ガウロとシェリーヌ_仮3_

ガウロとシェリーヌ

作:ウダタクオ 2007年02月25日~2009年07月30日

ガウロとシェリーヌ

その時になって初めて愛を感じた。

愛しているとかいないとか、そんな瞬間はいつでも後からついてまわる。でも、もう全ては終わっていることなのだ。

世界が終わっても、僕はここにいるのだろうか。

(FUCKI'N ON 調布 23feb07より)

 真冬の恋だった。左手薬指に誰かの名前。その年一番冷たい吹雪の中、彼女は誰かと旅に出たのだろう。

 私はふと思った。あの香りはもしかしたら!?とね。

 つぶやくようにぼそぼそと細々と生きていく民達。そいつを横目にメルセデスが通り過ぎていく。眼中にないって感じ。ヤンキーふうに言えば、アウトオブ眼中!なんじゃそりゃ?

 

 シェリーヌは一枚の写真を取り出すとガウロに言った。

「この日、覚えてる?」

ガウロは写真を覗き込むと、そのモノトーンの空に引き込まれてしまっていた。シェリーヌは続けた。

「この日さあ、すごく天気が良い日で、写真撮ろうと思ったら、フィルムがモノクロだったんだよね」

「覚えてる?」

シェリーヌはもう一度ガウロに問い掛けた。それでもガウロは何一つ言わないまま写真に見入っていた。

 尾を引くように飛行機雲。あの日のあの空のその一瞬がおさめられている。

 そこに積め込まれていた、感情や思い出にガウロは打ち拉がれていたのだ。いつしか時は止まり彼は無の中にいた。宇宙を感じていたのだ。宇宙とはつまり愛だよ。分かるかい?ここで初めてガウロは愛を知った。もう遅かった。何かを失った時に、何かを得るものなのだ。

 いつだっただろう。あれは昨年の暮れだっただろうか。それとも一昨年のクリスマス・イヴだっただろうか。その年ガウロはいつになく忙しい日々をおくり髪を切りにサロンにいく暇がなかった。ガウロはタバコに火を点けるたびに、その伸び腐したままの前髪の先を燃やしていた。そんな時だった。シェリーヌの様子がおかしくなったのは・・・。 


ガウロとシェリーヌ 続編

人は夢をみるじゃない。ああなりたい。こうなりたい。その他様々エトセトラ。

そいつは、寝てみる夢となんら変わりないね。どちらも自身がつくりあげたイメージだからだ。

リアルに生きるのか、バーチャルな世界にダイビングをかますのか。おまえのやり方ならそれはへなちょこだ。足は早いみたいだけど・・・。

(KIJI'N ON 調布 27feb07より)

 昨日までのことを思い出すと、ぽろぽろ、ぽろぽろとガウロの目から涙がこぼれ落ちてきた。確かに愛はあったのだ。

 やけに気持ちのいい風がふく。それもやけにやさしく。

 懐かしい匂いがしてる。ガウロは時の流れに浸っていた。

 いつか僕らもこんなふう。

 いつか僕らもこんなふうだった。

 時が止まった。

 ガウロは通りを歩いている時よく思った。仲良く歩きゆく恋人達を見ていつも思った。自分とシェリーヌもはたから見るとあんなふうに見えていたのだろうかと。

季節はあっという間に夏を通り過ぎ、秋を感じる間も楽しむ間もなく冬が訪れていた。ガウロは冬服を持っていなかった。驚くことにガウロはその年寒さを感じることはなかった。人の心とはそういうものだ。

 ある冬の寒い日。大雪が降ったせいで電車が運行を見直していた日だ。その頃、ガウロとシェリーヌは小さく狭い部屋に暮らしていた。降り積もる雪のせいで外にも出られずにやる事も特になくお互い退屈していた。部屋の隅に転がっていたビー玉を見つけると二人はそれをずっと眺めていた。

 どれぐらいの時間が流れていたのだろうか、ふとシェリーヌがつぶやいた。

「ビー玉の中にお姫さまがとじこまれているわ」

ガウロは目を丸くさせビー玉を覗き込んだが彼には見えなかった。

「とっても、とっても可愛らしいお姫さま。きっと年老いた悪い魔女の仕業ね」

シェリーヌは呟く様に言った。 


ガウロとシェリーヌ 〜さよなら〜

 ガウロはわからなかった。この世界ではなにがおきているのだろう。人々はなにを思い、そしてなにを考え生きているのだろう。金ってなんだ?むなしさばかりが残るではないか。

 それでも、夜汽車はきれいで、まるで空をかける一筋の流れ星を見ているようだった。ガウロの瞳から涙がこぼれ落ちていた。ごめんね。そう言いたかった。

 いつかシェリーヌの住む町におりたった時にガウロは思う。幸せそうに暮らしているシェリーヌとその子供を見てガウロは思う。泣き崩れてしわくちゃな顔をしてガウロは叫ぶのだろう。

ありがとう・・・愛を、ありがとう。

 いろんなことがあった。いろんなことがあり過ぎた。二人を取り巻く社会にガウロとシェリーヌはついてはいけなかった。なにかが欲しいわけではない。なにかがたりないだけなんだ。いつもなにかがかけている。いつも誰かがかけている。そしていつのまにか取り繕っていく。そのリズムにのせて地球はまわる。ぐるぐるまわる。この世界がおかしいのはそのせいだ。ぶっとんでいられただけましってものだ。

知ってるかい?

愛ってけっこうとべんだよ。 


ガウロとシェリーヌ 〜TRAIN TRAIN〜

 突風で大切にしていた帽子が飛ばされてしまった。そんな日だった。

 その日、ガウロは線路に添って東の方角へ歩いていた。レールの間にしかれた木片がガウロはどことなく昔から好きだった。あと一ヵ月もすれば誕生日がくるというのに俺ときたら何をやってるんだ!?と内心ガウロは思っていた。

 500マイル程歩いたところでガウロは空を見上げた。青い空。どこまでも続く青い空。どこまでも続いているこの同じ空の下シェリーヌも生きていると思えば、いつかどこかでまた出会えるんじゃないかとガウロは思った。同じ空を見ていたあの頃が懐かしかった。

青い空 青い海 君のこと ほんと、好きだった。

 線路添いに誰かが捨てた合皮のソファーがあった。何気なくガウロはそこに座った。少し考え事をするのにはちょうどいい感じだった。

 風が吹いた。その日、2回目の突風だった。2〜3秒は続いた。風がやんだ時、腰掛けたガウロの太ももあたりで飛んできた1枚の紙切れが引っ掛かって止まっていた。

 なんだろうと、その紙切れをガウロは手に取り拾いあげた。そこには、何やら文章が書かれていた。パッと見、とても短いお話のようだったのでガウロは読んでみる事にした。 


ガウロとシェリーヌ 〜TRAIN TRAIN2〜 

 見えない自由がほしかった。そしたら見えない銃で撃たれてしまいガウロのシャツに穴があいた。お気に入りのシャツ、ディーゼル。

 かなり集中していたのだろうか。夢中でその紙切れに書かれた文章を読んでいたガウロはその事に長い間気が付かなかった。どこかで銃声が鳴り響いた。

 目の前には線路が続き、その向こうには青空が広がり、白い雲が張り付いている。そのまた向こうには未来があるんじゃないかとガウロは、ただ、ただ、歩いている。たらたら歩いているわけではない。そして、誰かに会う為でもなく、何かを成し遂げようとしているわけでもないのだ。ただ、ただ、歩いているのだ。

 綺麗な夕焼けを見た。それだけで素敵な事だった。ガウロにとっては。

 長いレールの横を歩む旅路の途中、ガウロは缶詰を拾った。賞味期限を見てみると、ちょうど一ヵ月後だった。

 こいつも俺と同じじゃないか・・・ガウロはそう思った。


ガウロとシェリーヌ 〜ブルーメッツ〜

 夜汽車を追い越し、その先の光さえも遠ざけながらブルーメッツは進んでいく。ガウロは南部の街を出た。涙が止まらない。彼は今、過去と向き合っている。人には必ずしもそういう瞬間があるものだ。

 ガウロは思ってたんだ。あの小さな手のひらに・・・。

 旅の途中だった、ガウロはある男に出会った。そして、その男はガウロに言った。「なぜ都会を目指してる?そこには何もないだろう。オレも昔は都会で暮らしてた。でもある時なんかの拍子で田舎に移り住んだ。まるでアザラシとアシカのショーを見てたのかって思ったよ。おかしな話だ。田舎の奴らは当たり前の事を当たり前にしてる。当然の事を当然に言う。いちいち当たり前の事を考えるか?当然の事をするのに理由がいるのか?今までオレは無意味な事ばかりを考えていたって事さ。分かるか?だから、そこには何もない」ガウロは言い返す事もなく聞き入ることもなくただただ相槌をうっていた。少しすると風が吹いた。心地良い風。木の葉が音をたてた・・・時間がきた。ガウロはまた歩き出した。

 ブルーメッツは真夜中に走る。尾を引くように流れ星がバラバラと砕け散って死んでいく。ガウロは窓の外を眺めていた。この世にはもう存在していない惑星かもしれない。その光だけが見えてる。夢なのか現実なのか分からなくなる。ここにはもう誰もいないのかもしれない。やけに綺麗な星。もうすぐお別れなのかもしれない。なんて悲しいんだ。幻が続いた。シェリーヌがいる。いつもの部屋、見慣れた部屋・・・でも、何か違う。限りなく近い事が本当はとても遠い事のように感じた。

 次にガウロがブルーメッツから足を下ろした時、その魔法は解ける。いつもより悲しく解けていく。

 朝が来たらきっとシェリーヌの涙で世界は包まれる。

 とても綺麗な海だね。ガウロは言った。 


ガウロとシェリーヌ 〜路上〜

 ムジカは言った。道が待ってるぜ!お前には案外楽しめるかもよ。そろそろ道デビューしな!

 それを聞いたサムは、いや、道だけは勘弁してくださいよ。この社会でいたいです。と言った。

 そこはなんとも田舎にしてはこ洒落たバーだった。ガウロはビールを飲んでいた。3杯目を注文した頃には彼(サム)のだいたいの経緯をガウロは理解していた。

 彼は悲惨過ぎた。親には勘当され女房にも逃げられ、挙句の果てには借りていたアパートの水道や電気は止まり風呂には一ヶ月はいっていないという。そうなのだこの日の店の悪臭は彼、そう、サムのせいなのだ。

 サムはダメな奴だった。なぜそこまで落ちぶれてしまったのか誰にも分からなかった。いや、分かりたくもなかった。そんなサムを見てムジカは笑った。笑うしかないのだ。だって彼にはまるで仕事をするという人類の基本的な才能がなかったのだから。それでもサムはムジカに言った。今日は俺の誕生日なんだ・・・39歳の・・・。ムジカはあきれる様に笑ってからこう言った。そんなのサンキューしか言うことねーよ。ビール飲めよ。今日は俺が奢ってやる。誕生日祝いだ。母親には感謝しろよ。お前みたいな奴を産んでくれたんだから。サムは力無く頷いた。

 店先にはサムの財産とはまるで言えない様な荷物が置かれ、傍から見るとゴミの山のようでもあった。それが今のサムの全てなのだ。

 どんな場面でもガウロはもう煙草を吸わなかった。俺はもう吸わなくても大丈夫だと言った。もう充分だ。俺はやっていける。そう言った。

 ジプシーの女がガウロに言った。いつ止めたの?

 フッと鼻で笑ってからガウロは言った。誕生日だよ・・・俺の誕生日。俺には思い出の外には何もない。そんな俺でも何か自分にプレゼントしたかったんだよ。だから止めた。もう大丈夫だ。俺は大丈夫。それはまるで自分に言い聞かせているようにジプシーの女の目には映った。

 店の外では終わる事のない音楽が鳴り響き、ガウロはそいつに耳を傾けていた・・・ずっと。

 それはきっと、ガウロにとってシェリーヌとの掛け替えのない素敵な日常だったのかもしれない。そして、ガウロの旅は続いていくのだ。 


ガウロとシェリーヌ 〜路上の果て〜

 旅の途中だった。ふいにガウロは思った。孤独な世界に浸っていた時だ。話相手もいない、世界の果てのような場所にガウロはいた。ひとりぼっちでいた。そのまま一人で歩いていた。

「どうして、わたしは歩いているのだろう?・・・この先にいったい何があるというのだ!?」

 でも、それは日々の生活と同じようなもので、なんら変わりのないことのようでもあった。

 ガウロは目を閉じた。何も思い出せない。暗闇だけがそこにはあった。微かな光を手掛かりに・・・あの頃を。そう、掛け替えのないあの日々を・・・。

 通りから懐かしい曲が聴こえてきた。ガウロは反応した。五感が研ぎ澄まされていく。あの場面、懐かしいこの感じ、鮮明に覚えている。シェリーヌがそばにいる。あの部屋、いつものあの部屋だ。ガウロのそばにはいつもシェリーヌがいた。とても鮮明に、とても鮮明にガウロは覚えていた。

「何をしてても結局は同じことではないか・・・それでも、なぜ?わたしは歩いているというのだ」

ガウロは呟いた・・・いや、嘆いていたのだ。それが妥当な答えだろう。

 それから数マイル程歩いた先でガウロは立ち止まった。立ち止まったまま動かない。

 しばらくしてからガウロは思った。とても悲しくなって思ったのだ。きっとこいつが世界の果てなのだろう。そう思っていたんだ。

「もしも、シェリーヌが運命の人ならば、わたし達は大変なことになっている」


ガウロとシェリーヌ 〜HEART-SHAPED BOX〜

 鳥が空を自由に泳ぐ。私の船は海底へと沈んでいく。どんどん沈んでいく。光の届かない深いところまで・・・。

 空気の向こう側、揺れる世界で魚は海中を飛んでいるように私には見えた。なんて美しいのだろうか。私は死んでいるんじゃないだろうか。そんな錯覚さえ呼び起こしてしまう。どこか不自然で完璧な美がそこにはあった。

 ガウロが最後に残したメモだ。その時、彼は何を見たのだろうか。

 程よく晴れた水曜日、日当たりのいい部屋でシェリーヌとガウロはいつものように白いソファーでコーヒーとタバコを楽しみながら話をしていた。シェリーヌは幸せそうにまるで自分に何かいいことでもあったかのようにガウロに話しかけている。

「ある日、コートニーからカートにね、ハート型の箱につまったプレゼントが届いたんだって。それで、カートはそのことを歌にしたんだよ」

「それがハート・シェイプト・ボックスなの?」

「そう。素敵だなって私は思うんだよね」

 シェリーヌは満足そうにガウロに微笑みかけ、ガウロは自分がそうでもしたかのようにうっとりしていた。こんなひとときを二人は大切にしていた。夏の匂いがした。

 シェリーヌは川原までいこうと言った。自転車にまたがった二人は陽炎の中消えていった。その時、すべてがキラキラ輝いていた。目に映るものすべてが素晴らしかった。

 二人は瞬間を・・・いつでも瞬間を求めていた。あの時どう思っていたかなんてまるでどうでもよかった。いま、どう感じ、いま、どう思っているかが二人には大事なことなのだ。はじめからないんだよ・・・きっと。

 シェリーヌは言った。

「しあわせだったな・・・」


ガウロとシェリーヌ 〜スターダストの町〜

 少年は雨が降り続けるこの町で本を読んでいた。

 部屋から出る事もなく、間接照明の灯りだけが町中に放たれている。

 長い間そうしてきた。それはこれからも変わらない事である。

 声がする。とても優しい声だ。とても懐かしい声・・・。

 コーヒー飲まない?コーヒーいれたんだけど・・・おいしいよ。

 少年からは応答もなく、深緑色の古びたソファーに座るとシェリーヌは一人でコーヒーを飲み始めた。

 世の中には知りたくても分からないままでいる事や、逆に知らなければ良かった事がある。ガウロはこの町を知らない。

 人は死んでしまうと星になるのよ。

 むかし誰かが言っていたような話。

 それを聞いた幼子が母親に言いました。

 だからお星様はあんなにきれいなの・・・。

 この町へ来てから、シェリーヌが星を見る事はありませんでした。


ガウロとシェリーヌ 〜スモールクローン〜

「ダメだ。昔を思い出したらいけない。過去は過去だ」

ニット帽にサングラス、黒いスーツの男が言った。シェリーヌはガウロの事を考えないようにした。あそこへはもう・・・もどったらいけない、そう思ったのだった。それはとても暑い真夏日の昼下がりの記憶で、ガウロはその時ベニヤでできたような安物のギターをポロポロと弾いていた。海が見えそうなどこか遠くの町で・・・。

 時々、ガウロは無性に孤独にかられる時があった。そんな時、彼はいつもリズムをとるのだった。そして頭の中でベースを乗せてみる。いつもこもり気味の音を彼は好んで鳴らした。重低音がキックに絡む瞬間、嫌な事が一つ、また一つと頭の中から抜けてはどこかへ消えていった。そして、彼はビートを感じる事ができた。しばらくの間、そいつで何もかも忘れられた。

 この日もそうだった。ガウロは旅の途中でレールの脇を歩いていた頃だ。

 悪魔の囁きのように、思い出が俺に寄り掛かれよと言う。夜空を見上げると手が届きそうなくらい星空で、いつしかガウロの瞳からは涙がこぼれ落ちていた。そのまばゆいばかりに円を描いた光はまるで涙化粧をした月のように彼の瞳に映り、ガウロは朧月を見ているようだった。そんな夜だ。思い出に打ちのめされたガウロはビートを刻めなかった。

 目の前、遠くのほう、ヘッドライトの光が見える。列車がやってくるのだろう。警笛が鳴った。生きている中で美しいと思える瞬間。今でもガウロはシェリーヌを愛しているのだ。


ガウロとシェリーヌ 〜ラブレター〜

 どことなく見慣れたベンチだった。

 ガウロは腰を下ろすと、荷物の中から手紙を取り出した。

 最後の手紙。

 シェリーヌには届かなかった手紙。

 ガウロはいつかの自分を読み返した。

 そして、ガウロは思ったのだ。

 この手紙を書いたのがわたしではなく、

 受け取ったのがわたしなら、

 どんなに、あの時頑張れただろう。

 風が吹き抜けた。

 少し肌寒い。

 季節は秋だろうか。

 ガウロは立ち上がると、また歩き出した。


ガウロとシェリーヌ 〜絶望〜

ガウロは立ち止まった。

目の前には崖がある。

とても深い。

人々はそれを絶望と呼ぶ。

そして、そのまま動かないまま何日か経った。

ガウロは茫然と立っている。

何も映らないその瞳は、死を見つめていた。


ガウロとシェリーヌ 〜生きる〜

 いつか、あなたは涙が堪えきれなくなるだろう。

 そんな瞬間は不意にやってくるのだ。

 そして、いままでしてきた事や、これからの事、

 そんな事が頭の中でいったりきたりするのさ。

 そしたら、自分はいまどこにいるのかさえ、わからなくなる。

 

 ガウロは思った。

 それでもいいじゃないか。

 よっぽど人間らしいぜ。

 

 確かな事は、生きている。

 それだけで素晴らしい事なんじゃないか。

 誰かの幸せを祈ったり。

 誰かの力になってやれるかもしれない。

 生きていればこそだ。

 死んだ先の事はわからない。

 生きていても、この先になにがあるのかなんてわからない。

 どうせ、わからない。

 そしたら、生きてるにこしたことないぜ。

 いまだけが生きてる時間さ。

 生きよう・・・ガウロは決めた。

 それだけは決めた。


ガウロとシェリーヌ 〜白夜〜

 夕日が沈む。

 

 しだいと暗くなる。

 そしたら、夜がくる。

 そんな時にガウロは思う。

 いつも思う。

 誰も救ってやれなかった。

 愛したあの人でさえ・・・。

 オレはなにをやっていたんだ!?

 いまだってそうさ。

 歯痒さは歯ぎしりとなり、ガウロの睡眠を妨げる。

 ゆっくりと眠れもしない。

 誰かがオレを呼び覚ます。

 過去がつきまとう。

 白夜を歩いてるようだ。

 

 ふと、思った。

 ひとつ分かった。

 

 幾千の星なんか眺めてない。

 太陽はひとつしか無い。

 

 ガウロは太陽を目指した。 


ガウロとシェリーヌ 〜遠く〜

 白夜の中、ガウロは太陽を目指して歩いた。

 

 見た事もないような、感じた事もないような、そんな新しい世界が、

 ただ、そこにはあった。

 孤高なのか孤独なのかガウロには分からなかった。

 次元の違いを感じていた。時間軸はいつしか折れて曲がり、普遍的な意味を失い乱反射を繰り返した。

 その光はうっとりしてしまうように鮮やかで、ガウロは死を覚悟した。

 屈折した人々の感情は考えがたいが、光に例えると美しい。

 人生とはそういうものなのか?ガウロは少しだけ考えた。

 こたえの無い道をひとりで歩いた。

 ガウロが幼い頃、彼の母親はガウロに言った。

「パパは遠くに行ってしまったのよ、、、だから、もう、会えないの」

 そう彼に言い残し、母親もガウロから離れて行った、、、遠くに行った。

 ガウロは思った。思えば遠くまで来た。その感覚が自分にはある。

 もしかしたら、いま自分がいる場所が、いつか母親が言った「遠く」ってやつなんじゃないか。

 父親に会えるのかもしれない、、、そう思った。

 顔すら知らない父親。

  ガウロの頬を涙の粒が転げ落ちていった。


ガウロとシェリーヌ 〜ろうそく〜

「もう会えないの、、、私たちはね、、、これが最初で最後だったの」

「分からなくてもいいのよ、、、そんな悲しそうな目で私を見ないで、、、ガウロ」

 なつかしい。ずっと昔に聞いたような。

 あの汽笛が遠く響く。

 シェリーヌの言葉が宙に舞った。

 やがて、その声は消えて無くなり、

 もう二度と取り戻す事はできなかった。

 少年はシェリーヌに聞いた。

「星ってなに?」

 シェリーヌが答える。

「私たちには関係ないの。遠い遠い町に住む人々の、そうね、記憶のようなものかしら、、、もう寝なさい」

 この先、ガウロがスターダストの町に辿り着く事はない。

 シェリーヌだけが分かっている。

 そして、その意味さえも、、、。

 深い夜がきて、ガウロはろうそくを灯した。

 今にも消えてしまいそうなほど炎は弱い。 


ガウロとシェリーヌ 〜少年時代〜

 夏がきた。子供たちが川縁で遊んでいる。

 楽しそうなしゃべり声が聞こえてくる。

 いつか自分にもこんなひと時があったのかもしれない。

 ガウロは思い出せないのだ。

 いつも記憶のピースとピースが重なり合わない。

 誰かの記憶が頭の中を過る、そんな感覚がある。

 これはわたしの思い出なのだろうか?

 記憶の断片を辿るといつも頭痛がした。

 思い出すのは後ろ姿。

 父親の後ろ姿、母親の後ろ姿、、、シェリーヌの後ろ姿。

 どうか、振り返ってくださいと、いつも祈った。

 今日もガウロは歩いている。


ガウロとシェリーヌ 〜乱反射〜

 ガウロは煙草に火を点け空を見上げた。

 空は青く、雲は白く、そのすべてが美しかった。

 風が舞った。草木が踊る。

 誰かがピアノを弾いているのが聞こえた。

 通りでは恋人たちが約束を交わしている。

 わたしたちは約束を果たせたのだろうか?

 シェリーヌの笑顔がぼんやりとガウロの瞳にうつった、、、陽炎のように。

 その光景はガウロが瞳を閉じても続いた。

 何度も何度も繰り返しては消えていく。

 シャボン玉みたく思い出が乱反射しては消えていった。

 言葉もなく消えていった。

 シェリーヌが微笑んでいる。

 いつもと変わらない笑み。

 なにも変わらない日々。

 その日常はもう二度とは手に入らない。

 ガウロは知っている。

 この想いもまた、いつか風に舞ってしまえばいい。


ガウロとシェリーヌ 〜黒いスーツの男〜

 ニット帽にサングラス、黒いスーツの男は何度となくシェリーヌの前に現れた。

 ガウロには見えない。声も聞こえない。星の光がジャマ過ぎる夜。

 気が付けばいつもひとりぼっち、そんな少年が昔いたような記憶。

 シェリーヌは無表情に頷くと、ずっと窓の外を眺めていた。ぼんやりと。

 なんとも言えないような切なさがガウロを襲う。

 そんな時、いつもガウロは目を閉じ祈った。どうか安らかさが訪れますようにと、、、。

 ある夏の暑い日、橋の上。

 思い返すと不思議な1日だった。ガウロは今でもそう思う。

 シェリーヌは言った。まるで詩を読んでるかのように言った。

「あの人、死んじゃった、、、声がしたの、あの人の」

 もはやガウロに理解できる世界ではなかった。

 風鈴の音が聞こえた。

 それ以来、ニット帽にサングラス、黒いスーツの男はシェリーヌの前に現れた。

 ガウロの姿は見えない。ガウロの声は聞こえない。

 そう、いつか、シェリーヌからガウロが消えた。

 ガウロだけが消えた。 


ガウロとシェリーヌ 〜バス停前〜

 シェリーヌの前にバスが停まった。

 ずっと待っていた。

 ポケットの中にはもう、何もない。

 運転手は言った。

「あなたの希望と引き換えに、間もなくこのバスはスターダストの町まで直行します」

 最後に言葉を交わしたのは今朝か、、、。

 行ってきますも、行ってらっしゃいも、

 ただいまも、おかえりも、みんなおしまいにした。

 その夜、明かりの消えた部屋のドアをガウロは開けた。 


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