海外ミステリー映画史 PART5    1960年代(その1)

*1998年「カルト映画館 ミステリー&サスペンス」(社会思想社)のために執筆したものを加筆修正。(映像リンクで実際の作品、予告編が観れます)


 フランスではヌーベル・ヴァーグが主流となりつつあったが、ベテラン、ルネ・クレマン監督は、『見知らぬ乗客』の原作者として知られるパトリシア・ハイスミスの「才人トマス・リプレイ」を映画化した『太陽がいっぱい』(1960年)を発表している。貧しい青年アラン・ドロンが、金持ちの息子モーリス・ロネを殺害して、彼になりすまして財産と美女を手にするが、意外なところから犯行の真相がばれてしまう。ニーノ・ロータの音楽に、ルネ・クレマンのオーソドックスな演出、アラン・ドロンのストイックな表情。そのどれをとっても一級の映画で、この年のミステリー映画最大の収穫となった。

太陽がいっぱい(1960)予告

 この年、アルフレッド・ヒッチコック監督は、初のショッカー映画『サイコ』(1960年)を発表。モーテルで繰り広げられる謎の殺人を追った探偵が殺されてしまうという、プロットはそれまでの推理映画のセオリーを覆し、精神異常者による犯行も含めて、ハリウッド・サスペンスに新風を送り込んだ。

サイコ(1960)予告

サイコ(1960)本編 

 イギリスで『赤い靴』(1948年)などを演出してきたマイケル・パウエルが、映画と殺人をテーマにした異色の犯罪映画が『血を吸うカメラ』(1960年)である。撮影所の助監督をしているカメラ・マニアの偏執狂の主人公(カール・ベーム)は、女性が殺される瞬間の恐怖に凍り付いた表情を撮影することに無上の喜びを感じている。三脚にナイフが仕込んであり、撮影しながら殺すのだ。『赤い靴』のヒロインだったモイラ・シアラーがスタジオで殺されるシーンは、丁寧な描写の積み重ねが得もいわれぬ恐怖を生み出す。

血を吸うカメラ(1960)予告

血を吸うカメラ(1960)本編

 『サイコ』に始まる偏執狂が主人公の犯罪映画は、1960年代のひとつの潮流となる。巨匠ウイリアム・ワイラー監督の『コレクター』(1965年)は、蝶を採集するのが趣味の銀行員(テレンス・スタンプ)が、人里離れた一軒家で、蝶に飽き足らず美しい女子大生(サマンサ・エッガー)を誘拐してしまう。彼女には指一本触れることなく、やさしく飼育するが、逃げ出したい一心の彼女は色仕掛けで彼を油断させようとするが失敗する。なんとか彼を気絶させて雨の中、逃げ出すが追われて再び彼の虜となり、肺炎を拗らせて死んでしまう。犯罪映画というには、あまりにも異常な偏執狂の世界が展開される。

コレクター(1965)

 『西部戦線異状なし』(1930年)などで知られる名匠ルイス・マイルストンが、フランク・シナトラをはじめとするいわゆるシナトラ一家を率いて『オーシャンと11人の仲間』(1960年)をリリース。第二次大戦中の戦友たちが集結して、ラスベガスの送電線を切って、停電させ、ホテルのカジノから売上金をごっそりいただこうという計画をたてる。当時、シナトラはラスベガスのサンズ・ホテルのオーナーだったため、実現したという映画。
 シナトラ・クランと呼ばれる、ディーン・マーチン、サミー・ディビス・ジュニア、ジョーイ・ビショップといった面々が、演技というより普段の雰囲気をうまく出して、荒唐無稽な強奪作戦を展開させる。意外なオチも含めて、創る側も観る側もリラックスして楽しめる快作。
 1998年、フランク・シナトラが亡くなったとき、ラスベガス中のホテルが停電したというニュースが流れたが、おそらく誰かが<シナトラ追悼>の意味で、電源を切ったのだろう。このニュースに『オーシャンと11人の仲間』を思い出した人もいるだろう。
 イギリスでもジャック・ホーキンスをはじめとする七人の軍隊仲間が銀行強盗を試みるというプロットの『紳士同盟』(1960年・ベイジル・ディアデン監督)が作られている。公開当時、どちらかがアイデアをいただいたのではという物議をかもしたとか。
 第二次大戦中の戦友たちが集結して、ラスベガスの送電線を切って、停電させ、ホテルのカジノから売上金をごっそりいただこうという計画をたてる。当時、シナトラはラスベガスのサンズ・ホテルのオーナーだったため、実現したという映画。
 シナトラ・クランと呼ばれる、ディーン・マーチン、サミー・ディビス・ジュニア、ジョーイ・ビショップといった面々が、演技というより普段の雰囲気をうまく出して、荒唐無稽な強奪作戦を展開させる。意外なオチも含めて、創る側も観る側もリラックスして楽しめる快作。
 1998年、フランク・シナトラが亡くなったとき、ラスベガス中のホテルが停電したというニュースが流れたが、おそらく誰かが<シナトラ追悼>の意味で、電源を切ったのだろう。このニュースに『オーシャンと11人の仲間』を思い出した人もいるだろう。

オーシャンと11人の仲間(1960)予告

 イギリスでもジャック・ホーキンスをはじめとする七人の軍隊仲間が銀行強盗を試みるというプロットの『紳士同盟』(1960年・ベイジル・ディアデン監督)が作られている。公開当時、どちらかがアイデアをいただいたのではという物議をかもしたとか。

紳士同盟(1960)予告 

紳士同盟(1960)本編 

 イギリスには『マダムと泥棒』(1955年・英・アレクサンダー・マッケンドリック監督)などの<泥棒映画>というジャンルがある。ロンドンのとある下宿に、音楽家と称する五人の男がやってくる。
 アレック・ギネス、ピーター・セラーズ、ハーバート・ロム、ダニー・グリーンの五人は実は、この家をアジトに現金輸送車強奪を計画している。人の良い下宿のマダム(ケティ・ジョンソン)は、何かと彼らの面倒を見ようと、5人を悩ます。結局6万ポンドをせしめるが、仲間割れをしてしまい5人はお互い殺しあって全滅してしまう。マダムは警察にお金を届けるが、とりあってもらえず、結局大金を手にすることになる。

マダムと泥棒(1960)

 適度なユーモアを織り交ぜながら展開する犯罪コメディは、1960年代になってからも作られている。
 『泥棒株式会社』(1960年・英・ロバート・デイ監督)は、刑務所に服役中のピーター・セラーズたちが、所内にアリバイを作って堂々と外へ抜け出て、現金輸送車を襲撃する。前後に護衛の軍隊を従えた現重装備の現金輸送車を、堂々と吊し上げて奪ってしまうという奇想天外なアイデアも光る。盗んだダイヤモンドを刑務所内にかくしてしまうなど、本当に人を食ったようなアイデアが連続の犯罪コメディ。
 喜劇的に作られた収容所脱走もの『謎の要人・悠々逃亡!』(1961年・英・ケン・アナキン監督)や、オーストラリアからやってきたギャング団にせっかくの収穫を横取りされたロンドン泥棒組合連合会が警察を休戦協定を結ぶという『新・泥棒株式会社』(1962年・英・クリフ・オウエン監督)など、犯罪コメディが作られている。

泥棒株式会社(1960)クリップ

謎の要人・悠々逃亡!(1961)本編

新泥棒株式会社(1962)予告 

エスピオナージュ映画の登場

 ミステリー映画の範疇に、スパイ映画いわゆるエスピオナージュが登場したのも、60年代の特長のひとつだろう。グレアム・グリーンの原作をキャロル・リードが映画化したといえば『第三の男』だが、『ハバナの男』(1960年・英)はスパイもののパロディともいうべきコメディ。
 キューバのハバナで掃除機の代理店を経営しているアレック・ギネスのもとにイギリス諜報部のノエル・カワードから秘密司令を帯びる。モーリン・オハラの美人スパイと恋に落ちたり、革命計画に巻き込まれたりと、原作自体がスパイ小説のパスティーシュなので、映画のタッチもユーモラスに展開する。

ハバナの男(1960)予告 

 東西両陣営の冷戦が続くなか、国家の機密や陰謀を扱うスパイ映画が数多く作られつつあった。当時、ベストセラーだったのが、元イギリス情報部員だったイアン・フレミング原作の「ジェームズ・ボンド」シリーズ。第一作は「ドクター・ノオ」を原作にした『007は殺しの番号』(1962年・テレンス・ヤング監督)で、国際犯罪組織スペクターの陰謀を、腕利きの英国情報部員ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)が打ち砕くという、いささか荒唐無稽なストーリーと、つるべ打ちのアクションが大好評で、たちまちシリーズ化された。

007は殺しの番号(1962)予告

007/危機一発(1963)予告

007/ゴールドフィンガー(1965)予告  

 「ロシアより愛をこめて」を原作にした第二作『007/危機一発』(1963年・英・テレンス・ヤング監督)と平行して、プロデューサーのハリー・サルツマンは、レイ・ディントン原作の「イプクレス・ファイル」を映画化した『国際諜報局』(1964年・英・シドニー・J・フューリー監督)を発表している。
 こちらは、マイケル・ケインの情報部員ハリー・パーマーが、組織内に救うダブル・スパイの正体を暴くという、シリアスな現代の諜報戦をリアルに描いた、007とは対極にある本格スパイ映画。
 ハリー・サルツマンのプロデューサーとしての感覚が素晴らしいのは、こうしたバランス感覚で、ジェームズ・ボンドと陽とするならばハリー・パーマーは陰の存在だった。
 黒ぶち眼鏡をかけたマイケル・ケインの公務員然とした表情がいかにも冷戦下のスパイという感じがした。続いて『パーマーの危機脱出』(1966年・英・ガイ・ハミルトン監督)は、ディントンの「ベルリンの葬送」を原作にボンド・シリーズ第3作『007/ゴールドフィンガー』(1964年・英)のガイ・ハミルトンが監督している。こちらも、シリアスな仕上がりだった。

国際諜報局(1964)予告

 パーマーの危機脱出(1966)予告

  ベルリンを舞台にしたスパイの脱出劇といえば『寒い国から帰ったスパイ』(1965年・米・マーチン・リット監督)もシリアスな作品だった。原作はスパイ小説の雄ジョン・ル・カレの同名小説。イギリス諜報部員のリチャード・バートンが東独へ潜入して、二重スパイの存在を東側の諜報機関に伝える。が、その背後にはイギリス情報部の陰謀が隠されていた。まるでスパイを消耗品のように扱う非常の世界。重厚な演出が見ている者に重くのしかかる。俳優のリチャード・ウイドマークが製作・主演した『秘密諜報機関』(1961年・米・フィル・カースン監督)もシリアスなスパイ・スリラーで、アメリカ映画ながらイギリス映画の重厚な雰囲気がただよっていた。

寒い国から帰ったスパイ(1965)予告

秘密諜報機関(1961)本編 

 さて、007風のプレイボーイ・スパイの荒唐無稽な亜流がぞくぞくと銀幕に登場したのが60年代中盤の映画界であった。まずアメリカのMGMテレビが、007の生みの親のイアン・フレミングにネーミングを依頼した「0011ナポレオン・ソロ」は連続テレビ・シリーズとして好評を博しており、その映画版は『罠を張れ』(1964年・ドン・メドフォード監督)を第一作に、『0011ナポレオン・ソロ 消された顔』(1965年・ジョン・ニューランド監督)から第八作の『0011ナポレオン・ソロ 地球を盗む男』(1968年・サットン・ローリー監督)まで作られた。
 いずれもテレビで前後編のエピソードを再編集、劇場版にブロウアップしたもの。
 ロバート・ボーンのナポレオン・ソロとデビッド・マッカラムのイリア・クリアキンのコンビが、地球制服を狙う秘密組織スラッシュの陰謀を打ち砕くというものだが、お話のスケールもテレビ・サイズで、ジャック・パランスはじめ往年のギャング映画俳優が同窓会的に顔をそろえた第五作『0011ナポレオン・ソロ対シカゴ・ギャング』(66年・ジョセフ・サージェント監督)が印象に残るのみで、映画的興趣に湧かないものが多かった。

0011ナポレオン・ソロ 罠を張れ(1964)予告 

0011ナポレオン・ソロ 消された顔(1965)予告

0011ナポレオン・ソロ 地獄へ道づれ(1966)予告 

0011ナポレオン・ソロ対シカゴ・ギャング(1966)予告 

0011ナポレオン・ソロ 消えた相棒(1966)予告 

0011ナポレオン・ソロ ミニコプター作戦(1967)予告

0011ナポレオン・ソロ スラッシュの要塞(1967年)予告 

0011ナポレオン・ソロ 地球を盗む男(1968年)予告

 プレイボーイ・スパイとえいば、武芸百般のアクションスター、ジェームズ・コバーンの『電撃フリントGO!GO作戦』(1966年・ダニエル・マン監督)と『電撃フリント・アタッ ク作戦』(1967年・ゴードン・ダグラス監督)二部作や、ディーン・マーチンが飲んだくれのスパイを演じた『サイレンサー/沈黙部隊』(1966年・フイル・カースン監督)から『サイレンサー/破壊部隊』(1968年)まで四部作作られている。前者は、滅法ケンカに強く、後者は鼻歌まじりに事件を解決してしまう。女性にモテるのはいずれも同じ。

電撃フリントGO!GO作戦(1966)予告

電撃フリント・アタッ ク作戦(1967)予告

サイレンサー/沈黙部隊(1966)クリップ

サイレンサー/破壊部隊(1968)予告

 そうした60年代プレイボーイ・スパイの流れをくむのがマイク・マイヤーズ主演の『オースティン・パワーズ』(1997年)だろう。パワーズが眼鏡をかけているのは、ハリー・パーマーへのオマージュ。マイケル・ケインのハリー・パーマー・シリーズ第三作『10億ドルの頭脳』(1967年・英)は、テレビ界出身の気鋭ケン・ラッセルが監督しているだけあって、前半はいつものシリアスな展開だが後半になると007もかくやの荒唐無稽な場面が繰り広げられる。残念ながら本作を最期にシリーズが中断される。が、30年後の1995年、ロシアとイギリスの合作でテレフィーチャーながら「国際諜報員ハリー・パーマー Wスパイ」(1995年・ジョージ・ミハルカ)と「国際諜報員ハリー・パーマー 三重取引」(1996年・ダグラス・ジャクソン)としてよみがえった。
 マイケル・ケインのパーマーはイギリス情報部を首になって、モスクワで私立探偵事務所を経営している。サンクトペテルブルグで、かつて旧ソ連の女性との間にできた息子と再会し、彼はパーマーの良きパートナーとなるが、その息子を演じていたのが初代007のショーン・コネリーの実子であるジェーソン・コネリーというのが、スパイ映画ファンにはたまらなかった。

10億ドルの頭脳(1967)予告

国際諜報員ハリー・パーマー Wスパイ(1995)予告 

国際諜報員ハリー・パーマー/三重取引(1996)予告


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。