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愛ってなんだろ? 『男はつらいよ 柴又より愛をこめて』(1985年12月28日・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2023年12月23日(土)BSテレ東「土曜は寅さん」で第36作放映!
拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)より、一部抜粋してご紹介します。

 タコ社長の娘・あけみ(美保純)は、シリーズ中期を支えた重要なキャラクターの一人です。第三十三作『夜霧にむせぶ寅次郎』で結婚をし、第三十四作『寅次郎真実一路』では早くも夫婦喧嘩、第三十五作『寅次郎恋愛塾』ではワーカホリックの夫と「喧嘩のタネもない」と愚痴をこぼしています。実の父親を「タコ」呼ばわりし、その奔放な言動や行動が、ちょっとした台風の眼となり、とらやの茶の間を明るく、楽しく、華やかに盛り上げてくれていました。あけみは、そのサバサバした気性ゆえ、寅さんとは相性もピッタリ。第二十八作『寅次郎紙風船』の愛子(岸本加世子)同様、若い女の子と寅さんの組み合わせが、シリーズ中期の画面にフレッシュさをもたらしました。

 さて『柴又より愛をこめて』は、タイトルに「愛」という字がある通り、今回もまた、さまざまな愛のかたちが描かれています。結婚して後悔したこと、結婚しなくて後悔したこと。あけみをめぐるドラマと、式根島で「おなご先生」としてその青春を教壇に捧げてきたマドンナの真知子先生のドラマが、好対照をなしていきます。

 夫との短調な生活で「愛を見失ってしまった」あけみが、ある日、突然失踪。柴又は大騒ぎとなります。タコ社長は、テレビのワイドショーの「尋ね人」のコーナーに出演。テレビを通して、行方不明のあけみに、その想いを不器用ながら懸命に伝えます。当時、TBSで放映されていた「モーニングeye」のセットに、タコ社長が現れるだけでおかしいのに、キャスターの森本毅郎さんとアシスタントの石井和子さんが、リアルにリアクションすればするほど喜劇的な状況となります。放送を見たあけみがさくらに電話をかけて、静岡県の下田にいることだけがわかります。

 そこへ帰ってきた寅さん、早速、タコ社長、家族の期待を背負って下田へ、あけみを捜しに出かけます。蛇の道は蛇ということで、かつて面倒をみたテキ屋の伊豆の長八(笹野高史)のネットワークで、あけみの居所を突き止めるわけです。

 本作から「一人大部屋俳優」を自認することになる、名バイプレイヤーの笹野高史さんが登場。その経緯は、平成二十三(二〇一一)年十一月から十二月にかけての「みんなの寅さん」で笹野さん自身の言葉で語って頂きました。

 伊豆の長八のキャラだけで、寅さんが生きている、渡世人の世界を、ぼくらは垣間みているような気持ちになります。堅気ではないけど、根はいい男。「おーい寅」と、寅さんのいる旅館の二階に声をかける長八、丹前を肩にかけている寅さんが、窓から顔を出して応える。この呼吸。これもまた寅さんの生きる世界なのです。

 さて、下田のスナックで「さくら」という名で勤めていたあけみ。寅さんが訪ねて来たことに、喜びながらも、タコ社長に頼まれて迎えに来たことが少し面白くありません。子供の頃から、寅さんのことを知っていたあけみは、柴又の外で、寅さんと二人きりになったのは、おそらくこの時が初めてでしょう。「隣の家のおじさん」ではなく、「一人の男」として車寅次郎を意識した瞬間でもあります。そこでの会話です。

 あけみの「ねえ、愛ってなんだろ?」との問いに、寅さんは「ほら、いい女がいたとするだろう? 男はそれを見て、「ああ、いい女だなぁ、この女を俺は大事にしてえ”そう思うだろ? それが愛ってもんじゃないか?」と明快に答えます。

 これは第十六作『葛飾立志篇』で、東大考古学教室の田所先生(小林桂樹)から愛について問われた時の名台詞と同じです。寅さんのポリシーであることは、シリーズを観てきたファンにとっての了解事項です。続くあけみの「どうして寅さんに、お嫁さんが来ないんだろう?」ということばには、彼女の優しさがあります。ぼくたちだって、そう思って、映画を観ているのです。

 柴又に帰りたくないあけみと、しばらく旅を続けることになった寅さん。二人で式根島行きの船に乗ります。ところが、そこから、あけみにとっての「カッコいい寅さん」のイメージはもろくも崩れ去り、いつもの「恋多き、隣の困ったおじさん」に戻っていきます。ここから『柴又より愛をこめて』の本筋が動き出すわけです。

 船で出逢った、若者が島の小学校の同窓生たちで、彼らと意気投合した寅さん。生徒たちを出迎えた、担任のおなご先生・島崎真知子(栗原小巻)の美しさにまたまた惹かれてしまいます。

 そんな寅さんに呆れ顔のあけみは、赤の他人を装って、島の民宿に泊まります。その民宿の息子・茂(田中隆三)は、あけみに、島のあちこちを案内し、次第に心惹かれて行きます。あけみもまた、心の隙間を埋めてくれるような、ときめきを感じたのかもしれません。ここにも、一瞬ですが、ある「愛のかたち」が描かれています。茂を演じた田中隆三さんは、NHK朝の連ドラ「カーネーション」(二〇一一年)で、ヒロインの叔父を演じている人です。山田洋次監督の『息子』(一九九一年)にも出演しています。第三十作『花も嵐も寅次郎』のマドンナを演じた女優・田中裕子さんの弟さんです。朴訥とした雰囲気、島の若者が抱えている結婚事情も垣間見えるエピソードです。

 さて、一方の寅さんは、美しき真知子先生の案内で、島で一番眺めの良い場所にやってきます。真知子先生は「寅さん、もしかしたら独身じゃない?」とズバリ言い当てます。「首筋のあたりがね、どこか涼しげなの、生活の垢が付いていないっていうのかしら。」これは、寅さんの「粋」の秘密です。

 ここから、真知子先生の「愛についての物語」がクローズアップされていきます。学生時代の親友が病気で亡くなり、その遺児との長年に渡る交流。そして親友の夫・酒井文人(川谷拓三)との関係。寅さんと出逢ってからの真知子先生は、人生の大切な決断をどうしていくのか、これも「男はつらいよ」の世界です。

 結婚したものの「愛ってなんだろ?」と迷う二十四歳のあけみ。独身のまま、今日まで来てしまった真知子先生、そして寅さん。さまざまな世代、さまざまな立場で、愛について悩み、そして人生を歩んで行く姿が、この『柴又より愛をこめて』に込められています。明るい笑いのなかに見え隠れする、人生の屈託とよろこび、ぼくは「ああ、いい映画だなぁ、この映画を大事にしたい、それがファンていうものよ」と寅さんのように思うのです。

 この続きは「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。













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