名人戦を終えて

△5九飛――

敵陣に王手を放ち反撃に出た一手。このあたりから配信サイトで対局の様子をみていましたが、渡辺先生の目線は虚空を見つめている姿が映し出されました。もう局面のことは考えていない。気持ちをどう整理するか。そんな雰囲気がそこにはありました。

最後は銀のただ捨てで先手玉が受けなしになり、渡辺先生が投了。時代のちょうど分岐点にいるのを目の当たりにしました。藤井聡太名人の誕生である。おめでとうございます!

私は所司一門として兄弟子である渡辺先生を応援していました。3月に棋王戦で敗れ失冠したときも、まだ名人があるから。兄弟子はまだ強いんだ。そう思いながら見続けていました。

今回の名人戦は角換わりがメインだった棋王戦とは異なり、雁木や矢倉が中心となりました。序盤の駒組みは互角で推移して、中盤以降の力勝負。お互いに力の出る展開を望んだのだと思います。

しかし終わってみれば藤井先生の4勝1敗。内容はどれも名局といっても差し支えのない将棋だったと思いますが、結果は大きく開いてしまった。もちろん藤井先生が強いのは分かっていますが、それにしてもこの結果を見ると渡辺先生を応援している自分としてはつらいものがあります。

私は今年の3月に奨励会を退会しました。三段に上がるまでもすごい時間が掛かりましたが、とにかく三段リーグで勝てなかった。たまに勝っても、対局相手の姿を見ると何か申し訳ない気持ちになる自分がそこにいた。その時点で勝負師としては終わっていたのだと思う。それでも心の中では「奇跡」を信じていた。何か自分には起こると。しかし現実に「奇跡」は起きなかった。

3~4月の間は本当に精神的につらい時期でした。長らく連絡していない学生時代の方にも連絡をして助けを求めていた。その中で1人に大きく突き放され、絶望と同時に、周りに甘えてばかりじゃダメだなと感じました。いくらつらくても自力で立ち上がらないといけない。運任せの「奇跡」なんて起きやしないのだから。

ご縁があり5月から中継記者として、再び将棋界に携わるようになりました。どういった形で棋士の対局を伝えるか、今もなお試行錯誤している段階です。読んでいただいた方に、少しでも対局の臨場感や対局者のリアルな考えや声などを伝えられたらと思っています。

また明日以降の発表予定になりますが、将棋に関連したことを新たに始めようと思っています。いろいろあって私1人でスタートになりますが、今の自分のすべてを出したものになると思いますので、こちらもお楽しみに。


勝負の世界は残酷だ。誰かが勝って喜ぶ者もいれば、それと同時に負けて悲しむ者もいる。だからこそ美しくもあるのかもしれない。全力で盤上で向き合っている両対局者の姿を見て、改めて感じた次第です。私は今回の名人戦を通して勇気をもらいました。

藤井聡太先生、渡辺明先生、本当にお疲れさまでした。


今日は以上になります。ここまで読んでいただきありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?