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「釣りバカ日誌」の”幸福な結末”

 昭和最後の年末となった1988(昭和63)年12月、『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』の併映作として登場した『釣りバカ日誌』(栗山富夫)。西田敏行扮する仕事よりも趣味の“釣り”と家庭を優先させるC調サラリーマン・浜崎伝助と、三國連太郎扮する一代でゼネコンを起業し戦後ニッポンを牽引してきたワンマン経営者・鈴木一之助。浜ちゃんとスーさんのコンビが繰り広げる騒動を描いた喜劇は、連綿と続いてきたプログラムピクチャー最後の砦として、この二十二年間“当たり前のように”存在していた。

 “当たり前のように”存在する。もう、それだけで、このシリーズの存在意義があったような気がする。三國連太郎が喜劇シリーズで主役を張るなんて! しかも、第一作の栗山富夫監督が仕掛けた、爆笑シーンの数々は、併映作の「男はつらいよ」シリーズの人情味あふれる叙情的な世界とは対極にある、ラジカルで強烈なパワーを持っていた。「寅さん」の落ち着いた笑いと「釣りバカ」の瞬発力の笑い。観客は渥美清の寅さんにしみじみし、西田敏行のハマちゃんに爆笑するという、いつしか両シリーズの良い意味での棲み分けができていた。

やがて渥美清が亡くなり、「男はつらいよ」はシリーズ終焉を迎え、「釣りバカ日誌」は松竹の看板シリーズとして、年一作のペースで作られてきた。その数、22作! 継続は力なり、である。筆者はかつて浜ちゃんを「平成の無責任男」、スーさんを「“社長シリーズ”の再来」と指摘したが、平成の世に「無責任男VS社長」の喜劇を作り続けている奇跡に、いつも感謝し続けてきた。

 この22年間、浜ちゃんには息子・鯉太郎くんが生まれ、愛妻みち子さん役は石田えりから浅田美代子にバトンタッチされ、監督も本木克英、朝原雄三と若手が抜擢され、スーさんは社長から会長になっても、われらがハマちゃんは全く変わることなく、マイペースのC調ぶりを発揮し続けてきた。

 映画館の観客のリアクションは、実によく笑う。まるで、1960年代や70年代の「二本立て興業」の時代のように。そして『釣りバカ日誌20 ファイナル』(朝原雄三)で、ついにこのシリーズが自ら幕を引くこととなった。これまでの人気シリーズは、打ち切りというかたちで時代とともに、その役割を終えてきた。「男はつらいよ」は主演者の急逝で幕を閉じた。しかし「釣りバカ日誌」は、ハマちゃんもスーさんも健在のなか、いつものような展開を見せて、フィナーレを迎えることとなった。

 これはある意味、幸福なことかもしれない。「釣りバカ日誌」が華やかなフィナーレを迎える。西田敏行も、三國連太郎も、“いつものように”ハマちゃんとスーさんを演じて、“いつものように”騒動がおこり、“いつものように”合体シーンもある。そして“いつにない”豪華なラストのミュージカル・シークエンス! シリーズ集大成という言葉は、ラスト10数分に凝縮されている。レギュラー陣総出のエンディングを観ていると、現役としてのプログラムピクチャーが、これで本当に終わる、という感慨がわき上がってくる。


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