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 鈴木清順監督『オペレッタ狸御殿』(2005年)は、何も奇抜な映画ではない。「狸御殿映画」は連綿と続いて来た日本映画、そしてステージの伝統。ミュージカル不毛と言われる邦画界で、その時々のレビューのスターを総動員して、歌と踊りのカラフルなページェントを繰り広げて来たのが「狸御殿」。

 狸の世界を舞台に、満月城のたぬ吉郎ときぬた姫が繰り広げる恋のさやあてとお世継ぎ騒動。大体がこのパターンで、豪華絢爛なレビュー映画は、戦前からニッポンのスクリーンを賑わしていた。

【戦前から戦中にかけての「狸御殿」事始め】

 その、こと始めは1939(昭和14年)まで遡る。後に大映の名物プロデューサーとなる永田雅一が新興キネマ京都撮影所長だった頃、忍術映画や化け猫映画、そして怪談などいわゆるゲテモノを連作していた。映画=見せ物というポリシーの永田は、徳島に伝わる「阿波狸伝説」がベースの『阿波狸合戦』(39年4月・寿々多呂久平監督)を製作。「狸もの」というジャンルが映画界に誕生した。
 その年の秋、レビュー志向が強かった木村恵吾監督による『狸御殿』(39年10月)がいよいよ登場。人間社会に憧れるきぬた姫と純真なお黒には美人スター高山広子、小鼓山のたぬ吉郎には伊庭駿三郎が扮し時代劇レビューを繰り広げた。これが音楽映画「狸御殿」の第一作。ゲテ物映画の一ジャンルが、木村恵吾という才能に恵まれ、「狸御殿」は本格的なレビューの代名詞となった。
 やがて太平洋戦争。情報局の命令により、新興キネマは日活、大都映画の三社と併合され、大映が発足。その目玉として1942(昭和17)年に作られたのが木村恵吾監督・脚本による第二作『歌ふ狸御殿』だった。戦時中ながら、「シンデレラ」や作られたばかりのハリウッド映画『オズの魔法使』(39年)の要素も盛り込み、暗い時代の徒花的な豪華レビューとなった。
 キャストも高山広子=お黒、そして宝塚出身の宮城千賀子=狸吉郎、同じく宝塚出身の草笛美子=きぬたという豪華版。ここから歌劇出身スターによるレビューがお楽しみとなる。男装の麗人・宮城千賀子(宝塚では東風うらら)のさっそうとした姿は、歌劇を見たことない地方の女性ファンも魅了。戦時中にも関わらず「シンデレラ」を翻案した物語。進歩的女性タヌキが腹鼓に抵抗したりとリベラルな内容。あきれたぼういずの益田喜頓がコミカルな河童のぶく助としてお笑いを担当。楽曲は古賀政男。ともあれこの第二作が後の「狸御殿」のベースとなる。

【戦後復興と「狸御殿」ムーブメント】

 さて、戦後間もない1946(昭和21)年には、小夜福子、轟夕起子、月丘夢路らの宝塚OGによる『満月城の狸御殿』(マキノ正博)が作られる。製作は松竹大船、監督は宮城千賀子の義兄であり轟の夫・マキノ正博。
 正博の弟・マキノ眞三と結婚していた宮城は、劇団なでしこ座を結成。「狸御殿」を引っさげて地方公演を重ねたという。そのことで原作者の木村恵吾と係争になったことも。大映以外でも「狸御殿」映画が連作されていくが、「原作・木村恵吾」とクレジットされているものも多い。「狸御殿」は木村恵吾監督のものなのである。本作「オペレッタ狸御殿」も原案・木村恵吾とリスペクトしている。
 1948(昭和23)年には大映の『春爛漫狸祭』が製作された。監督はもちろん木村恵吾。ヒロインは新宿ムーランルージュで絶大な人気を得ていた明日待子。狸吉郎には喜多川千鶴。コミカルな河童には坊屋三郎と山茶花究。そして音楽を担当したのが、ブギのリズムで戦後ポピュラー音楽を作った服部良一。笠置シヅ子や暁照子、二葉あき子といった服部シンガーズが歌の饗宴をした。大きな話題となったのが「早老酒」で老婆となったヒロインが、狸吉郎の接吻で元通りになるというセクシャルなシーン。
 そして1949(昭和24)年、極め付きの『花くらべ狸御殿』(木村恵吾)が登場する。主役にはSKD出身の水丿江瀧子を抜擢。テクニカラーのハリウッド・ミュージカルが次々と公開され、街には進駐軍のポップスが流れていた時代に相応しく、これまでの時代劇オペレッタとは趣を異にしたハリウッド風のモダンな「狸御殿」となった。円谷英二の特撮でよりファンタジー度もアップ。前作の接吻シーンで、人気が沸騰した喜多川千鶴と、水丿江滝子による華麗なレビュー、そしてOSK出身のグラマラスな京マチ子、宝塚出身の大伴千春と大美輝子が出演。服部良一による「浮かれルンバ」「涙の花くらべ」といったナンバーも充実、ダイナミックなダンスの見せ場も多く、これまでの「狸御殿」映画の決定版的なクオリティになっている。
 この映画のヒットで、木村恵吾による本家「狸御殿」は、浅草国際劇場の舞台に進出。1949年の6月公演「花くらべ狸御殿」は連日満員の大ヒット、続く9月公演「満月狸合戦」では、水ノ江と宮城の共演が実現、国際劇場のレコードを記録。レビュー出身の女優に、最新の音楽、そして人気コメディアンを配した、何でもアリのファンタジー「狸御殿」は、映画だけでなく舞台の当たり狂言ともなる。
 この頃から各社で「狸」映画がこぞって作られるようになる。水ノ江瀧子、月丘夢路をフィーチャーして東映が発表したのが「歌うまぼろし城」(1949年・小田基義)。特筆すべきは、川田晴久、山茶花究、坊屋三郎の第一次、第二次混成のあきれたぼういずの出演。
 邦画の一ジャンルとして定着した「狸御殿」映画と、彗星の如く現われた天才少女歌手、美空ひばりの取り合わせもまた時代の要求だったろう。松竹大船製作の『七変化狸御殿』(1954年12月29日公開・大曽根辰夫)は、万城目正作曲のナンバーも充実しており、フランキー堺のドラムとひばりの唄の共演など、見どころもタップリの快作だった。この映画の公開に合わせて、浅草国際劇場は1955(昭和30)年一月にひばり、宮城で「唄祭り狸御殿」を上演している。『オペレッタ狸御殿』に美空ひばりがデジタル出演しているのは、こうした伝統に則ってのこと。

【宝塚と昭和30年代の「狸御殿」】

 宝塚や松竹少女歌劇の出身者が出演していた「狸御殿」だが、本家・宝塚もついに「狸御殿」に進出。レビューの神様こと高木史朗は、1957(昭和32)年に梅田コマ劇場の12月特別公演として「年忘れ狸御殿」を企画・演出。しかも雪組、月組、花組、星組の戦後初の合同公演という豪華版。その後も58年には花組東京公演として「花の狸御殿」(1969年にも再演)している。
 東宝傍系の宝塚映画による『大当り狸御殿』(1958年佐伯幸三)は、美空ひばり、雪村いづみの顔合わせに、「バナナボート」でヒットを飛ばした浜村美智子、トニー谷、淡路恵子などのキャストで、木村恵吾版の完全なリメイクを成功させた。当時の人気コメディアン総出演で、東宝系らしい華やかなレビュー場面に、ひばり、いづみの歌声と、当時の日本映画のエンタテイメントの最高レベルの要素が相まってゴージャスな作品となった。
 そして1959(昭和34)年、10年の沈黙を破って本家・木村恵吾監督がワイドスクリーン、カラーの大作『初春狸御殿』を発表。この作品ではレビュー出身者を起用せずに市川雷蔵、若尾文子、勝新太郎、中村玉緒という大映時代劇スターを総動員。まさに映画黄金時代、スコープ画面、カラフルな狸御殿映画は、木村恵吾監督の集大成でもあった。
 その後、勝新と雷蔵、そして若尾のトリオで、弥次喜多映画風の『花くらべ狸道中』(1961年・田中徳三)が作られ、木村恵吾監督の遺作となったが『狸穴町0番地』(1965年)だった。

【昭和から平成の「狸御殿」】

 『狸穴町0番地』の舞台は大都会東京。林立するビルに溢れる自動車たち。環境汚染に悩む狸たちが、人間社会に迎合しようと就職する・・・という展開は、後にスタジオ・ジブリが製作するアニメ『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年・高畑勲)と同じテーマ。
 このアニメは、往年の狸御殿映画と、水木しげるの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」へのオマージュたっぷりに作られている佳作。阿波の八百八狸伝説をベースにした「鬼太郎」の「妖怪獣」というエピソードをベースにしているが、この阿波狸伝説そのものが「狸御殿」映画の原点ということを考えれば興味深い。
 1970年代以降、レビュー形式の「狸御殿」映画は作られることはなかったが、80年代の人気ポップ・グループ・チェッカーズ主演「TAN TANたぬき」(85年・川島透)は、変則ではあるが久々に作られた「狸」映画だった。
 ステージで久々に「狸御殿」が蘇ったのが2001年4月、宝塚出身スターによるコマ劇場公演「桜祭り狸御殿」。宝塚版「狸御殿」のエッセンスをちりばめ、さらに創始者である木村監督が作り上げた世界を踏襲した「狸御殿」へのリスペクト溢れる舞台だった。
 ことほどさように狸御殿映画は連綿と続いて来た。日本映画のアルチザンにして革命家である鈴木清順監督の「オペレッタ狸御殿」は、こうした先達のエッセンスを充分にちりばめつつ、独自の絢爛豪華な「狸御殿」の世界を創出しているのである。

参考文献:「狸御殿の歴史」三浦秀一(パイオニアLDC「狸御殿全集」解説書)

【狸御殿関連映画リスト】

「阿波狸合戦」(1939年新興キネマ京都)/監督・寿々喜多呂久平/音楽・高橋半 /出演・羅門光三郎、尾上栄五郎、高山広子、伴淳三郎

「文福茶釜」(1939年新興キネマ京都)/監督・木藤茂/音楽・山田志郎/出演・伴淳三郎、歌川絹枝、志賀廼家弁慶、森光子

「狸御殿」(1939年新興キネマ京都)/監督・脚本・木村恵吾/音楽・佐藤顕雄/出演・高山広子、伊庭駿三郎、光岡龍三郎、坂東太郎

「続阿波狸合戦」(1940年新興キネマ京都)/監督・森一生/音楽・武政英策/出演・大谷日出夫、羅門光三郎、歌川絹枝、森光子、南條新太郎

「歌ふ狸御殿」(1942年大映京都)/監督・脚本・木村恵吾/音楽・佐藤顕雄/出演・高山広子、宮城千賀子、草笛美子、楠木繁夫、益田喜頓

「満月城の歌合戦」(1946年松竹大船)監督・マキノ正博/音楽・仁木他喜雄、大久保徳二郎/出演・小夜福子、轟夕起子、月丘夢路、藤山一郎

「笑ふ狸御殿」(1947年「狸御殿」改題再上映 大映配給)

「春爛漫狸祭」(1948年大映京都)/監督・脚本・木村恵吾/音楽・服部良一/
出演・喜多川千鶴、明日待子、草笛美子、杉狂児、楠木繁夫、坊屋三郎

「桜御殿」(1948年マキノ映画 配給・松竹)/監督・マキノ正博 音楽・高橋半/出演・宮城千賀子、オリエ津坂、霧立のぼる

「タヌキ紳士登場」(1948年吉本興業 配給・東宝)/監督・小田基義 音楽・古関裕而/出演・横山エンタツ、若原春江、花菱アチャコ、三谷幸子、柳家金語楼、清川虹子

「花くらべ狸御殿」(1949年大映京都)/監督・脚本・木村恵吾/音楽・服部良一/出演・水丿江瀧子、喜多川千鶴、京マチ子、暁テル子、柳家金語楼

「歌うまぼろし御殿」(1949年大泉PKプロ 配給・東映)/監督・小田基義/出演・水丿江瀧子、月丘夢路、川田晴久

「狸銀座を歩く」(1950年大映京都)/監督・加戸敏/音楽・灰田勝彦・浅井挙嘩/ 出演・灰田勝彦、暁テル子、水丿江瀧子、三木鶏郎

「エノケンの八百八狸大暴れ」(1950年製東横映画・エノケンプロ 配給・東映)/監督・渡辺邦男/音楽・池譲/出演・榎本健一、宮城千賀子、渡辺篤

「阿波狸屋敷」(1952年大映京都)/監督・佐伯幸三/音楽・渡辺浦人/出演・堀雄二、沢村貞子、伴淳三郎、花菱アチャコ、清川虹子

「阿波おどり狸合戦」(1954年大映京都)/監督・加戸敏/音楽・白木義信/
  出演・黒川弥太郎、横山エンタツ、阿井三千子、南条新太郎、赤坂小梅

「七変化狸御殿」(1954年松竹京都)/監督・大曽根辰夫/音楽・万城目正/出演・宮城千賀子、美空ひばり、高田浩吉、淡路恵子、有島一郎

「満月狸ばやし」(1954年東映京都)/監督・萩原遼/音楽・万城目正/出演・川田晴久、清川虹子、中村錦之助、植木千恵、堺駿二、岸井明、高千穂ひづる
  
「歌まつり満月狸合戦」(1955年新芸プロ 配給・新東宝)/監督・斎藤寅次郎/音楽・原六朗/出演・美空ひばり、雪村いづみ

「大当り狸御殿」(1958年宝塚映画 配給・東宝)/監督・佐伯幸三/音楽・松井八郎/出演・美空ひばり、雪村いづみ、淡路恵子、有島一郎、白川由美

「阿波狸変化騒動」(1958年富士映画 配給・新東宝)/監督・毛利正樹/音楽・橋本力/出演・明智十三郎、松浦浪路、久保春二、城実穂、丹波哲郎

「初春狸御殿」(1959年大映京都)/監督・脚本・木村恵吾/音楽・吉田正/出演・市川雷蔵、若尾文子、勝新太郎、中村玉緒、中村鴈治郎、菅井一郎

「花くらべ狸道中」(1961年大映京都)/監督・木村恵吾 音楽・浜口庫之助/出演・市川雷蔵、若尾文子、勝新太郎、中田康子、見明凡太朗

「狸穴町0番地」(1965年大映東京)/監督・脚本・木村恵吾/音楽・宮川泰/
出演・西郷輝彦、高田美和、花菱アチャコ、菅井一郎、武智豊子

「CHECKERS in TAN TAN たぬき」(1985年フジテレビ 配給・東宝)/監督・川島透 音楽・芹沢広明/出演・チェッカーズ、遠藤由美子、宮崎美子、ジョニー大倉、財津一郎

「平成狸合戦ぽんぽこ」(1994年スタジオジブリ 配給・東宝)/監督・高畑勲/音楽・紅龍/歌・上々颱風/出演・古今亭志ん朝、野々村真、石田ゆり子、清川虹子、三木のり平

*「オペレッタ狸御殿」(2005年)劇場用プログラムより


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