マガジンのカバー画像

その他短編

72
短いお話が入ってます。
運営しているクリエイター

記事一覧

スタンド・バイ・ミー

 来る来るいっていつも来ない台風が本当に来たある夏の終わりのことだった。村上から例のアレ予約取れたと連絡があって、おれたちは今日か今日今日今日これからマジでマジマジでもどうするなどとあたふたしたり、ためらうふりをしながら行かない手はなく、M駅で待ち合わせた。  三両しかない単線はかろうじて動いていたが、乗客はおれの他に数人しかいなかった。別の路線を使っている村上は先に来ていて、改札を出たところで待っていた。駅舎から雨水がぼたぼた垂れ、ロータリー周辺の店の片付け忘れた幟がばたば

【BFC4応募作】草叢

 ヒトシくんは飛んでいったボールを追いかけて草むらに入ったきり行方不明になった。みんなが見ている前で魔法のように消えてしまって、どこを探しても見つからなかった。  時間が経つと探す人は減ったが、それでも何年経っても彼を探している人はいた。だから、すっかり大人になった雫がスタバのコーヒーを片手に軽を運転しながら、道端にヒトシくんらしき人が普通に歩いてるのを見かけたとき、彼女は思わずコーヒーをフロントガラスに吹いてしまった。雫が大きくなったのと同じだけヒトシくんも大きくなっていた

ゴーストハンター×ハンター

 ゴーストバスター3名と最新の除霊ロボット隊の合同チームが全滅したという報告を受けた。特S級かそれに近い強力な念を持った霊かもしれない。ともかく、これで三度目の失敗だ。ビルの持ち主からは毎日のように進捗を問い合わせる電話がきているし、入居者全27名の一時退去費用もかさむ一方だ。  市内で特S級の霊を扱った事例はほとんどなく、自分自身も経験がなかった。うちが単独で対処できる案件ではないかもしれないと、営繕課の木内さんのところに相談にいった。  木内さんはもともとこの霊制課の立ち

猫曾木団地と狐憑きのナミダ

第5回阿波しらさぎ文学賞の落選作です。それにしては長いと思われる方もいるかもしれませんが、規定枚数のところで切って応募しました(長編では聞くけど短編では聞きませんね……)。じゃあこれが完成形なのかと言ったらそうでもなくて、長編の冒頭にしかなってません。しかもこの先の展開は何も考えてないという。そんなわけでタイトルも(仮)もいいところ。同賞にいつか長編部門ができたら完成させて応募したいです。続きが読みたいという方がいたら励ましのコメントでもください。書くというお約束はできません

【短編】レイクサイドキャンプの奇蹟

アンソロジー「BALM」に書いた短編です。  湖畔のキャンプ場に来た男はあまり人気のない奥まったところに一人用のテントを張った。手際の悪さから初心者だとわかった。同じ場所に四人の男たちが次々にやって来て、最初の男から適度に離れたところにそれぞれ一人用のテントを張った。すんなり設営できた者は一人としていなかった。  はじめのうち、五人は互いに牽制し合うような雰囲気があった。その中の一人である太った男が折りたたみ椅子から二度も三度も転げ落ちるとささやかな笑いが起きた。それをきっ

【短編】恥

アンソロジー「BALM」に書いた短編です。  崇文は夕依との待ち合わせ場所に向かう途中でふいに足を止めた。自分のしようとしていることが急にバカらしく思えてきて、呆然と辺りを見回した。こんなことをしてもうまくいくわけがないと今更気がついた。この街を離れて一体どこへ行くのか。二人きりで何を話せばいいのか。有り余る時間で何をすればいいのか。毎食どこで何を食べたらいいのか。何もわからなかった。崇文は黙ってその場から去った。  夕依とはそれきり会うことも連絡を取ることもなかったが、崇

【小説】ホーボーズ・ブルース3

1 2  午後から雨だった。  おれは早いうちにスタジオに戻り、久保木にまた無理を言ってD室にこもった。  駅前にひと稼ぎしに出かける気力もなく、だらだらと作りかけの曲をいじる。コードを鳴らしては鼻歌でメロディーを歌い、そして同じ場所で止まる。何度やっても同じだ。もう二か月も三か月も同じ場所で行き詰ったまま、先の展開が思い浮かばないのだ。近頃では、このまま二度と曲が作れなくなるのではないかという気さえしはじめていた。  ――気持ちが変わったの。大人になって。  スタジオ内に

【小説】ホーボーズ・ブルース2

1 「よし、しばらくここに居させてくれ」  おれは最も使用頻度が低いという個人練向けのD室のドア口で言った。余ったスペースを無理やり防音仕立てにしたような印象だが、ちょっと狭いくらいで文句は言えない。  室内には古い型のギターアンプが一つと、ガムテープがべたべた貼りつけられたドラムセットがあった。壁際に鍵盤が二つ三つ欠けたアップライトのピアノもあったが、それは貸し出し用というより他に置き場がなくて押し込んであるようにも見える。 「ちょ、え? なんスかそれ」  久保木は眠そう

【小説】ホーボーズ・ブルース1

アンソロジー「猫が人のふりして作曲家している」に寄稿した短編を3回に分けて掲載します。本のタイトル=テーマ。かなり昔のことのように感じますが2019年作。自分なりに広く受け入れてもらえるようにとがんばって書いたものですがどうでしょうか。アンソロジーは現在もBOOTHで発売中。25枚の短編が10本収録されてます。  そういうことをしそうな女だと思っていた。  一日外で時間をつぶして帰ってきたら、鍵が替えられていたのだ。少し酔ってはいたが事態は理解できた。おれを追い払うつもりだ

【短編】ナイスワーク

 外回りから戻るとデスクに個包装のお菓子が置かれていた。土産物のようだったが、誰がくれたのか見当がつかなかった。ホワイトチョコを挟んだクッキー生地のイメージ写真の誘惑に負け、鞄を足元に投げ出して勢いよく開封、かじりついた。サクッとした食感のあと、ホワイトチョコのまろやかな甘味が広がる──。と思った直後、口の中に妙な味が広がるような、喉の奥が詰まるような苦しさを感じた。  次に気づいたときには、奇妙な虚脱感とともにその場に立っていた。視界が妙にぼやけて狭まり、お菓子はいつの間に

【掌編】多目的トイレ

 多目的トイレで暮らしています。食事も洗濯もできるし、寒い日には便座があたたかい。昔飼ってた犬を思い出します。においも好き。それぞれのトイレに違うにおいあります。大、小、吐いたの、ご飯、化粧品、赤ちゃんのにおい。いろいろ混ざってます。私もよくうんち出ます。いつもゆるゆる。だからトイレいると安心。昔飼ってた犬の名前はリッキーです。フィラリアで死んだ。あちこちの多目的トイレに行きました。しつこくノックされたり、文句言われたら出ていきます。ドアも勝手に開くし、ずっとはいられない。あ

【掌編】口災

 急死したはずの職場の同僚、朔馬を偶然街中で見かけた。目が合うと彼は少し気まずそうに笑った。足は二本ともついていた。説明を請うと、二人きりで話せる場所へ連れていかれた。  海の見える公園だった。風が強く、視界を遮るものは一切なかった。はやる気持ちを抑えられずに朔馬を質問責めにした。彼はくも膜下出血で帰らぬ人となったはずだった。家族葬のため仕事仲間で参列したものはいないが、葬式もあったはずだ。  朔馬はどう切り出すかためらったのち、結論から話しはじめた。 「俺はもう朔馬じゃない

【超短編】一斗缶

昔住んでいた家の庭先で祖母が一斗缶で何かを燃やしていたという記憶に根ざした夢を、年に一度か二度見ることがあった。一斗缶が揺れ、中からか細い鳴き声のようなものが聞こえてきて、私は見てはいけないものを見てしまったような気になる。古い記憶すぎて、現実にあったことと夢の境目が自分でもわからなくなっていた。初めての子を出産したとき、その産声が一斗缶の中から聞こえてきた声と繋がって思わず身震いした。あれは赤ん坊を生きたまま燃やしていたのではないか。祖母は数年前に火事で亡くなっていた。認知

【超短編】楢島さん

百年近く前に制作されたサイレント映画を見ていたら楢島さんが出てきた。妻に教えてやると楢島さんだと笑った。あまりに似ているので二人で見入っていると、楢島さんが扉を押し開けるために腕捲りをして首を回した。これはちょっと楢島さんだという話になった。楢島さんが片方の目を強めにつむる癖を見せると、妻は楢島さんだとおののいた。いくらなんでも楢島さんのはずがなかった。1925年制作のイタリア映画。チョイ役だったが、同じ場面を何度も見てるうちに楢島さんにしか見えなくなった。いっそ楢島さんに見