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人脈・経験・英語力ゼロで、まさかの海外進出担当。AIベンチャーの「泥臭い」リアル

私は今、ディープラーニングを手がけるベンチャー企業、ABEJAで海外事業を担当しています。

ABEJAは2017年、初めてシンガポールに海外進出したのですが、それは上司と、入社間もないヒラ社員の私が2人だけで立ち上げたものでした。この2年間で、数えきれないほどの失敗やドタバタを繰り返す一方で、大きな成果を得ることもできました。

人脈、経験、英語力、いずれもゼロの状態から、上司や仲間とどうやって市場を開拓し、事業・組織を成長させていったのか。私だからこそ伝えられる「リアル」がある。

失敗や葛藤を包み隠さず伝えることで、成果がなかなか出ずに困っている人、部下を育てる立場の経営者や管理職の方のヒントになれば。そう思って、この連載を始めることにしました。

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Innovfest Unbound Singapore 2017でのABEJAのブース。説明に必死な筆者(左端)=2017年5月

朝面接を受けて、夕方採用された

私はリクルートで4年半、企業の人事・採用の仕事を経験した後、ABEJAに転職しました。

前職で機械学習エンジニアの採用を担当していた際、ABEJAは人材争奪の「ライバル」でもありました。鋭い個性をもった人たちばかりで、自分が採用で出会ってきた「優等生」的なエンジニアたちとは、明らかに何かが違っていました。

そんなこともあってか、2016年夏ごろに転職先を考えた時、真っ先に浮かんだのもABEJAでした。当時、COO兼CFOだった外木直樹の補佐職が募集に出ていました。朝に外木と面接し、転職理由や仕事内容をやり取りし、共通の友人の話で盛り上がった──と思ったら、その日の夕方には採用が決まったと連絡を受け、その速さに驚いたのを覚えています。

入社して1週間ほどたったころ、「取締役会に出す海外進出の資料を作ろう」と外木から伝えられました。私は「海外の仕事を始めるのかな」くらいに思ってまとめました。まさか、自分もこの仕事にどっぷり関わることになるとも知らずに。

あいさつレベルの英語で、準備に走り回る

留学経験もなく、当時は英語も「ハロー」くらいしか話せませんでした。そんな自分が、まさか海外業務を担当するとは微塵も思いませんでした。外木もそれまで、海外でのビジネス経験が豊富にあったわけではなかったと思います。

海外業務の担当を正式に伝えられるまもないまま、海外進出に必要な仕事が次々と舞い込んできました。「どこの国がいいか調べよう」「競合いるかな?」から始まり、数週間でシンガポールに決定。その後も「オフィス見つけよう」「登記も」「会計事務所も」「口座も」「現地の職員採用も」……意思決定と指示のスピードがとにかく速い。リクルート時代の10倍以上の感覚。必死になって、次々と目の前に現れる仕事をさばいていきました。

国内事業も安定していなかったうちに海外進出したわけ

そもそもなぜ、社員数十人のベンチャーが、よちよち歩きの国内事業を抱えながらの時期にシンガポールに進出することにしたのか。

ベンチャーだったABEJAにとって、日本市場の縮小が見えている中、今後爆発的に広がりそうな市場を取りに行くのは不可欠でした。受託中心だった国内事業も自力で開発したサービスが生まれ、会社が潰れる可能性は薄くなりました。

進出先をシンガポールにしたのは、さまざまな条件が合ったためです。まず、AI市場の成長率が高いと見込まれる東南アジアのハブであり、AIへの投資が加速していながら、ABEJAの主力投資分野、ディープラーニング領域の競合相手はまだほとんどいませんでした。

また、AIのモデルに使えるリアルなデータが豊富にある上に、新規の取り組みへの規制が緩く、アジア圏の優秀な人材が集まっている地域でもありました。1、2年ほどで市場が形成されて競合相手が増える前に進出すれば、それだけチャンスを早く獲得できる。ならば早く根を張ろうという狙いもありました。


成長に伴走してくれるパートナーに出会った

すでに海外展開をしている起業家たちにどうやってスタートさせたのか聞いて回り、検討事項のキーポイントとなり得る情報を集める一方、法人設立手続きや会計業務を支援する会計事務所も探していました。

現地法人設立後に必要になってくる連結会計への対応や現地の対応で小回りが効く、柔軟性の高いところがないかを、自分たちで探しました。しかし費用面や業務の範囲で、条件が合うところがなかなか見つかりませんでした。

それでも、自分たちのやり方を理解してくれるところをあきらめずに探していたところ、ある会計事務所につながりました。起業家の一人が「イエスかノーを言うだけで、どんどん話を進めてくれる」と紹介してくれたのです。

実際、この事務所の担当者に自分たちの置かれた状況などを説明しました。すると、乏しい予算や私たちの求めるスピード感などを理解して、通常よりも安い値段で業務を引き受けてくれた上に、月ごとの会計をまとめる際、留意しておく点を先に見出して、指摘してくれるなど、かゆいところに手が届くような対応をしてくれました。

「会社を選ぶだけなら誰でもできる仕事でしょ?」と思われる方もいるかもしれません。ですが、私たちのようなスタートアップにとって、対応が遅く融通が利かない相手だと、命取りになりかねません。

土地勘のない場所でビジネスを立ち上げる際、小さなスタートアップでも、ビジョンを理解したうえでリスクをとってでも成長に伴走してくれるパートナーに出会えたのは幸運でした。信頼関係のある知人の紹介は、いい加減な業者に無駄足を踏むリスクも減り、いいことがあるのだと学びました。

社内の誰も成功を信じていなかった

当時のABEJAにとって、海外進出は「賭け」にも等しいくらいの新規事業でした。社員はまだ30人に届かず、国内事業の柱となる小売り向けサービス「ABEJA Insight for Retail」が立ち上がり、今の中核事業である「ABEJA Platform」も、その構想が実り始めたばかりの時期でした。当時、いつ利益が出るかわからない海外事業が成功するとは、社内の誰も確信していなかったと思います。

国内の事業と財務全般を担当するCOO兼CFOだった外木が、海外事業に専念することや、海外に駐在することへの異論も当然ありました。海外に身を置きながら国内事業で何か起きれば、その責任は外木が負うことにもなります。

それでも、「自分たちが信じてやらないと、この話(海外事業)は消える」と、覚悟を固めました。

海外でビジネスを広げていくには、戦略を練るだけではなく、現場で予期せぬ困難に出会ったとき、泥臭く立ち向かう必要も出てきます。


入社してほどなかった私は、覚えたての英語を使いながらの試行錯誤が続きましたがなかなか成果が出ず、自信が持てずにいました。その上、海外展開への反対意見も一部で出ていた状況。だから自信の無さを周りに見せてもいい影響はありません。それゆえ、気丈に振る舞う日々でした。振り返ると、このときが一番苦しんでいた時期だったように思います。

シンガポールには外木自身が駐在すると決め、取締会の承認を得ました。私は引き続き東京に残り、テレビ会議や業務用チャットSlackなどでつながりながら、業務を行うことにしました。

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外木がシンガポールに発つ前、メンバーのメッセージが書き込まれたたすき=2017年3月 

日本とシンガポール、どっちつかずの状態が続いていた間は、外木自身にも葛藤が生まれたようです。この時期を「経営者として最も強くなった1年だった」とも振り返っていました。ただ、意思決定ができる役員自ら現地に駐在するというこの時の決断が、のちにABEJAシンガポールの成長に大きな影響を与えることになりました。詳しくは後の回で紹介しますが、スピーディーに意思決定でき、全社レベルで目線を合わせるための旗を振りやすい経営者がコミットしたことが生きる場面が出てきました。

聞き取れる英単語だけでコミュニケーション

2016年11月に始まった海外進出の基盤づくりは試行錯誤を続けながら、2017年1月に登記作業、3月に登記完了と進み、外木は4月、シンガポールに発ちました。5月には、現地で開かれた東南アジア最大級のイノベーション展示会「Innovfest Unbound Singapore 2017」に出展することになり、私も初めてシンガポールに4日間滞在しました。

土地勘もないまま、当時シンガポールで普及していた配車アプリGrabを使いながら、事務所を見に回ったり拠点を立ち上げたりと準備に走り回りました。窓から見えるのは洗練された街並み。けれど、楽しむ余裕はまったくありませんでした。この国で仕事を立ち上げたからにはなんとか生き残っていかなければ、と相当気負っていました。

Innovfestの目標は、シンガポールで政府系案件を受注するきっかけを作ることでした。

「打てる手は全部打つぞ」と意気込んでいた外木は、情報通信メディア開発庁の職員とのミーティングに臨んだり、株主の紹介で現地ビジネスの主要人物に会ったりと、会場を飛び回っていました。

ブース対応を担当していた私は、期間中に名刺を200枚集めるという目標を立てました。「ABEJA Platform, the world’s most progressive AI technology for your business」と書かれた看板をブースの横に立て、つたない英語で看板の文句を、ただただ繰り返しながら呼び込みを続けました。ブースに来た人の質問も正直あまり聞き取れませんでしたが、聞き取れる単語だけを頼りに答えていました。

2日間の展示会で、200人以上の名刺を手に入れました。小さいですが、初めて海外で出せた成果です。張り詰めていた気持ちが、フッとほどけたのを覚えています。

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【ベンチャーの海外進出Tips】
1. 海外事業には経営者自らがコミットする
日本との兼務ではなく、海外事業での迅速な意思決定を優先する環境作り

2. 並走できるパートナー探しが肝
ベンチャーの環境とスピードを理解し並走してくれるパートナーを探す

3. 新規事業は反対を気にしない覚悟で
新しい挑戦はいつも反対する人がいて当たり前、やると決めたら覚悟が大切

文:夏目 萌
(2019年5月1日掲載のForbes JAPANより転載)

夏目萌(なつめ・もえ)
1989年生まれ。2012年、リクルートに入社。経理部を経て人事部で制度企画、労務、IT関連の新卒採用を担当。AIエンジニアの採用担当だったときにAIのテクノロジーの革新性に惹かれ2016年、ABEJAへ。入社直後から同社初の海外事業立ち上げを担当、現在に至る。

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Torus(トーラス)は、AIのスタートアップ、株式会社ABEJAのメディアです。テクノロジーに深くかかわりながら「人らしさとは何か」という問いを立て、さまざまな「物語」を紡いでいきます。
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