくとも法的にそれが阻害されている状況にはないが,「別居あるいは離婚した父母の下で育つ子」については,子と同居している親(以下「同居親」という。)が面会交流を拒んだ場合には,別居親と十分な交流の機会を持つことが困難であり、同居親の意向という子には如何ともし難い事情によって,別居親と交流する機会が制限されてしまう現状にあり,父母と日常的に交流することが法的に阻害されている状態にある。上記の同居親の意向による面会交流の制限を可能にしている法の欠缺状況は,「平穏な婚姻関係状態にある父母の下で育つ子」と比較して,「別居あるいは離婚した父母の下で育つ子」が父母と日常的に会う機会を合理的な理由なく制限するものであり,憲法14条1項に反する。
 被告は,そもそも同居親には面会交流が観念し得ない旨反論するが,同居親が子と直接触れ合って監護養育することは広い意味での面会交流ができている状態とも評価しうるのであって,別居親と子との間についてのみ面会交流が制限されている現状は,法の下の平等に反する状態であるといえる。 
(エ)憲法13条
 憲法13条に基づく幸福追求権は,個人の人格的生存に不可欠な利益を追求する権利であるところ,自らの子と面会し,交流する機会を確保することは,親である一人の人間が人格的に生存するために不可欠なものであり,他方で,子にとっても,親との面会交流は人格的生存に不可欠であるから,憲法13条に基づく幸福追求権によって基礎付けられる権利の一つとして,別居親の面会交流権は憲法上保障されている。
 面会交流権の内容は,一義的に明らかになっており,人格的利益として保障されていることは学説上も通説となっている。
(オ)憲法24条2項
 憲法24条2項は,家族についても個人と個人の関係であるとして,これを尊重しなければならないと規定したものであり,婚姻中に別居した場合や離婚後の親子のかかわり方についても,個人の尊厳に立脚した法整備が行われなければならないと解される。憲法24条2項は,憲法13条,14条1項を家族生活の中に具体化したものであるとされるから,憲法24条2項によっても,被告は別居親の面会交流を確保する法整備を整えるべき義務を負っているといえる。
イ 前記アのとおり,別居親の面会交流権は憲法上保障されている権利であるところ,現行法下においては別居親の面会交流の機会が十分保障されておらず,別居親の面会交流権の行使の機会を確保するために下記の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるといえる。
(ア)現状では,民間の面会交流施設はあるが,裁判所との連携が法的に担保されておらず,そのことが面会交流の促進を大幅に阻害している。したがって,裁判所と第三者機関との直接的な連携に関する法的整備が必要不可欠である。
(イ)現状では,同居親が面会交流を望まない場合,面会交流調停を引き延ばし,面会交流を命ずる審判に対して抗告する等して,面会交流の実現を先延ばしにすることが法制度上可能である。したがって,調停の申立時や面会交流を命ずる審判が出た際に,暫定的な面会交流を実施できるようにする法的整備が必要不可欠である。
(ウ)現状では,面会交流の履行確保の手段がなく,同居親が面会交流に関する決まりを反故にしてもペナルティがない。したがって,柔軟に間接強制を認め,養育費や婚姻費用の支払停止等の面会交流の執行を確保するための法的整備が必要不可欠である。
ウ 上記の立法不作為について,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠っているといえる。
(被告の主張)
ア 別居親の子との面会交流は,以下のとおり,憲法上保障された権利ではない。
(ア)憲法26条に基づく主張について
 旭川学テ事件最高裁判決は,親の教育の権利が憲法26条により保障されているものとは判示しておらず,一定の範囲において「親の教育の自由」が存在することを認めたものにすぎない。そして,親の教育の自由の前提が子どもの教育を受ける権利であって,親の監護権ないし別居親の面会交流権が前提とされるものではない。したがって,旭川学テ最高裁判決が,親の監護権を保障したものと判示したとみることはできないし,ましてや別居親の面会交流について憲法上の権利として保障したと判示したとも解し得ない。
 また,原告らの主張する親権の有無によって区別されることのない普遍的権利としての監護権の内容は不明確であり,そのような不明確な権利が憲法26条により保障されるとは認められない。
(イ)児童の権利に関する条約及び憲法98条2項に基づく主張について
 憲法98条2項は,個別の国民の権利を直接保障する規定ではないし,原告らの指摘する児童の権利に関する条約3条,9条1項及び3項は,締約国に対し,子の権利を尊重するよう求めた規定と解するほかなく,各条項が別居親の面会交流を権利として保障したものではないことは明らかである。
(ウ)憲法14条1項に基づく主張について
 「平穏な婚姻関係状態にある父母の下で育つ子」と「別居あるいは離婚した父母の下で育つ子」とは,もともとの置かれている状況が異なるのであり,「平穏な婚姻関係状態にある父母の下で育つ子」については面会交流自体を観念できないのであるから,その状態が憲法14条1項に違反しているかのようにいう主張は失当である。
(エ)憲法13条に基づく主張について
 原告らの主張する別居親の面会交流権の内実は,そもそも具体的な権利内容,法的効果が一義的でなく,曖昧なものであって,そのような曖昧な権利が憲法13条により保障されているといえないことは明らかである。
 面会交流が権利として認められているかや,それが別居親の権利として認められているかについては学説上も議論が分かれており,原告らの主張はその中の一つの意見によるものにすぎない。
(オ)憲法24条2項に基づく主張について
 原告らは,別居親の面会交流権が憲法13条,14条1項により認められていることを前提に,それを具体化したものが憲法24条2項である旨主張するが,憲法13条,14条1項が別居親の面会交流を権利として保障したものでないことは前記(ウ),(エ)のとおりである。また,別居親の子との面会交流は,民法766条1項において規定されているとおり,婚姻及び家族に関する法制度の一部として,法律が具体的内容を規律しており,面会交流権が,具体的法制度を離れて,憲法上の権利として保障されているとまで解することはできない。
(カ)仮に,子を主体とする面会交流に一定の権利性が認められるとしても,面会交流はあくまで子の福祉の実現のための制度であって,別居親を主体とする面会交流権まで保障するものではない。
イ 別居親と子との面会交流に関する定めとしては,民法766条1項があり,これに加えて立法を行うことが必要不可欠とはいえないし,それが明白ともいえない。
(ア)原告らの主張する裁判所と第三者機関との直接的な連携に関する法的整備については,その内容が不明確である。
(イ)原告らの主張する調停の申立時等に別居親と子との暫定的な面会交流を実施できる制度については,別居親が児童虐待を行っている場合等もあるのであり,子の利益を最も重視すべき面会交流において,別居親の利益を考慮して,暫定的な面会交流を実施できる制度が必要不可欠とはいえない。
(ウ)原告らの主張する面会交流の執行確保のための法的整備についても,現行法でも一定の場合には間接強制が認められており,新たな立法措置を執ることが必要不可欠とはいえない。
(2)原告らの損害の発生及び数額(争点2)
(原告らの主張)
ア 原告Aは,○年○月○日に妻が長女を連れ去って以降,長女と別居状態になった。原告Aは,○年○月○日に長女との面会交流調停を申し立てたが,妻側が面会交流を拒否しており,その状況を改善する法的手段が無いため長女に一度も会えていない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
イ 原告Bは,○年○月○日に妻が長男を連れて実家に戻って以降長男と別居状態になった。○年○月○日に長男との面会交流が実施され,○年○月○日に面会交流調停を申し立てたが,妻が応じようとしなかったため,○年○月○日に面会交流が実現するまでの間,1年にもわたって長男に会うことはできなかった。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
ウ 原告Cは,○年○月○日に妻が長男と次男を連れ実家に戻って以降,長男及び次男と別居状態になり,○年○月○日には長女が出生した。原告Cは,○年○月○日に面会交流調停を申し立てたが,○年○月○日に面会交流が実施されるまでの1年3か月の間,全く子供たちに会うことはできなかった。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
エ 原告Dは,○年○月○日に夫が長女と次女を連れ去って以降,子らと別居状態になった。○年○月○日の審問期日において,原告Dと夫は,面会交流を自由に実施することに合意したが,その後,○年○月から夫が長女との面会交流を拒否するようになり,2年以上にわたり,長女との面会交流を実施できていない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
オ 原告Eは,○年○月○日に妻が長男と次男を連れて実家に戻って以降,長男及び次女と別居状態になった。その後,原告Eは,長男及び次男と面会交流を行っていたが,○年○月○日に妻の代理人から離婚調停の終了まで面会交流を遠慮して欲しい旨告げられたため,○年○月○日まで約9か月間は面会交流が実施されなかった。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
カ 原告Fは,○年○月○日に妻が長男と長女を連れて実家に戻って以降,長男及び長女と別居状態になった。その後,○年中に3度の任意の面会交流が実施され,原告Fが○年○月○日に面会交流調停を申し立てたものの,その後は一度も子らと会えていない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
キ 原告Gは,○年○月○日に妻が長男を連れて実家に戻って以降,長男と別居状態になった。その後,原告Gは,○年○月○日に監護者指定審判及び子の引渡し審判を申し立てたが,○年○月○日に一度面会交流ができたほかは一度も長男と会えていない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
ク 原告Hは,○年○月○日に夫が長女を連れ去って以降,長女と別居状態になった。原告Hは,○年○月に面会交流調停を申し立て,面会交流審判及び抗告審において長女との面会交流を命ずる審判がなされたが,夫の抵抗等により○年○月まで長女と会うことはできず,約3年5か月間長女と会うことはできなかった。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
ケ 原告Iは,○年○月○日に夫が長男及び次男を実家に連れ帰って以降,長男及び次男と別居状態になった。原告Iは,子の監護者指定及び子の引渡し審判を申し立て,連れ去りから3か月後に試行面会にて子らに会うことはできたが,その後も○年○月○日の抗告審決定により子らの監護者と指定されて引渡を受けるまでの期間は,夫の妨害行為により,面会交流の延期や時間の短縮が頻繁に行われた。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
コ 原告Jは,○年○月○日に妻が長女を連れて出て行って以降,長女と別居状態になった。原告Jは,○年○月○日に面会交流調停を申立て,○年○月○日に面会交流が実現するに至ったが,その後は妻が調停期日に出頭しなかったり,妻から長女がインフルエンザに感染したとの連絡があった等の事情により面会交流が実現していない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は50万円を下ることはない。
サ 原告Kは,○年○月○日に妻が長男及び次男を連れて実家に戻って以降,長男及び次男と別居状態になった。その後,2度の面会交流調停の申立ての末,○年○月に面会交流を認める調停が成立したが,別居から1年半にもわたって長男及び次男と面会できなかった。また,○年○月から次男の面会交流が実現されなくなり,その後○年○月○日に長男及び次男が原告Kの下に戻ってくるまでの間,次男と面会交流ができなかった。以上の事情からすると,その精神的苦痛は100万円を下ることはない。
シ 原告Lは,○年○月○日に妻が長男を連れてシェルターに入って以降,長男と別居状態になった。原告Lは,○年○月○日に面会交流調停を申し立てたが,○年○月○日に1時間だけ面会交流が実施されたほかには,面会交流は実現しなかった。その後,○年○月○日から○年○月○日までの間は,2か月に1回の頻度で面会交流が実施されていたが,その後は妻が面会交流を拒絶するようになり,現在に至るまで長男と面会できていない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は100万円を下ることはない。
ス 原告Mは,○年○月○日に原告Mが実家に戻ったことを契機に,夫が自宅に入ることを拒むようになり,同日から長男と別居状態になった。原告Mは,○年○月○日及び○年○月○日に各1時間面会交流した後,○月○日に面会交流調停を申立て,審判移行した結果,月1回6時間の面会及び3か月に1回の宿泊面会等を認める審判が確定した。しかし,審判確定後も夫は誠実に面会交流に協力していない。以上の事情からすると,その精神的苦痛は100万円を下ることはない。
セ 原告Nは,○年○月○日に妻が長男及び長女を実家に連れ帰ったことを契機に,長男及び長女と別居状態になった。原告Nは,○年○月○日に面会交流調停を申し立て,最終的に○年○月,毎月1回4時間の面会交流を命ずる旨の審判が確定した。しかし,同審判確定後もたびたび面会交流が中止されるようになり,○年○月以降は面会交流が全く実施されていない。原告Nは,面会交流審判の間接強制決定を得たが,妻側が面会交流及び間接強制への請求異議申立てを行い,強制執行仮停止決定を得たため,面会交流及び間接強制が実施できない状態にある。以上の事情からすると,その精神的苦痛は100万円を下ることはない。
(被告の主張)
 否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(別居親の面会交流権を保障する立法をしなかったという立法不作為の違法性)について
(1)国家賠償法1条1項における違法の判断においては,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではないが,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである(最高裁平成17年9月14日大法廷・民集59巻7号2087頁。以下「最高裁平成17年判決」という。)。したがって,本件については,別居親の面会交流権が憲法上保障されており,その権利行使のために原告らが主張するような法制度を立法することが必要不可欠であって,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠っているといえる場合であるかどうかを検討することになる。
(2)憲法26条に基づく主張について
ア 原告らは,旭川学テ事件最高裁判決において,憲法26条は同居や親権の有無によって区別されることのない親の監護権が憲法上保障されていることを判示しており,親子が実際に会って交流することが監護権の中核をなしていることからすると,別居親の面会交流権は,親としての監護権の一態様として憲法26条により保障された権利である旨主張している。
 旭川学テ最高裁判決は,子どもの学習をする権利を定め,同権利に対応して,親が子の教育に対する一定の支配権(子女の教育の自由)を有する旨判示しているものの,同判決がそれを超えて,別居親の面会交流権を憲法上保障された権利であることまで判示したものとみることは困難である。この点につき,原告らは,旭川学テ最高裁判決において,『子どもの教育は,その最も始源的かつ基本的な形態としては,親が子との自然的関係に基づいて子に対して行う養育,監護の作用の一環としてあらわれる』と判示する部分があることを指摘するが,同部分は子の教育の最も基本的な形態が親の監護としてあらわれるという社会的事実を指摘しているにすぎず,それ以上に憲法上の権利として監護権や面会交流権を保障されていることを判示する趣旨とは認められない。
イ そして,憲法26条が,原告らの主張するような別居親の面会交流権までを憲法上の権利として保障しているとする根拠も他に見当たらないのであって,憲法26条が別居親の面会交流権の憲法上の権利性を認めた規定と解釈するのは困難である。したがって,憲法26条に基づいて,別居親の面会交流権が憲法上保障された権利であるということはできない。
(3)児童の権利に関する条約及び憲法98条2項に基づく主張について
ア 最高裁平成17年判決の趣旨に照らせば,仮に立法不作為が条約の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではないが,条約が,直接締約国の個々の国民に対し具体的な権利を保障するものである場合に,その権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠るときには,例外的に国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものと解する余地もあるので,さらに検討する。
 そして,特定の条約が,国内法による補完ないし具体化といった措置を執ることなく,直接個人の所属国に対する権利を保障するものとして,国内の裁判所において適用可能であるというためには,当該条約によって保障される個人の権利内容が条約上具体的で明白かつ確定的に定められており,かつ,条約の文言及び趣旨等から解釈して,個人の権利を定めようという締約国の意思が確認できることが必要であると解するのが相当である。
イ そこで児童の権利に関する条約をみると,3条2項及び9条1項については,その文言上面会交流について定めたものとみることはできない。同条3項については,別居親と子との交流について規定する条項であるところ,同項は,父母の一方と分離されている児童について,『定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。』と定めており,あくまで児童の別居親との面会交流の権利を尊重する旨を定めているにすぎず,別居親に対して直接権利を保障する旨の文言はなく,児童に与えられる権利の内容も具体的で明白とはいえないから,同条約が,国内法による補完ないし具体化といった措置を執ることなく国内において適用可能なものとはいえず,あくまで子の面会交流の権利を尊重する旨約したものにすぎないと解される。
ウ この点につき,原告らは,〔1〕児童の権利に関する条約10条2項において,父母と異なる国に居住する児童が,定期的に父母との人的関係や直接の接触を維持する権利を有すると定められていることや,〔2〕国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律が施行されていることを指摘し,父母が海外にいる場合の方が手厚い保護を受けられることの不均衡等を主張している。しかしながら,上記〔1〕については,前記イで述べた同条約9条3項の趣旨を,他国に居住する親子間の文脈において,児童又は父母の出入国の自由の尊重として敷衍したものと解するのが相当である。また,上記〔2〕についても,同法律中の面会交流その他の交流に関する援助に関する規定(第2章第3節)が,別居親の憲法上又は条約上の権利の存在を裏付けるものとはいい難い。
 以上のとおりであるから,児童の権利に関する条約が,我が国の個々の国民に対し,面会交流について直接権利を付与するものとはいえず,面会交流権を保障するものであるともいえないから,児童の権利に関する条約及び憲法98条2項を根拠として,別居親の面会交流権が憲法上保障された権利であるということはできない。
(4)憲法14条1項に基づく主張について
 憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきである(最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
 原告らは,「平穏な婚姻関係状態にある父母の下で育つ子」と比較して、「別居あるいは離婚した父母の下で育つ子」が父母の双方と日常的に交流する機会が少なくなっていることが憲法14条1項に違反する旨主張する。
 しかしながら,上記の交流機会の差異は,本質的には,社会的事実としての両親の別居により生じるものであり,面会交流に関する立法の不作為によって親子の交流の機会に不平等が生じたものとみることはできないから,その差異を法的な差別的取扱いとみることは困難である。 
 結局,原告らの上記主張は,憲法14条1項との関係では,父母の双方と交流する機会の実質的不平等を是正するための積極的な立法措置を執る義務がある旨をいうものと思われるが,憲法14条1項が実質的平等までを直接保障した規定とは解すことはできない(最高裁平成27年12月16日大法廷・民集69巻8号2586頁参照)。
 したがって,別居親の面会交流権における現行法の規定が,憲法14条1項に違反するものとはいえない。
(5)憲法13条に基づく主張について
ア 原告らは,自らの子と面会し,交流する機会を確保することは,親である一人の人間が人格的に生存するために不可欠なものであり,他方で,子にとっても,親との面会交流は人格的生存に不可欠であるから,別居親の面会交流の権利は,憲法13条に基づく幸福追求権によって基礎付けられる権利の一つである旨主張し,これに沿う証拠として,O教授の意見書(甲23)を提出する。上記意見書は,要旨,面会交流を子の権利として捉えるとともに親の権利であるともとらえる複合的権利説(14頁)を前提として,別居親の面会交流も,親としてのアイデンティティを確立するという人格的利益を保障するものであり,面会交流の権利は別居親の人格的権利として法的構成することができること(21頁)を述べた上で,上記人格的権利は,親の人格的生存にとって不可欠のことであるから,憲法で保障される人格権と解釈することができる可能性を指摘している(21,22頁)。
イ しかし,上記意見書を前提としても,面会交流の法的性質についての議論の状況は,これを子の権利として構成する見解,親権・監護権の一部と解する見解,親の権利であるとともに子の権利であるとする見解があり,さらに,過去の有力説として,面会交流権を法的に承認することは,かえって子の利益に反するとして,権利性を否定する見解も紹介されるなど,通説的見解がいずれであるかはさておくとしても,別居親が面会交流の権利を有しているかどうかや,認められるとしてもその具体的内容がいかなるものであるかについて,その議論が一義的に定まっているとは評価し難い。
 さらに,上記意見書は,別居親が面会交流を行う権利について,憲法13条により保障された人格権として「展開する可能性」との表現を用いるなど(21頁,22頁),これを前提としても,上記の見解が,学説上において通説的地位を占めているとはいい難い。
ウ(ア)そもそも,原告ら提出の証拠(上記意見書のほか甲6,7等)を前提としても,面会交流の問題は,両親の別居等という社会的な事実を前提として発生し,両親の間で子の養育に関する意見が対立し,かつ,別居等自体に伴う感情的な相克や相互不信が存在する中で発生する問題であり,現行法(民法766条1項,2項,家事事件手続法154条3項,別表第2の3項)の規定が,別居親による面会交流を直接阻害するという関係にあるとはいえない。
(イ)また,上記の対立構造の中で,別居親による面会交流を,どのような内容(頻度・時間・場所等)で,どのような方法により実現すべきかは,当該子及び両親の具体的な状況等により異なり,特に,子の利益(民法766条1項)又は福祉が優先して検討されるべきであり,その観点から,面会交流を全面的に制限すべき場合も存することは,原告の指摘する諸外国の制度(甲6,7等)においても共通するところである。これらの事情に照らせば,別居親において,面会交流について人格的な利益を有することを前提としても,その具体的な内容を特定することは困難というほかない。
エ 以上によれば,別居親において,子の養育に関して人格的な利益を有するとしても,これを憲法13条により保障された権利と解することは困難なものというほかなく,原告らの前記アの主張は採用できない。
(6)憲法24条2項に基づく主張について
ア 憲法24条2項は,離婚や家族に関する事項について,具体的な制度の構築を第一次的に国会の合理的な立法裁量にゆだねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものといえる(最高裁平成27年12月16日大法廷・民集69巻8号2586頁参照)。
イ この点,前記(5)で述べたとおり,面会交流の問題においては,現行法自体が,別居親による面会交流を直接に阻害するものとはいえず,また,面会交流の実現につき,別居親において人格的利益を有するとしても,その内容を具体的に特定することはできないものであって,前記アで述べた国会の合理的な立法裁量について,上記の人格的利益を指針として何らかの限界を画し,その逸脱の有無を論ずることは,そもそも困難といわざるを得ない。
ウ(ア)原告らは,その主張する立法不作為との関係で法的整備をすべき事項として,〔1〕裁判所と民間の第三者機関との直接的な連携に関する法的整備,〔2〕面会交流調停の申立時や,面会交流を命ずる審判の確定前に,暫定的な面会交流を実施できる制度に関する法的整備,〔3〕同居親が面会交流を反故にした場合に,柔軟に間接強制を認め,養育費や婚姻費用の支払停止等により面会交流の執行を確保するための法的整備が必要不可欠である旨主張している。
(イ)しかしながら,〔1〕については,第三者機関の法制度上の位置づけや裁判所との「直接的な連携」等の点で,具体的にどのような法的整備をすることを主張する趣旨であるかは明らかとはいえない。少なくともそのような立法がなされていないことが,立法府に与えられた裁量を逸脱したものと評価することはできない。
 〔2〕については,調停・審判手続中の暫定的な面会交流の制度的担保として理解できるが,一方で,合意によらずにこれを行う場合には,当事者間の対立がさらに先鋭化し,手続全般が遅延する可能性等につき検討する必要があるものと考えられ,原告らの主張するような法的整備を設けていないことが直ちに不合理とはいえず,立法府に与えられた裁量を逸脱したものと評価することはできない。
 〔3〕については,原告らの主張する「柔軟な間接強制」について,その具体的な内容は明らかではない上,現行の民事執行制度全般との整合性等についての検討を要するものと考えられるし,養育費や婚姻費用の支払停止等の制度については,当該支払停止自体が,少なくとも一時的には子の経済的利益に反する事態となることは十分考えられるのであって,そのような立法がなされていないことが国会の裁量を逸脱しているものとは到底いえない。
(ウ)全体として,原告らが主張する立法措置は,一般的な意味で面会交流の実現を促進するといい得るものの,具体的な制度設計についての検討を欠くものや,その導入のデメリットについての検討を要するもの,さらに,現行の調停・審判手続や民事執行手続との整合性の検討を要するものであり,この点は,前記イのとおり,原告ら(別居親)の人格的利益を基準として,立法裁量の逸脱等を検討することの困難を反映しているものといわざるを得ない。
エ したがって,原告らの主張するような立法がなされていないことが,国会に与えられた合理的裁量を逸脱するものとは認められず,民法766条1項,2項を中心とした現行の面会交流についての法律等の定めが,憲法24条2項に違反するものとは認められない。
(7)小括
 以上からすると,別居親の面会交流権が憲法上保障されている権利であって,その行使の機会を確保するために原告らが主張する立法措置を執ることが必要不可欠であって,それが明白であるとは認められない。
2 結論
 以上によれば,被告の立法不作為について,国家賠償法1条1項の違法性が認められないから,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも認められない。
 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 前澤達朗 裁判官 中畑章生 裁判官 豊澤悠希


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