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『峠を渡る若い風』(1960年・鈴木清順)

 1960年、日活は、石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎に次ぐ「第四の男」和田浩治を加えて、ダイヤモンドラインを結成。この四人のスターの主演作をローテーションで公開(その名も「ピストン作戦」)。日活アクションは黄金時代を迎える。そのなかで最年少だったのがヒデ坊の愛称で親しまれた和田浩治。風貌が裕次郎に似ていることから「裕次郎二世」とも呼ばれた。「若い弾丸」「不敵な新人」として大々的に売り出された和田浩治の主演作を任されたのが、西河克己や鈴木清順たちだった。
 ハイティーンの和田主演のアクション映画は、屈託のない明るさに満ちた、コミカルなものが多く、日活アクションのパロディ的な位置づけをされ、裕次郎、旭、赤木に比べて、これまであまり評価されることもなかった。
 鈴木清順監督とは『くたばれ愚連隊』(60年11月23日公開)、『東京騎士隊』(61年2月1日)、『無鉄砲大将』(61年4月16日)、『峠を渡る若い風』(61年8月27日)、『海峡、血に染めて』(61年10月1日)、『百万弗を叩き出せ』(61年12月1日)などの作品でコンビを組んでいる。そのほとんどで、和田の相手役をつとめたのが、本作のヒロインでもある清水まゆみ。小林旭&浅丘ルリ子、赤木圭一郎&笹森礼子とともに、日活アクション黄金時代を支えた名コンビである。
 『峠を渡る若い風』の主人公・船木信太郎(和田)は、全国をきままな旅をして回っているハイティーンの大学生。バイト先がつぶれて、賃金代わりに貰って来た女性用の下着を縁日で売って、旅の代金にしようと思っている。貸し売りお断りとバスに断られ、ヒッチハイクで同乗したのが、美佐子(清水まゆみ)たちの奇術一座のトラックの荷台。日活アクション版「伊豆の踊子」といった趣の快調な滑り出し。 
 さて、信太郎が同行したのは、今井金洋(森川信)率いる旅の奇術一座。その妻・金花に初井言栄、座員のエディ村川に土方弘、女好きのジョージ望月に藤村有弘、怪力男ヘラクレス佐野に藤田山。そしてピエロの栗田源次にベテラン杉狂児。といった一行に、色を添えているのがストリッパーのマリリン朱実に扮した星ナオミ。奇術一座も人気は下火。頼りのストリッパーは、地元の興行師・秋田久助(近藤宏)に引き抜かれてしまって大弱り。
 旅一座の浮草稼業の侘しさや哀歓は、日活アクションにも関わらず、鈴木清順の古巣の松竹調を思わせる。小津安二郎が、戦前に蒲田で撮影した『浮草物語』(34年)的なムードに溢れている。もとより大衆芸能好きな清順監督のこと。従来の和田浩治のドライでコミックな「小僧アクション」に比べて、こうした情感あふれる描写に独特の味がある。特に、浅草出身のコメディアン森川信の座長は味わい深い。
 一座のピエロである栗田源次の過去を道化の下に隠しているという設定は、ハリウッドの『地上最大のショウ』(52年)の殺人犯でピエロに身を隠しているジェームズ・スチュワートを思わせるが、演じたのは杉狂児。戦前、日活多摩川の『世紀は笑ふ』(41年マキノ正博)で松旭斉天勝の奇術一座に加わる主人公に扮しているが、トーキー初期からのコメディアンで、日活の大スターだった杉の持ち味を、上手く活かしているのは、清順監督ならでは。
 一方、信太郎が仲間入りをするテキ屋一家の描写も実に楽しい。小津映画で活躍していた突貫小僧こと青木富夫扮する満月の三平の気の良さ。仙波一家の青木(藤岡重慶)たちとの旅は、“道中もの”の楽しさに溢れている。夜店で、慣れぬ口上で信太郎が下着を売っていると、助っ人にやってくるのが、流れ者・おてぶらの健(金子信雄)。日活アクションでは、ヒーローに倒される悪のボスを演じ続けていた金子が、小林旭や宍戸錠もかくやの、この映画における好敵手的存在というのが、なんとも意外。その健がブラジャーを身につけて啖呵売をするのだ! ジョージに因縁をつけられた信太郎が、祭りの夜に対決するシーンでは、かき氷のシロップが、信太郎の顔にかかるたびに、顔色が次々と変わる。清順監督の色彩の遊びがすでにここで見られる。
 タイトルバックに流れる主題歌は、伊藤満の「相馬新唄」。ローカリズム満開、のんびりした世界がスクリーンいっぱいに広がる。挿入歌は、他に井上ひろしの「想い出だけじゃつまらない」、島倉千代子の「襟裳岬」がクレジットされているが、劇中、和田浩治も一曲歌っている。奇術一行が信太郎たちと別れて旅に出るシーンのバックに、「船頭小唄」が流れるが、森繁久彌風に歌っているのが和田浩治。音楽シーンでは、後半のマジックショウで、コミックバンドが演奏する場面がある。これが当時、人気が出始めたハナ肇とクレイジーキャッツ・スタイルなのである。もちろんご当人たちではない。
 日活アクションのパロディ的要素と、清順監督の「旅芸人」に対するまなざし。芸人映画の味わいもあり、プログラムピクチャーとしての楽しさに溢れた一編となっている。

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