おやじに敬語を使っている話

コンコン、失礼します。緊張しながら親父の書斎に入る
「お父さん、ただいま帰りました。」帰省をする度に始めに言う言葉。私はいまだにおやじに敬語を使う、畏怖と尊敬をこめて。31歳になり、おやじが独立した年齢になったので、私とおやじの関係を振り返る意味も込めてつらつらと記していきたいと思います。
ほぼ殴り書きでろくに推敲していないのでご容赦ください。

幼少期

ほとんど覚えていないので割愛
我が家は写真に残す文化がないので家族写真も数枚程度しかない。

小学生~高校生

とりあえず、怖い、話したくない、一緒の空間にいたくないそれがすべてって感じでした。真面目な学生ではなかったので親に隠れてゲームしてたら見つかってPS2を2階から庭にたたきつけられたり、成績が落ちて部活をやめさせられそうになったり。。。挙げればきりはないんですがとりあえず怖かった。

自営業ということもあり会社の経営がよくなかったりや阪神タイガースが負けているととっても機嫌が悪くて母とも毎日喧嘩をしていた。

今思えばモラハラもいいところだけど当時母は美容室に髪を切りに行く時間やお金もなかったので洗面所で自分の髪を切っていた。

会社の経営が苦しくて兄弟三人のお年玉を会社の運営資金になったり、色々と大変だったなぁ思う。

このころに形成された私の人格は後々人生で苦労を生むことになる。

怒られないようにするためにはどうしたらいいのか?
正しい捉え方をするのであれば怒られないように過ごす…なのだが
私はどうやって隠し通せるのかと解釈をした。

だから徹底的にばれたら怒られる事は隠すようになったし
嘘もつくようになった。
(社会人になって色々経験をして今は真っ当になれたと思う)

人なりにスポーツも恋愛もしたけれど一番大事にしなくてはいけなかった
誠実さ、嘘をつかない、隠さないという部分については大きく欠けたまま
過ごしてしまったと今でもよく思います。

大学生

相も変わらずおやじに対しては恐怖しかもっていなかったが
家庭環境は大きく改善されてきていた。
よく分からないけど両親が急にイチャコラし始めた……
その頃私はバイトやサッカーや飲み会で家にあまり帰っておらず状況が全く理解できなかったので弟にヒアリングをするとこんなことがあったらしい

「おやじが母親にこれまでの出来事を詫びて土下座したらしい」

これはなかなか想定外の出来事。
THE亭主関白だったおやじがまさか…
確かに最近イチャイチャしてるし母がおやじに対して文句や要望を出すことが増えてきている。。なんというか対等?の関係値になっている気がする。

それに伴って私たち子供に対してのあたりも非常に柔らかくなった。
弟、妹はタメ口で話している…………

我が家は兄妹の歳がそれなりに離れている(弟は6個下、妹は8個下)ので
一番怖い時期と思春期が被っていないので受け入れやすかったのかもしれない。

私はがっつりかぶっていたのでとてもじゃないが当時の恐怖を拭うことが出来ずに敬語を使い続ける。

少しずつ親父に対しての恐怖が無くなっていく中で尊敬と畏怖を持つことになった決定的な出来事が起こる。





おばあちゃん

大学3年の時に、親父の母が交通事故で亡くなった。
家の前の通りでトラックに轢かれてほぼ即死でした。
第一発見者は親父、犬の散歩からの帰りだったそうです。

お葬式の時、加害者が所属する会社の社長や色々な方が参列をして頂きました。その時の挨拶が今でも心に焼き付いています。
「これは不幸な事故だった。加害者もやろうと思ってやっているわけではない、私たちではなく、本日来場頂いた加害者の方もある意味被害者だと」

父の名誉の為に言うが100%被害者です。
青信号での歩行だった。
その信号を一つ渡ればつく距離だった。
親父が血だらけだったのは今での思い出せるような凄惨な事故だった。

それを目にしてなおこの言葉を参列者に親父は伝えた
これは言えない。私が父母がこのような形で事故に遭ったとしたらこんな言葉は言えない。今この年齢になってこの言葉を吐き出せる親父の人間としての強さを改めて知ったなと思っています。

社会人になってきづいた親父のすごさ

縁あって某飲食サイトに就職し、営業職として配属されました。
「正直営業なんて簡単だと思っていた」これが新卒の時の私の気持ちでした。取り立てて何か根拠があったわけではないけど、飲食店にずっと携わっていたから、少なくともほかの新卒よりはできる自信があった。

でも結果は散々だった。

新卒MVPなんて楽勝でとれると思ったら結局3番目にしかなれなかったり
年間での達成をしたことが無かったり
自分自身話すことは得意だから余裕だと思っていた。その自信がものの見事に打ち砕かれた。

そしてこのタイミングで学生時代に形成されてしまった。
隠す・嘘をつくという自分の人格に非常に悩まされることになる。

当時はメンバーを詰める事はある意味常識みたいなところもあったので毎週の数字のMTGがとっても嫌いでした。

怒られたくない。怒られたくない。怒られたくない。
こればかりが先に立ちどのようにすれば怒られずに済むのかばかりを考え生活をしていた。

顧客からのクレームを上司に報告できない。
完了していないのに完了したという。とか

ひん曲がりにひん曲がった自分の糞みたいな性格や人格にほんとに嫌になっていた時期。

おやじは怒る事は多々あったが嘘だけは子供にも周りにもついていなかった。顧客には誠実な対応をしていたし、会社の経営状態も子供の私たちにも教えてくれた。

私がおやじから学ぶべき事柄は怒られない事、ではなく
誰に対しても誠実である事だったはずなのに…

これを変えてくれたのは妻なのですがその話は非常に長くなりそうなので
機会があれば書きたいと思います。

2016年1月に妻が出産をし両親にとって初孫が誕生しました。
ここでとんでもない孫バカが発動します。

求めてもいないのにおもちゃが送られてきたり
自分達に見せたことがないくらい蕩けた顔で孫と接するおやじを見ると
人ってここまで変わるんですかね…というくらいの豹変ぶりでした。

このころになると比較的フラットに話せるようになってきたので
そこら辺の真意を聞いてみると

「孫はただ愛でるだけでいいからとても気がラクなんだよね」
「自分の子供はちゃんと育て上げる義務があるからきつい事も言わなきゃいけない。だから孫はラクなんだよ、責任がないからね。」

自分の子を育てることを「義務」だと言い切ることに対しては賛否が出そうですが、私は今実際に子育てを妻としながら確かにそうだな。
最終的には一人で生きていける様にならないといけない。

子育てをする覚悟みたいなところをこのやり取りから学んだなと思う。

自分がある程度の歳をとってくると昔おやじが言っていた一言一言が絶妙に刺さるなと感じます。

親孝行ってなに

皆様にとって親孝行って何でしょうか?

感謝の気持ちを伝える事?
同じ時間を過ごす事?
金銭的な援助をしてあげる事?

色々な形が合ってどれも間違いじゃないなと私自身思います。
実際上記の事をやったりもしてますし。

ただ、おやじが言う親孝行は 親に対して子供が何かをする。は必要ないと言われました。
なぜなら、子を育てる事は「義務」であるからそこに感謝される筋合いはない。自分達で望み自分達で育てると決めた事なんだからといいます。

じゃあおやじにとって親孝行って何?と聞くといつも決まってこう返します。

自分(私)が受けた教育以上のものを自分の子供にしてあげる事。

たぶん、おやじの信念というか今までの生き方がこう言わせているんだと思う。
親孝行は自分達が何かをしてあげる事と思っていただけにこの回答は結構びっくりすると共に、これ自分の子に言えるかな…言い切れるかなと思ったりもしました。(善意を受け入れる事すらしないということなので…)

私にとってこの言葉は強烈なプレッシャーである一方
とても心強い言葉になったので、自分の子が同じ立場になった時
おやじと同じ言葉を言えるような過ごし方をしていきたいなと思います。

これから

今の私はありがたいことに仕事に恵まれ、家族に恵まれ、友人に恵まれており、基本的にはポジティブな感情を持ちながら生活が出来ています。

今の仕事でやり遂げたい事もたくさんあるし
子供にしてあげたい事も、両親や友人としたい事もたくさんあります。

一つ一つの事柄に微力を尽くして
自分がされた以上の事を自分の子にしてあげられるように
ご機嫌にトータルでビューティフルな人生を過ごしていきたい。

いつか畏怖と尊敬を持った素敵なおやじになれるように


まずは親父と呼ぶことから始めようかな。




コンコン「親父、今帰ったよ」


Fin

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